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白織夜叉の冒険譚  作者: 蹴 鞠
第1章
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???話 森が知っていた者


森には、音がある。


朝には鳥が鳴く。


昼には風が葉を揺らす。


夜には虫が鳴き、獣が土を踏む。


木々はそれらを聞きながら、何百年もの間、そこに立っていた。


森は、いつも通りだった。


――その日までは。


最初に気づいたのは、一羽の鳥だった。


いつものように枝へ止まり、森の奥を見ていた。


何もない。


木々がある。


草がある。


遠くで小さな獣が走っている。


いつもと同じ景色。


なのに。


鳥は、突然飛び立った。


理由はなかった。


何かが見えたわけでもない。


音がしたわけでもない。


ただ。


飛ばなければならない。


そう感じた。


一羽が飛ぶ。


それにつられるように、もう一羽。


さらに一羽。


森の上空から、鳥たちが一斉に消えていった。


森は、それを見ていた。


まだ何も知らなかった。


⸻


昼。


森の浅い場所。


小さな獣が草を食んでいる。


その獣も、何かを感じた。


耳を立てる。


鼻を動かす。


何もない。


風もない。


だが。


森の奥から――


何かが近づいている。


獣は走った。


いつもなら逃げない場所まで。


さらに走る。


木々の間を抜ける。


そして、森の外へ飛び出した。


人間たちは驚いた。


普段なら姿を見せない獣だったからだ。


けれど獣には、人間たちのことなどどうでもよかった。


ただ逃げたかった。


何から?


それは分からない。


ただ。


森の奥にいる何かから。


⸻


夕方。


狼の群れが動いた。


群れの長が立ち止まる。


鼻を鳴らす。


耳を動かす。


そして、森の奥を見る。


そこには何もない。


それでも。


狼は群れを引き連れ、いつもの縄張りを捨てた。


餌場も。


巣も。


子どもたちも。


すべてを連れて。


森の外へ向かう。


狼だけではなかった。


猪も。


鹿も。


大型の鳥も。


小さな魔物も。


大型の魔物も。


本来なら互いに争うはずのものたちが、同じ方向へ動き始めた。


森の外へ。


王都から離れる方向へ。


まるで――


何かから逃げるために。


⸻


夜。


森は静かだった。


静かすぎた。


虫の声がない。


獣の声がない。


鳥の声もない。


葉だけが、風もないのに揺れていた。


ざわ。


ざわざわ。


木々が震える。


根が震える。


土の中を、何かが伝わってくる。


遠い。


まだ遠い。


だが。


確実に近づいている。


森は知っていた。


自分の中にあるものを。


獣も。


魔物も。


毒草も。


古い木々も。


長い年月をかけて積み重なった命も。


森は、それらを包んできた。


守ってきた。


だが。


それらとは違うものがいる。


この森に属していない。


この森の理から外れたもの。


それが――


歩いている。


一歩。


また一歩。


ズン。


地面が揺れる。


鳥が飛び立つ。


獣が逃げる。


魔物が吠える。


木々がざわめく。


その足音が近づくたび。


森の奥から、命が消えていく。


逃げるもの。


隠れるもの。


戦うもの。


そして――


食われるもの。


それでも。


それは止まらない。


森を歩く。


ただ歩く。


まるで何かを探すように。


⸻


翌朝。


森の浅い場所に、一匹の魔物が現れた。


本来なら、森の奥深くにしか生息しない魔物だった。


その魔物は傷ついていた。


身体には無数の擦り傷。


息は荒い。


そして。


振り返る。


誰もいない。


それでも走る。


人間たちの住む場所へ。


森から出る。


その姿を見た人間たちは驚いた。


「……あれは?」


「こんなところに出る魔物じゃないぞ」


誰かが言った。


誰かが警戒した。


だが。


魔物は人間を襲わなかった。


ただ。


王都とは反対方向へ走っていった。


その後ろから。


また一匹。


さらに一匹。


やがて。


数え切れないほどの魔物が森から溢れ出した。


森の外へ。


森から離れるように。


逃げるように。


まるで――


森そのものが、何かを吐き出しているかのように。


⸻


さらに数日。


森の中にあった小さな村から、煙が上がった。


火事ではない。


村人たちが焚いた朝の火だ。


いつも通りの朝だった。


誰も知らなかった。


その夜。


その村が。


消えることを。


森は見ていた。


夜が来る。


人々が眠る。


家畜も眠る。


風が止まる。


虫の声が消える。


そして。


森の奥から。


また。


ズン。


足音がした。


村の犬が吠えた。


一度だけ。


二度目はなかった。


森は震えた。


木々が揺れた。


獣たちは逃げた。


そして――


夜が明けた。


村は。


そこになかった。


家も。


人も。


家畜も。


畑も。


すべてが。


まるで最初から存在しなかったかのように。


ただ。


村の入り口だった場所に。


巨大な足跡が一つ。


残っていた。


森はそれを見ていた。


何も言わない。


言葉を持たないから。


ただ。


知っていた。


まだ。


終わっていない。


むしろ――


始まったばかりだ。


遠く。


森のさらに奥。


誰も知らない場所。


そこに。


何かが立っていた。


それは森を見ていた。


森もまた。


それを見ていた。


そして。


ゆっくりと。


その「何か」は歩き出した。


ズン。


森が震えた。


ズン。


魔物たちが逃げた。


ズン。


木々がざわめいた。


そして。


四度目の足音が響いたとき。


森の外へ向かって。


無数の命が走り出した。


まだ。


人間たちは知らない。


騎士団も。


冒険者たちも。


王都の誰も。


その森の奥に――


「鬼神」と呼ばれるものがいることを。

読んでくれてありがとうございます。



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