戦争
「まったく馬鹿らしい。」
引きちぎられた子供向け聖書が、ゆっくりと床に舞い落ちた。
「それならば、なぜ、今私たちは戦争をしている?」
鋭い緑の目が、俺たちを見つめる。
見透かされたような目に、思わず心臓が跳ね上がる。
「答えは簡単。
失われたところで、人間の負の感情なんて、すぐに生み出されるからだ。」
、、、にしても。」
総司令官が、息をゆっくりと吸った。
「元はといえば、ノアとニアのせいだからな。いつも、国民にバレないように、大人しくやれと言っているのに、教会者を呼ばせて。
そのせいで、こんな子供向け聖書を渡されたんだぞ。あそこの教皇は、本当に性格が悪い。」
『教会者』というのは、そのトップの命令にしたがって動き、普段は各地に散らばっている、神と宿主の狂信者の集団だ。
国境を超えて働く教会者たちは、現場の掃除などの、宿主のサポートをすることが主な仕事である。無償で大体のことはやってくれるので、宿主たちは、頻繁に利用している。
「それで?」
扉がゆっくりと開く音とがした。
「そんな愚痴こぼすために、全員集めるような無駄なことしねぇだろ?お義父さん?」
その舐めた口の聞き方。ニヤニヤと嫌味な笑み。赤い目に、銀の髪。前を開けた白いシャツと、ダボダボのズボン。
最悪なことに、俺とニアの父親である、クズ男、コール・キャロウェイだ。
総司令官は、コールを見ると、大きなため息をついた。
「コール、何週間も姿を見せずに、急にそれか?」
「そんな硬いこと言うなよ。俺には俺の日常生活ってもんがあるんだよ。
早く用件言え。楽しくなりそうな気配がしたから、来てやったんだぜ。」
総司令官が、もう一度ため息を付くと、口をゆっくりと開いた。
「戦争を、始めるぞ。」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
色々な表情が入り混じる。
無表情の総司令官。
険しく眉をしかめる亦凡さん。
うつむき、顔が見えないクラリスさん。
すべてを見透かしたように、ニヤニヤと笑うコール。
そして、俺のことをじっと見つめてくるニア。
ー200年前に、神が人間の前に、姿を表した。
その100年後に、戦争が始まった。
そして、40年前。
人間は、新しい戦い方を見つけた。
大勢対大勢ではなく、精鋭対精鋭。
つまり、国民が誰も死ななず、国の利益だけが手に入る、見事な理想郷が完成したわけだ。
ー宿主たちの犠牲と引き換えに。
その理想郷は、各国の話し合いによって定められた。
宿主の力の象徴であり、宿主を殺すことで得られる『神石』。
降参、もしくは、国の保有する神石がなくなったとき、その国は、勝った国の属国となる。
その国の国民、財産、特産品。すべてが、その国のモノとなるのだ。
100年も戦争を続けて、残っている国なんて、まともではないに決まっている。
降参なんて、するわけがない。それに、国民も許さないだろう。
何も失わず、口を開いてギャーギャー騒いでいるだけの国民が。
この戦争が意味するのは、宿主の死。
このクソみたいな世界で、クソみたいな戦争をする、その理由は何だ?
手を固く握りこむ。袖の中の手錠があたり、カチャ、と音がなった。
惑わされるな。俺の目的はただ1つ。
俺は、それでいい。
「、、、総司令官。それで、どこと戦うんですか?」
「私のことを、おじい様と呼んでくれたら教えよう。」
「俺のことも、お前とか、呼び捨てじゃなくて、パパって呼べよ。」
睨む。
「冗談だよ。」
「あたしは、ちゃぁんと、おじーちゃん、パパーって呼んであげるよ!」
「流石は、俺の娘だなぁ。小遣いやるよ。
ほれ、500万エユード。」
コールが、黒いカードを取り出して、ニアに手渡そうとする。
「わーい!ありがと、パパー!」
「おい、コール、そんな軽く、高収入の一般国民の年収を渡すな!」
「ゆでダコさんはカチカチだなぁ。
電話で伝え忘れたけど、ゆでダコの意味、ハゲだからってのもあるから。」
「おい、小娘!!」
そのとき、あの、という震えた声がした。
「モーガン様、恐れ入りますが、わたくしの約束は、かなえられますのでしょうか。」
クラリスさんと、総司令官の約束。
おそらく、総司令官が、クラリスさんを、宿主に勧誘したたときに、なにか交換条件を出したのだろう。
「そう焦るな。お前の欲望は、きっとこの戦争で大いに満たされるだろうよ。」
「安心いたしました。ありがとうございますわ。」
そう答えた、彼女の頬が、少し上気しているように見えた。
、、、興奮している?
その時、ククッと笑い声がした。コールだ。
「ずいぶんとクレイジーなやつが入ってきたみたいだなぁ。
俺は、そういうやつ大好きだぜ。」
「うふふ、光栄ですわ。
、、、でも、貴方様には、わたくしの願いは叶えられそうにないですわね。」
コールは、再びククッと笑う。
それを遮るように、総司令官が口を開いた。
「、、、さて、残りの国は5国。
我が国、アジール国、神聖エーテル帝国。
そして、戦争中のゼラニウム連合国と、ギガント連合国。
私たちは、その戦争中の2国に、突っ込む。」
「なんだと!!」
亦凡さんが叫んだ。
「戦争は、一対一の国同士で行われるもの!
国際戦争法で定められているだ、、、」
「黙れ」
総司令官の声が響く。
「戦争法なんて、もう気にしている場合ではない。
もう残りの国は片手で数えられるようになった。
妥協していたら、死ぬのは私たちだ。」
「、、、だが、だが!国際戦争法には理由がある。
宿主たちがあまりにも激しい戦争をしたら、民間人に被害が出る。
なんの罪もない子どもが殺されるかもしれないんだぞ!」
「ねぇ。」
そのとき、ニアの声が響く。
ニアは、亦凡さんの袖を、小さく引っ張った。
「それが、どうしたの?」
ニアが、本当に、本当に純粋に、亦凡さんに聞いた。
途端、息がうまく吸えなくなる。
違うだろ、お前、そんなんじゃないだろ。
だって、お前ー。
「、、、お前の子どもを思う気持ちは、とても正しい。
だが、現実的ではない。
私の孫たちのような子どもがいるこの世界ではな。」
総司令官の声で、思考が遮られる。
もう反論はおきなかった。
「さて、それでは始めようか。
戦争を。」




