おまけ(ドラゴンテイマー)
僕は、今年騎士団に入隊した新人騎士見習いのコリン。
騎士見習いは鍛錬の他に、騎士団の雑用を行う決まりになっている。今日の僕の担当は馬房の掃除だ。
「コリン君、もう上がっていいよ」
馬房を掃除していると、軍馬調教師のブルーノさんが声をかけてきた。
ブルーノさんは、魔法学園で講師も行っているとても凄い人なのに腰が低く、いつもニコニコしいて穏やかなお爺さんのため、見習い騎士たちから人気が高い。
ブルーノさんは、魔力でドラゴンや魔獣を操る事も出来るらしく、騎士団員たちの間ては、「ドラゴンテイマー」と呼ばれている。
「そんな凄い人がいるのだから、ドラゴン部隊とか魔物部隊とか作ればいいのに、って思うんですよ」
仕事終わりに、先輩に誘われ、大酒酒場に僕はやってきた。お酒を飲みながら、ずっと疑問に思っていることを口に出した。
魔獣やドラゴンを自在に操れるなら、それらの部隊を作った方が戦力になるんじゃないかと、ブルーノさんに会った時からずっと思っていた。
「あ~、それな見習い騎士が皆最初に思うことなんだよ。俺も、そう思ったよ」
先輩は、干し肉を噛みながら言った。一緒に飲んでいるが先輩の他にも、店で酒を飲んでいる先輩騎士たちも年齢関係なく頷いている。
「俺も先輩に聞いたんだよ。ドラゴン部隊を作ればいいって。そしたら先輩に『ブルーノさんが亡くなった後どうするんだ』って聞かれたんだよ」
「ブルーノさんが亡くなった後?」
先輩が言っている意味が分からず、首を傾げた。ブルーノさんが亡くなった後とも、ブルーノさん以外の調教師が世話をすればいいんじゃないのか?
「ドラゴンや魔獣たちはブルーノさんの魔力でブルーノさんの言うことを聞いている。ブルーノさんが亡くなるとその魔法が解ける」
「はぁ、そうですよね」
魔力を持っていない、僕でも付与魔法以外は魔法が永続しないことは知っている。
「つまりだ、魔法が解けたドラゴンや魔獣たちが城内で大暴れして、騎士団全滅の危険性をあるんだよ。ブルーノさんは高齢だ。そんな時限爆弾を抱えたくないだろう?」
先輩の言葉に勢い良く頷いた。ドラゴンや魔獣が大暴れしている所を想像しただけで恐ろしい。
「そうですよね。城内にドラゴンたちが居るなんて想像しただけで恐ろしいですね。それに、ドラゴン部隊を作ろうとしても、そう簡単にドラゴンを見つけられませんもんね」
「簡単に見つかるぞ」
「え?」
前国王時代のドラゴン襲撃以来、この国ではドラゴンを見たと言う話を聞かない。ドラゴンなんて簡単に見つかるものじゃないのだと思っていると、先輩が爆弾発言をした。思わずマヌケな声が出てしまった。
「毎年、建国祭の時に国王陛下がドラゴンの鱗を、初代国王の霊廟に宝納するって知っているだろう」
「はぁ、入隊してすぐに座学で教えてもらいましたけど、それってレプリカじゃないんですか?」
騎士団に入隊してから、ひと月は朝から夕まできっちり座学を学ぶ。この国がある大陸では、「騎士の無知は国家の恥」という風潮があるため、騎士達は国に泥を塗らないように剣術だけでなく、勉学にも力を入れている。
「いや、毎年新しい物を騎士団から国王陛下に献上しているんだ」
「新しい物をですか?」
「毎年、ブルーノさんの顔見知りのドラゴンの所に行って、鱗をいくつか貰っているんだ」
「顔見知りのドラゴン?」
聞いたことのない言葉が先輩の口から出た。
顔見知りのドラゴンってなに?
「50年ぐらい前に、この国に襲撃してきたドラゴン達らしくってな、その時にたくさん話をして仲良くなった、ってブルーノさんが話してた」
「……ドラゴンって人の言葉話せるんですか?」
「いや、話せないと思うぞ。いつもブルーノさんが一方的に話しているだけだ。仮に、ドラゴンが人の言葉を話せたとしても、言葉を交わしたいとは思わない。あれは、ドラゴンという形をした恐怖の塊だ。教本の挿絵のドラゴン以上に恐ろしい存在だ」
教本の挿絵のドラゴンを思い浮かべる。あの挿絵でも十分恐ろしかったのに、あれ以上なんて……
「まぁ、ドラゴンから鱗を貰うのはブルーノさんの役目で、俺たち騎士は道中のブルーノさんの護衛と何百枚ものドラゴンの鱗の運搬が仕事なんだけどな」
「貰う鱗は1枚だけじゃないんですか」
「たくさん古い鱗を貰うんだ。馬たちにブラッシングして古い毛を取るように、ブルーノさん特製の器具で、ドラゴンをブラッシングするんだよ。ブルーノさんは、騎士団の馬たちに接するのと同じ感覚で、ドラゴンをブラッシングしているんだよ。それで、何百枚も古い鱗が落ちるんだ。俺たちはそれを拾って、国王陛下に献上して、色・形・艶が特にいいものを霊廟に宝納しているんだ」
ドラゴンのブラッシングが想像できない。ブルーノさんが馬たちをブラッシングしている姿は、毎日見ている。しかし、その姿とドラゴンが合わさった光景を、上手く頭の中で思い描く事ができない。
「何より恐ろしいのは、ドラゴンに頭から齧られても、ブルーノさんにとって犬猫が甘噛しているのと同じ感覚なんだ。ドラゴンに噛まれても、凄くいい笑顔で犬猫を撫でるようにドラゴンを撫でているんだ」
「………」
先輩の話しを聞いて、言葉を失った。博物館に展示してあるドラゴンの歯のレプリカは凄く大きくって、すべての歯がギザギザに尖っている。その歯で噛まれてもニコニコしているブルーノさんの神経が信じられない。
「先輩はドラゴンを見たことあるんですか?」
否定してほしくって先輩に聞いた。そんな怖ろしい事が実際にあってほしくない。実は、僕を怖がらせるための作り話だと言ってほしい。ブルーノさんは、ただのお爺さんだと言ってほしい。
「ああ、何回もブルーノさんに帯同して、鱗の回収をしている。あのドラゴンと戯れている姿に、何度恐怖を覚えたか。この国の『最強』の魔法使いは国王陛下だが、『最恐』の魔法使いはブルーノさんだ。だから我らは畏怖を込めてブルーノさんを『ドラゴンテイマー』と読んでいる」
期待虚しく、本当の話だった。良く見れば、先輩の顔色もだいぶ悪い。周りにいる他の騎士団の先輩の方に目を向けるが、誰一人として目を合わせてくれない。
まぁ、その話が本当だったとしても新人の見習い騎士には関係ない話のはず……
「正騎士・見習い問わずに、鱗回収任務には、その年の新入隊した者たちは必ず帯同する事になっている。だから、コリンも半年後にドラゴンを間近で見ることになると思うぞ」
「嘘だろう……」
とても、自分に関係する話だった。そして、半年後なんてあっと言う間に来るじゃん。
驚きのあまりに、酒場で気絶してしまい、酒場の看板娘に看病されることになった。
これが、将来妻になる女性との馴れ初めの始まりだった。




