11話 帰ってきた人
森での依頼を終えた翌日。
四人は王都の大通りを歩いていた。
「昨日の魔物、思ったより強かったな」
カイルが腕を伸ばしながら言う。
「でも、四人で戦うと楽しかったねぇ」
夜叉が笑う。
「最初からそう言ってただろ」
レオンが苦笑する。
「昨日の夜叉、ちょっと嬉しそうだったもんな」
「そうかなぁ?」
「そうだった」
リゼットも頷く。
「尻尾がずっと揺れていたから」
「……見てたのぉ?」
夜叉が少し恥ずかしそうに尻尾を抱える。
そんなやり取りをしながら。
四人は大通りを進んでいた。
王都は今日も賑やかだった。
商人たちの声。
馬車の音。
露店から漂う料理の香り。
人々が行き交う中。
ふと。
夜叉の耳が動いた。
「……ん?」
足が止まる。
「どうした?」
レオンが振り返る。
夜叉は大通りの向こうを見ていた。
そこには。
何人かの冒険者や兵士たちと一緒に、王都へ戻ってきた一団がいた。
泥のついた装備。
擦れた衣服。
大きな荷物。
長旅を終えたばかりなのだろう。
その中に。
一人の女性がいた。
夜叉は、その姿を見た瞬間。
目を見開いた。
「…………」
そして。
小さく。
「……フィルティーナ」
呟いた。
「え?」
三人が振り返る。
夜叉はもう歩き出していた。
いつもより少しだけ速い。
白い髪が揺れる。
尻尾も、隠しきれないほど嬉しそうに揺れていた。
「夜叉?」
カイルが目を丸くする。
「ちょ、待てって!」
三人も後を追う。
◇
女性がこちらに気づいた。
そして。
「ん?」
柔らかな声。
夜叉が立ち止まる。
二人の視線が重なった。
「……おかえりなさい」
夜叉が言った。
フィルティーナは少し驚いたように目を瞬かせる。
それから。
穏やかに微笑んだ。
「ただいま、夜叉」
その一言を聞いた瞬間。
夜叉の表情が、ほんの少し緩んだ。
「……うん」
それだけだった。
けれど。
後ろにいた三人には十分だった。
レオン。
カイル。
リゼット。
三人とも、顔を見合わせる。
――この人が。
夜叉の言っていた。
──好きな人。
そう気づくのに、時間はかからなかった。
カイルが肘で軽くこつきながら小声でレオンに囁く。
「……おい」
「分かってる」
レオンも小声で返す。
「この人か」
リゼットは何も言わず。
二人の様子を静かに見ていた。
◇
「遠征だったんだよねぇ」
夜叉がフィルティーナに尋ねる。
「ええ。少し長くなってしまって」
フィルティーナは答える。
「災害で大きな被害を受けた村があったから。復旧の手伝いをしていたの」
「……そっかぁ」
夜叉の表情が少し心配そうになる。
「大変だった?」
「ええ。けれど、村の人たちも頑張ってくれていたから」
フィルティーナはそう言って。
「もう大丈夫よ」
と微笑んだ。
夜叉も安心したように頷く。
「よかったぁ」
短いやり取り。
それだけなのに。
二人の間には、長く会っていなかった人同士にしかない空気があった。
カイルがとうとう我慢できなくなった。
「あー……」
夜叉が振り返る。
「?」
カイルは笑う。
「そろそろ俺たちにも紹介してくれないか?」
「あ」
夜叉が瞬きをする。
「そうだったぁ」
そして。
三人を見る。
「こちら、フィルティーナ・ローマン」
「騎士団の団長なんだぁ」
三人は少し驚いた表情を見せる。
夜叉は、フィルティーナを見る。
「私の……」
一瞬。
夜叉が言葉を止めた。
「……大切な人だよぉ」
レオンの胸が、ほんの少しだけ痛んだ。
以前。
夜叉から聞いた言葉。
――自分には好きな人がいる。
その「好きな人」が。
今、目の前にいる。
けれど。
レオンは何も言わなかった。
ただ、静かに頭を下げる。
「レオンです。初めまして、フィルティーナさん」
「カイルだ。よろしく」
「リゼットです。よろしくお願いします」
フィルティーナは三人を順番に見て。
柔らかく微笑んだ。
「こちらこそ。夜叉がお世話になっているようですね」
「いやいや」
カイルが笑う。
「むしろ俺たちが世話になってる側というか」
「そうなの?」
フィルティーナが夜叉を見る。
夜叉は困ったように笑う。
「そんなことないよぉ」
「前、一人でアースドラゴン倒してたけどな」
「カイル」
夜叉がじっと見る。
「余計なこと言わなくていいよぉ」
「ははは!」
フィルティーナが少し驚いた顔をする。
「アースドラゴンを?」
「うん〜」
夜叉はいつもの調子で答える。
「一人で」
フィルティーナはしばらく夜叉を見る。
そして。
「……相変わらずね」
「そうかなぁ」
「ええ」
フィルティーナが微笑む。
その笑顔を見て。
夜叉も嬉しそうに笑った。
◇
少し話をしたあと。
フィルティーナは遠征隊の仲間たちと騎士団駐屯場へ向かうことになった。
「今日は休むの?」
夜叉が尋ねる。
「ええ。さすがに少し疲れたから」
「そっかぁ」
「明日なら時間があると思うわ」
その言葉に。
夜叉の耳がぴくっと動く。
「……じゃあ」
「ええ」
フィルティーナは頷く。
「また明日」
「うん」
二人が別れる。
フィルティーナは手を振りながら、人混みの向こうへ消えていった。
夜叉はその姿をしばらく見送っていた。
やがて。
「…………」
後ろから。
カイルの声。
「夜叉」
「なぁに?」
「なるほどな」
「?」
「いやぁ」
カイルはニヤニヤしている。
「なるほどなぁ」
「……何がぁ?」
「いや、何でもない」
リゼットも小さく笑っている。
レオンは。
フィルティーナのことをことを思い出す。
凛々しい顔立ち。
少し長い金色の髪を動きやすいように後ろに束ねていた。
そして夜叉に対する柔らかく優しい雰囲気。
夜叉を見る。
1度振られた。
好きな人。
少しだけ胸が痛くなる。
……。
「……綺麗な人だったな」
レオンは、そう言った。
夜叉が振り返る。
「うん〜」
少しだけ嬉しそうに。
「そうでしょぉ?」
その顔を見て。
カイルが吹き出した。
「お前、そんな顔するんだな!」
「どんな顔ぉ?」
「いつもの三倍くらい嬉しそう」
「……そうかなぁ」
夜叉は自分の頬に触れる。
「分かんないなぁ」
リゼットが微笑む。
「でも、分かりやすかったわよ」
「……うぅ」
夜叉は少しだけ恥ずかしそうに俯いた。
そして。
フィルティーナが消えていった方を見る。
「……帰ってきてくれて、よかったぁ」
その声は。
いつもより少しだけ柔らかかった。
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