第40話:EX ネクロノお兄様の従業員相談窓口
【視点:第4皇子 ネクロノ】
「……ふふっ。今日も……皆さんの心に寄り添う、良い一日に、しましょうね……」
長閑村の広場の隅にひっそりと設けられた、黒い天幕のテント。
入り口には手書きで『第6皇女陣営・従業員相談窓口』と書かれた看板が掲げられている。
私はこの村の【人事担当】として、魔物たちが人間社会(ホワイト村)で直面する様々な悩みを解決するため、定期的な個別ヒアリングを行っていた。
「……さあ。最初の、相談者さん……どうぞ……」
私が優しく呼びかけると、テントの入り口から、魔導ストップウォッチを首から下げたダークエルフ――総務担当のロウミアが、青白い顔をして入ってきた。
「し、失礼いたしますぅぅ……」
「……おや。ロウミアさん……。とても、顔色が……悪いですね……。何か、重い呪い(ストレス)でも……?」
「あ、あの……ネクロノ殿下。実は私……『有給休暇』の使い方が、どうしても分からなくて……っ」
彼女は、震える手で自身のシフト表を握りしめていた。
「魔王軍時代は、休み=死、あるいは懲戒解雇でした。だから、いざ『今日は働いちゃダメ』と村を追い出されても、何をすればいいのか……。休んでいると、『お前は無価値だ』という幻聴が聞こえて、動悸が止まらないんですぅぅッ!」
……なんと痛ましい。
ブラック企業で心身をすり減らしたせいで、休むことに罪悪感を覚える『ワーカホリックの呪縛』から抜け出せていないのだ。
私は深く同情し、彼女の心を解きほぐすために、自身のギフト『深淵の闇』をそっと解放した。テントの中がスゥッと冷え込み、彼女の足元に漆黒の影が優しく渦を巻く。
「……可哀想に……。あなたの魂は、まだ……現世の鎖に縛られているのですね……」
「ひっ……!?」
「……休日は……すべてを忘れ、思考を停止させるのです……。己の魂を、永遠の虚無へと突き落とし……ただの、空っぽの抜け殻(肉塊)となって……深淵の闇に、沈みなさい……。私が、あなたの意識を……刈り取ってあげましょう……ふふっ……」
(※ネクロノの意図:何も考えずに、泥のようにぐっすり眠って休んでくださいね)
「ヒィィィィッ!? い、命だけはァァッ! わかりました、今すぐ趣味を見つけます! 編み物でも温泉巡りでも何でもして、完璧に『充実した休日』を過ごして生産性をアピールしますぅぅッ!!」
ロウミアは涙目で絶叫し、テントから転がるように逃げ出していった。
……照れ隠しだろうか。すぐに趣味を見つける前向きな姿勢、素晴らしい向上心だ。
「……さて。次の、相談者さん……どうぞ……」
「あ、あの……お忙しいところ、すいやせん……ッス」
次に入ってきたのは、巨体を縮こまらせたオークのドボグだった。
村の農業の要として活躍している彼だが、今日は農具を持たず、モジモジと太い指を絡ませている。
「……それで、今日は……どのような、お悩みが……?」
「ええと……実は、その……。村の防衛隊(近衛騎士)の皆さんが、たまに帝都から家族を呼んだりしてるじゃないッスか。それを見てたら、俺も……その……人間の女の子って可愛いなぁ、なんて……」
オークが、緑色の顔をほんのり赤く染める。
「……ですが、俺は魔物ッス。種族の壁もあるし、やっぱり身の程知らずというか……」
「……ああ……。なるほど……。愛に……悩んでいるのですね……」
私は深く共感した。人事として、従業員のプライベートな悩みにも全力で寄り添わねばならない。
私は彼を励ますため、背後に巨大なドクロの幻影(※彼なりのキューピッド)を浮かび上がらせた。
「……愛というものは……深い、深い闇の中で育まれる、狂気のようなもの……。種族の壁など……この漆黒の呪い(サポート)に比べれば、些細な、障害です……。私が……あなたのその想いを……一生逃げられない、永遠の闇で……包み込んであげましょう……。ふふっ……」
「ヒィィィィッ!? 呪殺されるッ!? い、いえ! 結構ッス! 俺には土とトマトという最高の恋人がいるんで!! 一生独身で農作業に打ち込みますぅぅッ!! ありがとうございましたァァッ!」
ドボグは太い悲鳴を上げ、テントの布を突き破る勢いで逃げ出していった。
……照れ屋な若者だ。恋の悩みは、彼を農業へとさらに駆り立てたようだ。
「……ふふっ。皆さん、素直で……可愛いですね……。さあ、次の、相談者さん……」
「ハッ!! 失礼いたしますぞォォッ!!」
続いて入ってきたのは、全身から禍々しい死のオーラを放つ不死の騎士、デスナイトのセイザールだった。彼は経理部長として、毎日凄まじい速度で稟議書を処理してくれている。
「……経理部長。今日は……どうされましたか……? 何か……職場で、不満でも……?」
「いえ! プリーズ殿下のホワイトな職場環境には、微塵の不満もありませぬ! ……ただ、個人的な『健康の悩み』でありまして……」
「……アンデッドの、健康……?」
セイザールは、自身の漆黒の甲冑の腕をさすりながら、カチャカチャと骨を鳴らした。
「恥ずかしながら……最近、長時間のデスクワークが続いているせいか、全身の『骨』が軋むのですぞ。以前、魔王軍で最前線を走っていた頃はこんなことなかったのですが……。これが、人間界でいう『骨粗鬆症』というヤツではないかと……」
真面目な彼らしい、切実な悩みだ。
アンデッドといえども、長時間の座り仕事は体に……いや、骨に毒なのだろう。
「……なるほど……。それは、深刻な問題、ですね……。福利厚生として……私が、解決策を、提示しましょう……」
私は親身になって、彼に的確な健康アドバイスを送ることにした。
「……まずは……日光を、浴びることです……。そして……カルシウムを……そうですね……新鮮な、生命の……骨の髄まで、貪り食うように……摂取しなければ……あなたの体は……ボロボロに、崩れ落ちて……二度と、元には戻らないでしょう……。永遠の、死が……待っていますよ……。ふふふっ……」
「ひ、ひぃぃぃぃッ!? ボロボロに崩れ落ちるゥ!? 申し訳ありませぬ、我輩の自己管理が甘かったばかりに! すぐに特濃牛乳をガブ飲みし、毎朝ラジオ体操を欠かさず行いますゆえ、どうか魂の消滅だけはお許しをォォッ!!」
セイザールは、ガシャァァン! と見事な土下座を決めると、ガクガクと甲冑を震わせながらテントを這い出ていった。
……彼もまた、健康への意識が飛躍的に高まったようだ。人事担当として、これほど嬉しいことはない。
***
【視点:第6皇女 リズ】
「……ミド。あれ、どう見ても『従業員へのパワハラ(精神的拷問)』よね?」
「ええ。前世のベンチャー企業でもたまにいたわ。『本人は親身に1on1で相談に乗ってるつもりなんだけど、威圧感と間が怖すぎて、部下が全員トラウマを抱えて逃げていく取締役』よ」
私とミドは、相談窓口のテントから次々と涙目で飛び出してくる魔物たちを遠巻きに眺めながら、引き攣った笑いを浮かべていた。
「ま、まあ……結果的にロウミアは全力で趣味の開拓を始めたし、ドボグは仕事に集中するようになったし、セイザールは毎朝牛乳を飲んで健康になったんだから……大成功ってことでいいわよね?」
「……そうね。とりあえず、ネクロノ殿下には『笑顔の練習』だけはさせないようにしましょう。余計に被害者が増えるから」
私たちは心優しき、そしてホラーな最強の人事担当の背中に、そっと感謝と労いの祈りを捧げるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
更新の大きな励みになりますので、もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると大変嬉しいです。
【ブックマークに追加】も、ぜひよろしくお願いいたします。




