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第38話:絆の定時退社と念願のスローライフ

チュンチュン、という穏やかな小鳥のさえずり。


窓から差し込む、柔らかく暖かい朝の光。


「あぁ……なんて素晴らしい朝なのかしら」


私はふかふかのベッドから身を起こし、思い切り背伸びをした。


魔王軍のブラック幹部を撃退し、村の治安とインフラが完璧に整ってから数日。


長閑村は今や、帝都の貴族街すら凌駕するほどの『超快適・自給自足スローライフ拠点』として完成していた。


「おはよう、リズ。はいこれ、今朝ポストに届いてたわよ。……差出人は『株式会社・魔王軍 代表取締役』ね」


「え?」


テラスに出ると、ミドが呆れた顔で一つの小包を差し出してきた。


開けてみると、中には最高級の『特製羊羹ようかんセット』と、一枚の便箋が入っていた。


『――この度は、弊社の営業部長が多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。該当社員には厳重注意の上、コンプライアンス研修を再受講させております。貴殿の村の平穏を、心よりお祈り申し上げます』


文面から漂う完璧なビジネス構文。


「……ミド」


「ええ。間違いないわね。今の魔王、絶対に『前世の記憶』がある日本の元社畜か経営者だわ。バリアが労働基準法で消えたのも納得ね」


「まあ、何でもいいわ! これで魔王軍からの脅威も公式に無くなったってことよ!」


私は羊羹をかじりながら、ミドが用意してくれた極上の朝食、無農薬サラダと特製オムレツをたっぷりと味わった。


外を見れば、デスナイト経理部長の完璧なシフト管理のもと、魔物たちが楽しそうに畑を耕し、近衛騎士たちがのんびりと見回りをしている。


「完璧だわ。脅威はすべて排除したし、労働時間も完全にコントロール下にある。……ミド。私たち、ついにやり遂げたのね!」

「ええ。前世でも成し得なかった『完全なるホワイト環境』の構築よ。誇っていいわ」


私たちは歓喜の涙を拭いながら、最高のスローライフの幕開けを祝った。


そして、時計の針が【午前9時55分】を指す。

「さあ、今日も10時から15時までの『たった5時間』だけ、適当にお兄様たちの相手をしてあげるわよ」


余裕の笑みを浮かべ、私はリビングの中央にある通信機の前に座った。

カチッ。

時計が【午前10時00分】を指した瞬間に、通信の魔石をオンにする。


シュゥゥン……。

ホログラムが展開され、帝都の執務室が映し出された。


『――おはよう、私の愛しい妹よ。そして、素晴らしい外交的勝利、おめでとう』


画面の向こうには、この世のものとは思えないほど爽やかで、そしてどこか【底知れぬ期待と興奮】に満ちた笑顔を浮かべるリピートお兄様と、なぜか深々と私に向かって一礼をしているスイの姿があった。


「おはようございます、お兄様。ええ、おかげさまで村は完璧に機能していますわ。これで私の平穏なスローライフも安泰――」


『謙遜しなくていい! 昨日の午後、君の端末から共有された【検索ログ】を見て、私は震えたよ!』


「……へ?」


『魔王軍のトップシークレットである【最新の内部規定ルール】をハッキングし、それを盾にして敵幹部を合法的に無力化するとは! ただの武力衝突ではなく、法と情報で魔王軍を内部崩壊させる気だな!? さすが私の妹だ、私は君の完璧な采配を信じて、あえて一切の口出しをせず見守らせてもらったよ!』


「あ、いや、あれはただ村の定時を守りたくて……」


嫌な予感がする。極めて、致命的に、嫌な予感がする。

私のささやかな自己防衛が、お兄様の脳内で【魔王軍に対する壮大な企業買収(乗っ取り)戦略】にすり替わっている!


『現に今朝、君の元へ魔王直筆の【謝罪状(菓子折り)】が届いたと報告を受けている。敵のトップに非を認めさせ、完全にマウントを取った見事な手腕だ!』


「な、なぜ羊羹のことまで……ッ!?」


『決定したよ、プリーズ。君のその類まれなる情報戦のセンスと実績を評価し……本日から君に、帝国を代表する【魔王軍との外交および提携交渉の全権】を委任することにした!!』


「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


私の絶叫がリビングに響き渡った。

魔王軍との交渉全権!? それってつまり、魔王軍から逃げてきた魔物たちの受け入れ手続きから、今後の不可侵条約の締結まで、対魔王軍の『全責任(クソデカ業務)』を負わされるってことじゃない!!


「ちょ、ちょっと待ってよ! 私はスローライフを送るためにこの村に……! そもそも、一国規模の外交書類なんて、私一人で処理できるわけが……っ!」


『もちろんだとも。国家間の交渉には、強固な地盤バックオフィスが必要不可欠だ。――それに伴い、君の長閑村を帝国の【特別経済・外交特区】に指定し、隣接する【北方3領地を、君の特区の『後方支援サポート地域』】として連携させることにしたよ!』


「さ、サポート……?」


『あぁ! 彼らの領地からの「人員配置の要請」や「合同予算の承認」は、すべて特区の長である君が自由に決裁コントロールして構わない! これで資金も人材も思いのままだね!』


「サポートって響きはいいけど、それってつまり! 3領地分の『人事と予算の稟議書(クソデカ業務)』が、全部私のデスクに回ってくるってことじゃない!!」


『心配はいらないよ。君にはインフォメーションの【無制限処理】と、ミド殿の【自動化マクロ】がある。さらには、村役場に24時間稼働可能な【超優秀なデスナイト経理部長】まで採用したのだろう? 君の陣営の処理能力なら、3領地分の書類など「片手間」で終わるはずだ。期待しているよ』


「仕事が増えてるゥゥゥッ!! だからアンデッドだろうと定時で帰らせてるんですってば! 24時間なんて働かせたらウチのホワイト憲章に違反するじゃないのォォッ!」


私の血を吐くようなツッコミを華麗にスルーし、通信機の向こうでリピートお兄様が眩いばかりの王子様スマイルで親指を立てた。


その瞬間。


ピロロロロロロロッ!!!

ズガガガガガガガガガガガッ!!!


平和なリビングの静寂を切り裂き、通信機の魔石に組み込まれた『物質転送機能』が、断末魔のような音を立てて火を噴いた。

通信機下部の排出口から、雪崩なだれとなって吐き出されたのは、真っ白な凶器。


「ひ、ひぃぃぃッ!? なに、これ、ちょっと、止めてぇぇぇッ!!」


止まらない。

魔王軍との『外交条約草案』や『亡命魔物のビザ申請書』に加え、【後方支援(という名目で丸投げされた)北方3領地からの膨大な稟議書の束】が、物理的な質量を持って私の足元を埋め尽くしていく。

それは瞬く間に膝を越え、腰に届き、別荘の天井を目指して、白亜の断崖絶壁を形作っていく。


『プリーズ殿下……っ!』

書類の山に埋もれ、もがく私の視界に、ホログラムのスイが映った。

彼女は、まるで聖母の奇跡でも目撃したかのように、頬を涙で濡らし、胸の前で固く手を合わせていた。


『殿下が魔王軍との【外交窓口】をすべて引き受けてくださったおかげで……! 私の毎日の、あの胃に穴が空くような【対魔族の折衝業務】が……劇的に、本当の意味で、跡形もなく消え去りました……!』


嗚咽を漏らしながら、スイが続ける。その声は、地獄から救い出された魂の叫びだった。


『今日からは、夕食を冷める前に食べられるだけでなく、寝る前に「スイウサちゃん」とたっぷり、心ゆくまで語り合う時間が作れるのです!! 殿下、この御恩は来世までも忘れません!! さあ、あとの30,000件の未処理案件(領地経営+国際外交)は、よろしくお願いいたしますぅぅッ!!』


「スイ……ッ! あんた、自分の生活の質を上げるために、ついに『外交問題』まで実の主君(私)に丸投げしたわねェェェッ!?」


私が書類の山に埋もれながら叫ぶと、ミドが「あーあ」と乾いた笑いを漏らした。


「……リズ。だから言ったじゃない。社畜の格言を忘れたの?」


ミドは天井まで届きそうになりつつある書類のタワーを見上げながら、社畜界の絶対的真理を口にした。


「会社っていうのはね、『有能なシステムを作って仕事を早く終わらせる奴には、空いた時間に【さらにデカい仕事(別の部署の分まで)】が降ってくるだけ』なのよ……」


「いやあああああああああああああああッ!!!」


私の絶望の悲鳴が、白亜の書類の山に空しく響き渡る。


――私のスローライフは、完全に終わった。


そう思って目の前が真っ暗になりかけた、まさにその時だった。


バンッ!! と別荘の扉が勢いよく開き、村の魔物たちが血相を変えて飛び込んできた。


「プリーズ殿下ァァッ!! なんですかこの理不尽な業務量は! 殿下を書類の山で過労死させるなど、私たちが絶対に許しません!!」


ダークエルフのロウミアが、魔導ストップウォッチを投げ捨て、書類の山にダイブしてきた。


「外交ビザと領地の人事書類は、私が【フォーマット化】して全自動仕分けに回しますぅぅッ!」


「ブヒィィッ! 脳を使うと糖分とビタミンが要るッス! 採れたての極上トマトと野菜ジュースを持ってきたッス!!」


オークのドボグが、籠いっぱいの差し入れを抱えて私の体力を物理的にサポートしに走る。


「領地の予算稟議など、我が『死のオーラ(超高速捺印)』の敵ではありませぬ! 稟議書の計算と承認はすべて我輩に回してくだされ!!」


デスナイトのセイザールが、目にも止まらぬ速さで書類を捌き、バンバンとハンコを押し始めた。


「書類のホコリは僕が全部吸い取るです〜!」

「外の警備は完璧だから安心して仕事に集中してくだせぇ!」


スライムとガーゴイルまでが、別荘の内外から頼もしい声を上げてくれる。


全員が自分の持ち場と能力を120%活かし、私の「定時退社」を守るために、絶望的な書類の山へ一丸となって立ち向かってくれているのだ。


「みんな……っ!」


その光景に私は思わず胸を熱くした。


「……前言撤回よ、リズ」


ミドがマクロ草を書類の山にセットしながら、呆れたような、でもどこか嬉しそうな顔で肩をすくめた。


「有能な奴はさらにデカい仕事を押し付けられて潰れるのが『社畜界の真理』だけど……あんたが作り上げたのはただの無機質なシステムじゃなかったみたいね」


「ミド……」


「一人なら絶望して過労死コースだったでしょうけど、今のあんたには定時退社のために一緒に戦ってくれるこれだけ優秀な『部下』がいるじゃない。……出世おめでとう、リズ『本部長』」


ミドは頼もしくニヤリと笑う。


「安心しなさい。15時の定時退社ルールは私たちが死守するわ。その代わり、この5時間の業務密度が今までの100倍になるだけよ」


「……ええ、そうね!」


私は埋もれていた書類の山から勢いよく立ち上がった。


「ロウミア、書類の全自動仕分けは任せたわ! ドボグ、その極上ジュースもらうわね! セイザール、その調子でガンガン判子を押してちょうだい!」


私が次々と的確な指示を飛ばすと、3人は「ハッ!」と嬉しそうにそれぞれの作業速度をさらに一段階引き上げた。


そして私は、名もなきインフラ担当だった彼らにも力強く振り返る。


「頼んだわよ、『スー』! 『ガル』も、上空から怪しい通信(追加の仕事)を持った鳥が来ないか見張っててちょうだい!」


私がこの数日の間にこっそり付けていた名前(あだ名)で呼ぶと、スライムのスーは嬉しそうに跳ね回って空気を浄化し、ガーゴイルのガルは窓の外から力強くサムズアップを返してくれた。


「今の私には、この最強の陣営チームがあるもの!」


私はインフォメーションのウィンドウを全開にした。


そこには、ネネードお姉様の無邪気な笑い声が響き、魔物たちが私のために死に物狂いで事務処理をサポートし、近衛騎士たちが外を固める……私が作り上げた「完璧なホワイト村」の景色があった。


「さあ、みんな! 泣いても笑っても勤務時間はあと5時間よ! 3万件の未処理案件、15時までに全部終わらせて、笑顔で定時退社するわよォォッ!!」


「「「おおおおおォォォォォッ!!!」」」


私の号令に、かつてないほどの熱い雄叫びが別荘を揺らした。


村はこんなにも穏やかで、幸福に満ちている。


これを統括する私のスローライフは「大抜擢」という名の凄まじい業務量に飲まれたものの――最強の仲間たちと共に笑顔で定時退社を勝ち取る【愛と絆の超絶ホワイト領地運営】へと、希望の音を立てて進化していったのだった。


(第二章:ホワイト村開拓編・完)


(本日の業務:本部長に就任 / スローライフ:最強の仲間と共に、毎日15時スタート!)

第2章終了となります!

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


更新の大きな励みになりますので、もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると大変嬉しいです。


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