第39話:EX ブラック上司の末路 ~パワハルス元部長、本日の進捗はどうですか?~
「……ぐ、ぼァ……ッ。おのれ人間ども、よくもやってくれたな……」
ドスゥゥンッ! と、魔王城の中庭にボロ布のような物体が墜落した。
狂皇女ネネードのフルスイングによって遥か彼方までカッ飛んでいった、パワハルスである。
アークデーモンの尋常ならざる生命力でなんとか魔王城へと生還した彼は、全身の骨を軋ませながら立ち上がった。
「ハァ、ハァ……。だが、あの小娘や幻影の言ったことなど、魔王様が信じるはずがない。証拠の書類とやらも、捏造だと突っぱねれば済む話だ。……俺は部長だぞ? 代わりの利く使い捨てのオークどもの言い分など――」
パワハルスがボロボロの体でエレベーター(昇降魔法陣)に乗り、役員室へと向かおうとした、その時だった。
「――お疲れ様です、パワハルス『元』部長」
冷ややかな声と共に彼の前に立ちはだかったのは、魔王軍の『総務・コンプライアンス監査室』に所属する冷徹なデスエルフたちだった。
「……元? 何を言っている。俺は今から魔王様に、人間どもの不当な介入について報告に――」
「その必要はありません。帝国の第6皇女陣営から当部署宛てに【3万件のスパムメール】として叩きつけられた『外部監査報告書』および『あなたのパワハラ・横領の物証ログ』については、すでに魔王様がすべて目を通されました」
デスエルフが提示した分厚い羊皮紙の束。
そこにはパワハルスがサキュバスクラブでシャンパン(高級魔力ポーション)を空けまくり、「部下なんて肉盾にしておけばいいんだよ!」と高笑いしている音声データや、不当な無給労働の命令記録まで、完璧にファイリングされていた。
「なっ……バカな! そんなログ、いつの間に……ッ!?」
「第6皇女のギフト『インフォメーション』……恐ろしい力ですね。あなたが『誰も見ていない』と思っていた瞬間の座標と発言が、すべて記録されていましたよ」
パワハルスの顔からマグマのような血の気が引いていく。
「魔王様の御言葉を預かっております。『我が社に、部下のやりがいを搾取し、あまつさえ他社の敷地で違法労働を強要する前時代的な役員は不要だ。……貴様に、新しい配属先(再教育プログラム)を用意した』とのことです」
「は、配属先……? クビではないのか……?」
パワハルスが希望の光にすがりつこうとした瞬間、デスエルフはこれ以上なく残虐な事務的な笑顔を浮かべた。
「ええ。魔王様は寛大ですから。あなたが元部下たちに命じていた『西の砦の建築』を、あなた自身で完遂していただきます。――もっとも、あなたが強要した不眠不休のタダ働きではなく、【魔王軍の最新労働規程を完全遵守した状態】で、ですがね」
「こ、コンプライアンス……?」
「暴力も徹夜も許されない、徹底した安全管理と書類仕事の世界です。気合いと根性しか能のない脳筋のあなたに、果たして『ルール』が守れるでしょうか?」
***
デスエルフが冷酷に宣告した数日後。
魔王軍領地の最西端。
『西の砦・建築現場(※魔王直轄・コンプライアンス再教育キャンプ)』。
「パワハルス! 本日のノルマ、切り出し建材ブロック1万個! 進捗どうなってる!」
「うるさいッ! 俺は上位魔族のアークデーモンだぞ! こんな指定のちまちましたツルハシなど使っていられるか! 『極大殲滅魔法』で、この山ごと吹き飛ばして一瞬でノルマを――」
ピーーーッ!!
現場監督のオークが鼓膜が破れそうなほど大きなホイッスルを鳴らし、魔法陣を展開しかけたパワハルスの前に立ちはだかった。
「ストォォォォプ!! 貴様、正気か!? 事前の【環境アセスメント(自然破壊影響調査)】と【火薬・危険魔法取扱許可書】の提出もなしに山を吹き飛ばす気か!!」
「なっ……!? ま、魔法を一つ撃つのに書類がいるだと!?」
「当たり前だ! 周辺の生態系への配慮ゼロの無許可極大殲滅魔法など言語道断! しかも爆砕したら建材の品質がバラバラになるだろうが! 指定の安全基準を満たした『アンゼンダ・ツルハシ』を使って、腰に負担をかけない正しいフォームで手掘りしろ!!」
「そ、そんなまどろっこしいことやってられるか! だから徹夜で、俺の気合いと体力でカバーして――」
「さらにバカなことを! この現場は【1日8時間労働・残業ゼロ】だ! 気合いや根性でカバーしようとするな! 常に頭を使って『安全な範囲での効率化』を考えろ!!」
オーク監督は分厚いマニュアルでパワハルスの頭をスパーン!と叩いた。
「だいたい貴様、ヘルメットの顎紐も緩んでいる! 安全意識の低い奴に現場を任せられるか! 今すぐプレハブ小屋に戻って、『無許可魔法使用未遂に関する始末書』と『ヒヤリハット報告書』を書いてこい!!」
「ひ、ひぃぃぃッ!? ま、また書類仕事か!? 字を書くと頭が痛くなるんだ! お願いだ、俺に暴力を振るわせてくれェェッ!! 肉体を酷使するほうがマシだァァッ!!」
「甘えるな! 現代の魔王軍に『考えることを放棄した脳筋』など不要だ!!」
かつての高級な装いは剥ぎ取られ、安全第一の作業服を着せられたパワハルス。
アークデーモンの規格外の暴力は一切封じられ、逆に彼が最も苦手とする『ルールの遵守』と『緻密な事務作業』を徹底的に求められる日々。
ふと、パワハルスの視界の端に、空中に浮かぶ小さな『魔法掲示板(帝国向けの広報チャンネル)』が映った。
そこには、長閑村で幸せそうに定時退社し、極上トマトと冷たいビール(麦酒)で乾杯している元部下たちの姿が、『長閑村・成功事例』として輝かしく映し出されていた。
『ワンオペじゃない環境、最高です!万歳です!プリーズ殿下には感謝しかありません!』
『プリーズ殿下の村は最高ッス! サービス残業ゼロで、今日はこれからみんなで温泉に行くッス!』
『我輩、経理の仕事が楽しくてたまりませぬぞォ!』
「う、うああああああああああああああああッ!!!」
パワハルスの絶望の絶叫が、クリーンに整備された建築現場に虚しく響き渡った。
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