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白織夜叉の冒険譚  作者: 蹴 鞠
第1章
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16話 森の異変。騎士団への相談。


王都に戻ってきた頃には、すでに日が傾き始めていた。


夕暮れの街には、いつもの活気がある。


露店から漂う焼きたてのパンの匂い。


酒場から聞こえる笑い声。


行き交う商人や冒険者たち。


一見すれば、何も変わっていない。


けれど――


夜叉は歩きながら、何度も後ろを振り返っていた。


「……夜叉?」


隣を歩いていたリゼットが声をかける。


「どうしたの?」


「ううん……」


夜叉は白い猫耳を僅かに動かした。


「なんでもないよぉ」


そう言いながらも、視線は森の方へ向いていた。


カイルが気づく。


「また森を見てるな」


「うん〜」


「やっぱり気になる?」


「……ちょっとだけ」


レオンも口を開く。


「俺も気になってる」


三人の視線が集まる。


レオンは今日の依頼を思い返していた。


森の浅い場所。


本来なら、あそこにいるはずのない魔物。


昼間なのに活動していた夜行性の魔物。


そして――


魔物たちが、何かから逃げるように森の奥から離れていたこと。


「今日だけじゃない」


レオンが言った。


「ここ最近、同じような話を何度か聞いてる」


カイルが腕を組む。


「俺も聞いた。ギルドの受付が言ってたけど、森の奥側の依頼が妙に増えてるらしい」


リゼットが眉を寄せた。


「依頼が増えている?」


「正確には、依頼の内容が変なんだよ」


カイルが指を折る。


「魔物の生息域が変わったとか、家畜が森の外まで逃げてきたとか」


「魔鳥が一斉に飛び立ったって話もあった」


レオンが続ける。


「それから……」


彼は少し言葉を止めた。


「森の近くの村が、一つ消えた」


夜叉の足が止まった。


「……村が?」


「ああ」


「火事とか……魔物の襲撃?」


「分からない」


レオンが首を横に振る。


「騎士団が調査してるらしい」


夜叉はしばらく黙った。


そして小さく、


「……フィルティーナに聞いてみよぉ」


と言った。


「賛成」


リゼットが頷く。


「騎士団長なら、私たちより詳しい情報を持っているでしょうね」


カイルが笑う。


「ついでに夜叉が会いたいだけだったりして?」


「……カイル」


「はい、すみません」


夜叉は少しだけ頬を膨らませた。


「ちゃんと相談だよぉ」


「分かってるって」


レオンが苦笑する。


「行こう」


四人はそのまま騎士団の詰所へ向かった。


⸻


騎士団本部。


普段なら規律正しく整えられている廊下が、今日はどこか慌ただしかった。


騎士たちが何度も行き交っている。


地図を抱えた者。


報告書を持った者。


武具を整えている者。


夜叉はその光景を見て、目を細めた。


「……やっぱり」


「何が?」


リゼットが聞く。


「騎士団も、何か感じてる」


その時だった。


「夜叉?」


聞き慣れた声。


振り向く。


そこにフィルティーナが立っていた。


騎士団長としての装備を身につけている。


いつもの穏やかな表情。


けれど、その顔には僅かな疲労があった。


「フィルティーナ」


夜叉の表情が少し柔らかくなる。


「来てくれたのね」


「うん」


フィルティーナは四人を見る。


「四人揃っているということは……何かあった?」


「相談したいことがあります」


リゼットが答えた。


フィルティーナの表情が変わる。


騎士団長として。


キチッとした口調に変わる。


「分かった。こちらへ」


四人は執務室へ通された。


机の上には大量の書類。


その中央には、王都周辺の地図が広げられている。


夜叉が地図を見る。


森。


村。


街道。


そしていくつもの印。


「……これ」


夜叉が呟く。


「全部、森の周辺?」


「そう」


フィルティーナが頷く。


「ここ数日で報告された異常をまとめているの」


リゼットが地図へ近づく。


「魔物の移動?」


「それだけではないわ」


フィルティーナは一枚の報告書を取った。


「昼間にしか活動しない魔物が夜に出た」


「逆に、夜行性の魔物が昼間に現れた」


「普段は敵対している魔物同士が、争わず同じ方向へ移動した」


夜叉の耳がぴくりと動く。


「……逃げてる」


「ええ」


フィルティーナは頷く。


「私達もそう考えている」


カイルが腕を組む。


「何から?」


「それが分からない」


部屋が静かになる。


フィルティーナは地図の奥へ指を伸ばした。


「森のさらに奥。ここから先になると、報告そのものが少なくなる」


「どうして?」


レオンが聞く。


「戻ってこないから」


その言葉に、


空気が止まった。


「……戻ってこない?」


「調査に向かった者が、帰ってこない」


フィルティーナは淡々と説明した。


「ただし、全員が殺されたという証拠があるわけではない」


「だからこそ判断が難しい」


リゼットが考え込む。


「そして……村の件ですね」


フィルティーナの表情が僅かに曇る。


「そう」


別の報告書を机へ置く。


「森の近くにあった村が、一夜で消えた」


カイルが眉をひそめる。


「全滅じゃなくて?」


「違う」


「死体がない」


「ええ」


フィルティーナは静かに答えた。


「人も、家畜も、生活用品も……ほとんど何も残っていなかった」


夜叉が地図を見る。


「……何か残ってた?」


「村の入り口に、足跡が一つ」


フィルティーナが答えた。


「巨大な足跡だ」


夜叉の青い瞳が細くなる。


「……魔物?」


「分からない」


「大きさは?」


「普通の魔物では考えにくい大きさだった」


レオンが拳を握る。


「それで騎士団は?」


「調査隊を出す準備をしているところ」


フィルティーナは四人を見た。


「だから、あなたたちがここへ来たのは都合がいい」


カイルが首を傾げる。


「ってことは?」


「一緒に来てほしい」


即答だった。


四人の顔が引き締まる。


フィルティーナは続ける。


「森の異変が何なのか、まだ分からない」


「けれど、魔物が一斉に逃げている以上、何かが森の奥で起きている可能性が高い」


「騎士団だけで判断するには情報が足りない」


「だから、冒険者として現場を知っているあなたたちに協力してほしいの」


いつもの口調に戻る。


レオンが頷いた。


「分かりました」


カイルも笑う。


「断る理由はないな」


リゼットは地図を見る。


「調査隊の規模は?」


「騎士を中心に十数名」


「多すぎると、逆に動きにくくなるから」


「そのため少人数で先行する部隊も編成すつもり」


リゼットが頷く。


「なら、私たちも先行組に?」


「お願いしたい」


フィルティーナは夜叉を見る。


「夜叉はどう?」


「……行くよぉ」


迷いのない返事だった。


「森が、変だから」


フィルティーナが静かに頷く。


「そうね」


その瞬間。


夜叉がふと顔を上げた。


「……フィルティーナ」


「何?」


「森の奥に……何かいると思う」


部屋が静かになる。


フィルティーナは夜叉を見る。


「気配?」


「うん」


夜叉は自分の胸元に手を当てる。


「まだ遠いけど……」


白い猫耳が僅かに伏せられる。


「森の動物たちが、そこを避けてる感じがする」


フィルティーナは何も言わなかった。


やがて地図へ目を落とす。


そして。


「……私も、同じこと思ってる」


静かな声だった。


「だからこそ、慎重に行きましょう」


⸻


翌朝。


森へ向かう騎士団の一団が王都を出た。


先頭にフィルティーナ。


その少し後ろに夜叉、レオン、カイル、リゼット。


さらに後方には騎士たち。


街道を進む間も、誰も多くを話さなかった。


森が近づく。


鳥の声が減る。


風が冷たくなる。


そして。


森の入口に立った瞬間。


夜叉が足を止めた。


「……いる」


レオンが剣へ手を伸ばす。


「何か分かる?」


「まだ……」


夜叉は森を見る。


「でも、昨日より近い」


フィルティーナも森を見つめる。


木々の向こう。


何も見えない。


何も聞こえない。


それでも――


そこには何かがいる。


フィルティーナは剣の柄へ手を添えた。


「全員、警戒して」


騎士たちが構える。


森の中へ入る。


一歩。


また一歩。


鳥は鳴かない。


獣も逃げない。


ただ、


何もいない。


その静けさだけが、


異様なほど深くなっていった。


そして森の奥で。


――何かが、


ゆっくりと歩き始めた。

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