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第37話:魔王軍の隠し仕様と定時上がりのフルスイング

時刻は、午後2時50分。


私の定時退社まで、残り10分。


「ミド、帝都の執務室へ通信を!」


「オッケー。スイ、出番よ! 相手はゴリゴリのブラック上司アークデーモンよ!」


ミドが通信機の魔石を最大出力で起動すると、村の広場の中央に、巨大なホログラム映像が浮かび上がった。


そこに映し出されたのは、分厚いファイル(※私がたった今送ったばかりの検索データ)を抱え、冷気(殺気)を漂わせた『氷の副官』スイの姿だった。


『……データ、拝見いたしました、プリーズ殿下。これは……あまりにもお粗末な【労務管理】ですね』


「な、なんだ!? 人間の女の幻影だと!?」


アークデーモンのパワハルスが、突如現れたスイのホログラムに目を剥く。


スイは眼鏡をスッと押し上げ、手元の資料を読み上げ始めた。


『魔王軍・前衛特攻第3軍団、営業部長パワハルス殿。あなたは現在、彼ら(魔物たち)に対し「一睡もせずに西の砦の建築を行え」と命じましたね。さらに、それを「会社を裏切ったペナルティ(タダ働き)」であると明言した。……これはたった今私が確認した【魔王軍の最新の社内規定(無給の強制労働の禁止)】に明確に違反しています』


「あァ? それがどうした! 会社を裏切ったゴミどもに払う給料などない!」


パワハルスが鼻を鳴らす。


『おかしいですね。私が【情報】を照らし合わせたところ、彼らは退職届を提出した上で、我が陣営と正式な雇用契約を結んでいます。つまり、あなたは今、他社の正社員に対して【無給の違法労働】を強要しているのです』


スイは、完璧な氷のような冷徹な笑みを浮かべて言い放った。


『よって、我が長閑村の労働組合(防衛隊)は、あなたとの【団体交渉】を決裂とし、実力行使に移ります』


「団体……交渉……?」


ポカンとするパワハルスをよそに、スイの言葉を聞いた魔物たちの様子が劇的に変化した。


「……そうだ。俺たち、もう魔王軍の社員じゃねえんだ……」


「タダ働き……? 冗談じゃねえ! 俺はもう、定時あがりの冷たい水と、ふかふかのベッドの味を知っちまったんだ!!」


「洗脳(恐怖)」という呪縛を、「ホワイトな生活を守りたいという執念」が完全に上回った瞬間だった。


魔物たちが一斉に立ち上がり、パワハルスに向かって武器(農具)を構える。


「「「ふざけんなァァァッ! 誰があんな地獄に戻るかぁぁッ!!」」」


完全に反旗を翻した元部下たちを見て、パワハルスはギリッと牙を剥き出しにした。


「ええい、鬱陶しい! 洗脳が解けたなら仕方がない! 会社(魔王軍)の備品を破損した罪で、貴様らごとこの村を消し炭にして――」


「おっと。それは許さないぜェ?」


パワハルスが魔法を放とうとした瞬間、ネネードお姉様が立ちはだかり、戦斧を構える。


「ハッ! 忘れたか脳筋! 俺には魔王様から直接付与された『絶対防御の結界(クレーム対応用)』がある! 貴様らの物理攻撃など一切通じ――」


「あなた……今の魔王軍のトップが、組織のシステムにどんな『新しい呪い(ルール)』を組み込んだか、マニュアルを読んでないのね?」


「あァ?」


「あなたみたいな『やりがい搾取の幹部』を排除するために、幹部に支給する『結界(会社備品)』の根幹に、とんでもない仕様を組み込んでいるのよ。――すなわち、『魔王軍の新たな労働規定コンプライアンスに違反した幹部は、即座にすべての権限バリアをシステム側から強制剥奪する』という仕様をね!」


(悪の親玉である魔王が、部下の労働環境を守るルールを作っている……!?)


その場にいた魔物や騎士たちのそんな声が聞こえたような気がしたが、私は構わず村の時計塔を指差した。


時計の針は、ちょうど【午後3時】を指し示そうとしている。


「ここは、私が正式に雇用した魔物たちの『職場』。そして今、時間は午後3時……つまり、就業規則に則った【定時(業務時間外)】よ!」


ボーン、ボーン、ボーン……!!


村の時計が、定時を告げる鐘を鳴り響かせる。


「あなたは今、『業務時間外』の一般市民(うちの社員)に対し、他社の敷地内で『違法なタダ働き』を強要しているただの【不審者(ブラック上司)】なのよ。……違法行為中の社員を、魔王の支給した結界システムが守ってくれるかしら?」


「なっ……!?」


スッ……。


私が事実ルールを突きつけた瞬間。


破壊音すらなかった。パワハルスを守っていた無敵のバリアは、まるでシステムからアクセス権限を剥奪されたように、フッと静かに消滅したのだ。


「あ、あれ……? 俺の、バリアが……?」


「――お前の盾、消えてるぜ?」


パワハルスが間抜けな声を漏らした瞬間。


目の前に、これ以上ないほど凶悪な笑みを浮かべたネネードお姉様が立っていた。


「ウチの可愛い社員の『ぷらいべーと』を邪魔する迷惑な客は……物理で(きっちり)排除(お見送り)させてもらうぜェェ!!」


ズバゴォォォォォォォォォォンッ!!!


ネネードお姉様のフルスイングの戦斧が、パワハルスの顔面にクリーンヒットした。

「ごぼァァァァァッ!?」という断末魔と共に、アークデーモンの巨体が、まるでホームランボールのように空高くカッ飛んでいく。


『……見事な論理展開でした、プリーズ殿下。私もこれで、気持ちよく定時に上がれます。彼の違法行為のログは、念のため魔王軍の人事部宛てに一斉送信しておきました』


ホログラムの向こうで、スイが満足げに一礼する。


「ええ。今日もご苦労様、スイ。……通信、切断!」

私は通信機の電源をパチンと落とした。


広場では、自分たちを縛り付けていた悪夢、ブラック上司が物理的に空へ消え去ったのを見て、魔物たちが歓喜の涙を流している。


「よ、よかった……! これで本当に、夜勤も休日出勤もない生活が守られるんですね……! 私、今日はもう帰って、仕事のことは忘れて死んだように爆睡しますぅぅッ!」


ダークエルフのロウミアが、魔導時計を握りしめながら、安堵の涙を流して崩れ落ちる。


「やったッス……! 俺たち、ついにあの地獄から完全に解放されたッス!! 殿下への恩返しに、今から明日の分の畑も全部耕してきやすッ!!」


オークのドボグが、巨体を揺らして歓喜の雄叫びを上げた。


「プリーズ殿下……! 我輩、すでに死んでおりますが、このご恩に報いるため、今夜は徹夜で村の帳簿を完璧に仕上げてご覧に入れますぞォォ!!」


デスナイトのセイザールが、愛用のハンコを天高く掲げて忠誠を誓う。


「これからは安心して水質管理に専念できるです~!」


「上空からの不審者クレーマーも完全に排除されましたぜ!」


スライムとガーゴイルも喜びを爆発させていた。


「ちょっと待ちなさい。今から畑を耕すのも、徹夜で帳簿をやるのも立派な『残業』よ。感謝のサービス残業も絶対にダメって言ってるでしょ」


私がピシャリとたしなめると、魔物たちはハッとして姿勢を正した。


「さあ、定時は過ぎたわ。みんな、今日はもう上がりなさい。明日の朝10時まで、ゆっくり休むのよ」


私が告げると、村中から割れんばかりの歓声が上がった。


厄介なクレーマーも撃退し、村の結束はこれまでにないほど強固なものになった。


「ふふっ。リズ、最高に鮮やかな『定時退社』だったわよ」


ミドが労うように冷たい果実水を渡してくれる。


「ええ。これで憂いはすべて断ち切ったわ。……明日から、ついに、本当に、誰にも邪魔されない完璧なスローライフが始まるのよ!!」


私は美しく整備された村と夕焼け空を見つめながら、勝利の美酒を飲み干した。


――そう。

この時の私は、完全にフラグを立ててしまっていたのだ。


『有能すぎるシステムを作り上げた人間を、お兄様たちや魔王がそのまま放っておくはずがない』という、社畜界における絶対の真理を。


(本日の業務:悪質クレーマーの撃退 / 労働時間:定時退社)

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


更新の大きな励みになりますので、もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると大変嬉しいです。


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