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白織夜叉の冒険譚  作者: 蹴 鞠
第1章
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いつものフィルティーナ

2章始まる前に。


少し他の人たちのお話。


王都騎士団本部。


朝。


訓練場に、鋭い声が響いていた。


「そこ、もう一度です」


「はっ!」


「隊列が乱れています。前の人に合わせてください」


「はっ!」


「それから――」


フィルティーナ・ローマン。


王都騎士団を率いる騎士団長。


背筋は真っ直ぐ。


表情は凛としていて、声には迷いがない。


長い金髪はきちんとまとめられ、騎士装束に身を包んだ姿には、一切の隙がない。


部下たちから見れば、まさに理想的な騎士団長だった。


そして、その少し後ろ。


一人の男が、訓練場を見渡していた。


茶色の髪。


少し疲れたような目。


身長は高く、騎士たちの中にいても目立つ。


王都騎士団副団長、セドリック・ヴァレン。


フィルティーナを補佐し、騎士団の実務を支える男である。


手には何枚もの書類。


訓練の進行を確認しながら、必要なところへ指示を出していく。


「第三隊、休憩に入ってください」


「はい!」


「第一隊はそのまま続けて。次の訓練は十分後です」


「了解しました!」


騎士たちが動く。


セドリックは小さく息を吐いた。


「……今日も忙しいな」


その時。


「セドリック」


フィルティーナから声が飛んできた。


「はい、団長」


「本日の訓練についてですが、その前に」


セドリックが少しだけ眉をしかめる。


「昨日お願いした書類、終わっていますか?」


「まあ」


フィルティーナが微笑む。


「ありがとうございます」


「……その言い方をされると、嫌な予感がするんですが」


「では、こちらもお願いします」


新しい書類の束が差し出された。


「…………」


セドリックは黙って受け取った。


分厚い。


ものすごく分厚い。


「団長」


「はい?」


「……私、昨日の分でかなり遅くまで仕事をしていたと思うのですが」


「いつもありがとうございます」


「…………」


フィルティーナが、にこっと微笑む。


セドリックはしばらく書類を見つめた。


そして。


「……承知しました」


「助かります」


フィルティーナは満足そうに頷いた。


周囲の騎士たちは、その光景を見慣れている。


仕事ができる。


判断が早い。


責任感が強い。


そして――容赦がない。


それが、彼らの知るフィルティーナ・ローマンだった。


一方。


「……また増えた」


セドリックは小さく呟いた。


「副団長、頑張ってください」


近くの騎士が苦笑する。


「ありがとう」


セドリックは疲れた目で笑った。


「君たちの仕事が増えないように、私が頑張るよ」


「副団長……!」


「その代わり、訓練はしっかり頼む」


「はい!」


セドリックは苦労人だった。


けれど。


部下のことをよく見ている。


だからこそ、騎士たちからの信頼も厚い。


そんな男だった。


ところが。


その日の昼前。


騎士団本部の入口が、少し騒がしくなった。


「団長」


若い騎士が駆け込んでくる。


「どうしました?」


「お客様が……」


「お客様?」


「はい。団長に会いたいという方が――」


そこまで言ったところで。


「フィルティーナ〜」


聞き覚えのある声がした。


騎士たちが一斉に振り返る。


入口に立っていたのは。


「夜叉?」


白い髪。


白い猫耳。


大きな白い尻尾。


そして、いつもの穏やかな笑顔。


「こんにちはぁ」


「……」


フィルティーナの表情が変わった。


先ほどまでの凛とした顔が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「こんにちは、夜叉」


声まで違った。


騎士たちは固まった。


「……?」


夜叉はそんな周囲の反応にも気づかず、フィルティーナのところまで歩いていく。


「今、大丈夫?」


「ええ。大丈夫よ」


フィルティーナは微笑む。


「どうしたの?」


「近くまで来たから、顔見に来たのぉ」


「……そうだったの」


ほんのり嬉しそうな顔。


騎士たちの間に、ざわめきが広がる。


「……今の、団長?」


「ですよね?」


「声、違わなかった?」


「笑ってたよな?」


「団長って、あんな顔するのか……?」


その少し離れたところで、セドリックもその光景を眺めていた。


「…………」


夜叉がフィルティーナの袖を少し引く。


「お昼、まだ?」


「まだよ」


「じゃあ、一緒に食べる?」


フィルティーナは迷いなく頷いた。


「ええ」


「……」


「……」


「……」


騎士たちが絶句する。


普段なら。


「昼食は後にします」


そう言って仕事を続ける団長である。


それが。


「ええ」


である。


しかも笑顔で。


セドリックは静かに目を閉じた。


「……いいなぁ」


「副団長?」


近くにいた騎士が振り返る。


「いや」


セドリックは遠い目をした。


「私も……その優しさを、少し分けてほしいと思ってな……」


「……」


「今日も書類を増やされたんだ」


「……お疲れ様です」


「ありがとう」


セドリックは本当に疲れた顔で頷いた。


そのとき。


「副団長さん」


夜叉が振り返った。


「はい?」


「いつもフィルティーナがお世話になってます〜」


「いえいえ! こちらこそ!」


セドリックが反射的に頭を下げる。


「そんなに畏まらなくてもいいよぉ」


「いえ、こちらこそいつもお世話になっていますから」


「そうなの?」


夜叉が首を傾げる。


「フィルティーナ、いつも迷惑かけてない?」


「…………」


セドリックはフィルティーナを見る。


フィルティーナは、何も言わずに微笑んでいる。


「……まあ」


セドリックは少し考えてから。


「仕事は、とてもたくさんいただいています」


「ふふっ」


夜叉が笑った。


「ごめんねぇ」


「いえいえ」


セドリックも笑う。


「団長にはいつも助けてもらっていますから」


するとフィルティーナが微笑んだ。


「夜叉は優しいですね」


「え?」


「団員たちのことも」


「私のことも気にかけてくれて」


「だって、大切な人だからぁ」


「…………」


今度はフィルティーナが固まった。


耳まで、ほんの少し赤くなる。


「……夜叉」


「ん〜?」


「そういうことを、こんなところで言うのは……」


「だめぇ?」


「……いえ」


フィルティーナは困ったように笑った。


「だめでは、ないけれど……」


騎士たちは見ていた。


王都騎士団の誰もが知る、凛々しく厳格な騎士団長。


その人が。


一人の女性の前では、こんなにも柔らかい。


セドリックはそんな二人を見て、ふっと笑った。


そして。


「……私にも、その笑顔を一回くらい向けてくれないものかな」


「副団長?」


「いや、なんでもない」


「書類、お願いしますね」


「はい……」


最後まで仕事は増えた。


けれど。


フィルティーナが夜叉と並んで歩いていく姿を見ながら、セドリックは少しだけ笑った。


「……まあ」


小さく呟く。


「団長があんな顔をできる相手がいるなら……それは、それでいいか」


そう言って。


彼は山積みの書類を抱え直した。


「……でも、やっぱり優しさは分けてほしい」

読んでくれてありがとう〜


セドリック好きなキャラなんです!


2章まで3話くらい違うお話挟みます!

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