12話 フィルティーナの話
夜。
王都の食堂。
四人はいつものように、同じテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には料理が並んでいる。
焼いた肉。
温かいスープ。
香草を使った魚料理。
そして、人数分の飲み物。
「いやぁ……今日は食ったな」
カイルが満足そうに腹をさする。
「まだ食べてるじゃない」
リゼットが呆れたように言う。
「別腹だよ、別腹」
「それ、甘いものに使う言葉だろ?」
レオンが笑う。
夜叉はというと。
焼きたてのパンを小さくちぎりながら、のんびり食べていた。
「おいしいねぇ」
「だな」
四人で依頼を終えた日の食事。
最近では、すっかり恒例になっていた。
そんな中。
カイルがふと。
夜叉を見る。
「なあ」
「ん〜?」
「昼間の話なんだけどさ」
夜叉が顔を上げる。
「フィルティーナさんのこと」
「……うん?」
夜叉の耳が少し動いた。
カイルはニヤリと笑う。
「聞いてもいい?」
「何をぉ?」
「いやいや」
カイルが身を乗り出す。
「どういう関係なのかなーって」
「…………」
夜叉が止まった。
パンを持ったまま。
ぴたり。
レオンが苦笑する。
「カイル、あんまり聞きすぎるなよ」
「いや、だって気になるだろ?」
リゼットも静かに夜叉を見る。
「私も少し気になる」
「リゼットまでぇ……」
夜叉は困ったように笑った。
「別に変な関係じゃないよぉ」
「変じゃないってことは、何かあるんだな?」
「……カイル」
レオンが呆れる。
「お前、酔ってるだろ」
「まだ二杯目だ」
「十分だ」
夜叉は小さく笑った。
そして。
「フィルティーナはねぇ」
少し考えてから。
「私が昔から仲良くしてる人だよぉ」
「昔から?」
リゼットが聞く。
「うん〜」
夜叉は頷く。
「王都に来てから知り合ったの?」
「そうだよぉ」
「冒険者仲間?」
「ううん。最初は違ったかなぁ」
「じゃあ、どうやって?」
夜叉は少し考える。
「……子供の時たまたま会ったの」
「たまたま?」
「うん」
夜叉はそう答えたものの。
その先を話す前に、少しだけ目を細めた。
「……最初に会ったときはねぇ」
夜叉の視線が、遠くを見るようになる。
「私、ちょっと疲れてたんだぁ」
「疲れてた?」
「うん」
「何かの帰りとか?」
「……たぶん、そんな感じ」
夜叉は曖昧に笑った。
「王都に来たばかりで、まだ道もよく分からなくてねぇ」
三人は静かに聞いている。
「それで、ちょっと困ってたところに……フィルティーナがいたの」
「助けてもらった?」
リゼットが尋ねる。
「うん」
夜叉は頷いた。
「……たぶん、あれが最初だったと思う」
「何をしてくれたんだ?」
レオンが聞く。
夜叉は少し考える。
「大したことじゃないよぉ」
「でも、覚えてるんだな」
「うん」
夜叉は微笑んだ。
「不思議なくらい覚えてる」
その声は。
さっきまでより、ずっと柔らかかった。
「そのときねぇ」
夜叉はパンをちぎりながら言う。
「フィルティーナが笑ってくれたの」
「それだけ?」
カイルが聞く。
「うん」
「それだけで?」
「うん〜」
夜叉は少し照れたように笑った。
「なんだか……安心したんだぁ」
三人は顔を見合わせる。
カイルがニヤリとする。
「それ、最初から好きだったんじゃないか?」
「違うよぉ」
夜叉はすぐに否定した。
「そのときは、まだ」
「まだ?」
「うん」
「じゃあ、いつから?」
「それはぁ……」
夜叉は困ったように笑う。
「覚えてない」
「え?」
「気づいたら、だったから」
そう言って。
夜叉はスープを一口飲んだ。
「最初はただ、優しい人だなぁって思ってたの」
「うん」
「次に会ったときは、また会えたって嬉しくなって」
「うん」
「その次は、もっと話したいなぁって思って」
「…………」
「それで」
夜叉は少しだけ頬を赤くする。
「いつの間にか、会えると嬉しい人になってた」
カイルが小さく笑った。
「なるほどなぁ」
リゼットも微笑む。
「少しずつだったんですね」
「うん〜」
夜叉は頷く。
「だから、いつから好きだったのかは……今でもよく分からないんだぁ」
「でも、好きなのは分かる?」
レオンが静かに聞いた。
夜叉は彼を見る。
そして。
小さく笑った。
「うん」
「……そっか」
レオンはそれ以上聞かなかった。
夜叉も、それ以上は話さなかった。
ただ。
フィルティーナと初めて会った日のことを思い出しているのか。
青い瞳が、少しだけ遠くを見ていた。
◇
「で?」
突然、カイルが口を開く。
「そのあとどうなったんだ?」
「……秘密」
「ええ!?」
「秘密だよぉ」
夜叉は笑う。
「そこから先は、また今度ねぇ」
「ずるいぞ!」
「ふふ」
夜叉は楽しそうに笑った。
三人も笑う。
その夜。
フィルティーナとの出会いについて分かったことは、ほんの少しだった。
けれど。
三人には十分だった。
夜叉がその人を。
ただ「好き」なのではなく。
一つ一つの小さな思い出を大切にしながら、想っていること。
それだけは。
よく分かった。
そして夜叉は。
食事を終えたあと。
ふと窓の外を見る。
王都の夜空。
遠征から帰ってきたフィルティーナも。
今頃はもう、宿で休んでいるだろうか。
「……明日、会えるかなぁ」
小さく呟いた。
そして初めてフィルティーナと会った日のことを思い出す。
本当は来たばかりの頃あった訳ではない。
初めてお使いをした。
買い物それを一人でやってみたかった。
すぐ近くのお店で2人分の飲み物を買う、だだそれだけの簡単なお使い。
子供の頃の夜叉は、胸を張り、耳をピンと立て、自慢のしっぽを振りながら自信満々に向かった。
けど途中で、夜叉は、白猫を見つけた。
子供の時の夜叉は、白猫を追いかけた。
そしたら知らない場所にいた。
周りには人はいない。
街の騒音も聞こえない。
路地の裏。
さっきまで聞こえていた街の騒音も聞こえない。
夜叉は泣きそうになった。
一人。
誰もいない。
怖い。
そして静かに泣いた。
不安で不安で、もう帰れないかもしれない、母に会えないかもしれない。
その時。
「大丈夫?」
声をかけられた。
そこには子供の頃のフィルティーナがいた。
自分よりも年齢は少しだけ上の少女。
けれど。
その時。
フィルティーナが。
夜叉に向けた笑顔。
子供だった夜叉にはとても安心するものに見えた。
……。
◇
夜叉は、窓の外に視線を戻す。
「さすがに恥ずかしいなぁ」
迷子で泣いてる時にあったなんて。
その呟きは。
少し恥じらいを感じた。
読んでくれてありがとうございます。




