第36話:洗脳のパワハラ上司と怒りのメインサーバー突破
長閑村が『完璧なホワイト・インフラ村』として機能し始めてから、数週間が経過した。
「ブヒッ! 第3農区画、本日の収穫ノルマ達成ッス! あとは明日の準備をして定時であがりやす!」
「うむ、ご苦労! 我々防衛隊も、次のシフトの者と交代する!」
午後2時45分。
定時(午後3時)を目前に控え、オークと近衛騎士が笑顔で労いの言葉を掛け合っている。
かつては血で血を洗う戦いを繰り広げていた人間と魔物が、「定時退社」という共通の絶対目標のもとに固い絆で結ばれた、美しい光景だ。
「……平和ね。今日も私のスローライフは完璧だわ」
「ええ。やっぱり、労働時間とルールが明確な環境は、種族の壁すら越えるのね」
私とミドが、別荘のテラスで冷たい果実水を飲みながら頷き合った、まさにその時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如として、村の上空を覆っていた澄み切った青空が、どす黒い暗雲に覆われた。
ビリビリと空気を震わせるような、重く、そしてひどく【威圧的】な魔力が村全体を包み込む。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「全隊、防衛陣形をとれッ!」
交代の準備をしていた近衛騎士たちが、瞬時に武器を構える。
そして、上空の暗雲を割って、ドスゥゥゥンッ!! と村の広場の中央に『巨大な影』が降り立った。
「……見つけたぞ、我が軍の恥晒しども!!」
土煙の中から現れたのは、身の丈3メートルはあろうかという、筋骨隆々で禍々しい角を生やした上位魔族――『アークデーモン』だった。
全身からマグマのような魔力を立ち昇らせ、血走った目で村の魔物たちをギロリと睨みつけている。
「ひっ……!? ぜ、前衛特攻・第3軍団の……パワハルス営業部長……ッ!?」
その姿を見た瞬間。
さっきまで元気に笑っていたロウミア、ドボグ、セイザールたちが、まるでカエルに睨まれた蛇のようにガタガタと震え出し、手から農具や帳簿を取り落とした。
「貴様らァ! 恩知らずのゴミクズどもが! 誰の許可を得て『退職』などと寝言をほざいている!? おい、そこのダークエルフ! 『ロウミア』とかいうふざけた名前だったな、ウチの機密(労務管理)をこの人間の小娘に売り渡したそうだな!」
パワハルスが、総務担当のロウミアを指差して怒号を飛ばす。
「お、お言葉ですが……! 私は、ネクロノ殿下より、正式にこの村の『総務・労務管理』を……!」
ロウミアが震える声で反論しようとするが、パワハルスの威圧的な魔力がそれを遮った。
「黙れ! 誰が一から仕事を教えて育ててやったと思ってる! お前みたいなワンオペしか能のない無能、ウチ以外で通用するわけないだろうが! 責任感というものがないのか! 貴様が抜けたせいで、残されたメンバーが毎日徹夜でカバーしてるんだぞ!」
「あ……あぁ……っ、申し訳、ありません……私が、私が悪いんです……ッ」
パワハルスの理不尽な恩着せを受けたロウミアが、両手で頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
「……ふん、次は貴様だ。オークの『ドボグ』! 貴様、ウチでは『肉盾』のくせに、ここでは『農業』だと!? 笑わせるな! 貴様の汚らしい腕は、泥をいじるためではなく、勇者の攻撃を受け止めて死ぬためにあるんだよォ!!」
「す、すいやせん……! 俺は、俺はただ、土を耕したくて……ッ!」
自身のアイデンティティ(農業)を否定されたドボグが、巨体を縮こまらせて涙を流す。
「……そして、デスナイトの『セイザール』! 貴様、生前は経理だったからと、ここでは『経理部長』を気取っているそうだな! バカめ! 貴様はすでに死んでいるんだ! 死人に帳簿なんて必要ない! 貴様はただ、魔王様のために永遠に戦い続けるだけの、意思なき人形であればいいんだよォ!!」
「…………ッ!」
セイザールが、握りしめていた『ハンコ』を力なく落とした。
死のオーラを制御してハンコを押すという、彼がこの村で見つけた新しいやり甲斐が、一瞬にして打ち砕かれたのだ。
スライムやガーゴイルたちも、3人が心を折られる姿を見て、「僕たちが悪かったんです~……」「俺たちが甘えてたんですぜ……」と、完全に目に光を失っている。
「……ミド」
「……ええ、最悪ね。私の前世の『社畜センサー』が警報を鳴らしてぶっ壊れそうよ」
テラスからその光景を見下ろしていたミドが、心底吐き気を催すような顔で顔をしかめた。
「あれが、ブラック企業特有の『洗脳』よ。大声で威圧して、相手に罪悪感を植え付け、『お前がいないと職場が回らない』『逃げるのは無責任だ』と思い込ませる。……一度その恐怖を刷り込まれた労働者は、ああやって完全に心が折れちゃうのよ」
「……なるほどね。ただの武力じゃなくて、精神的な呪いってわけ」
「オラァ! 目ェ覚めたか! ならさっさと荷物をまとめて魔王城に戻――」
パワハルスがロウミアの首根っこを掴み上げようとした、その時だった。
「ウチの可愛い領民に、何手ェ出してんだ、コラァ!」
ズドォォォンッ!!
広場のど真ん中に、巨大な戦斧を振りかぶったネネードお姉様が、満面の笑み、殺意100%で割って入った。
「あァ? なんだ貴様は。俺は今、部下の教育的指導をしているところで――」
「御託はいい!! 筋肉で語り合おうぜェェ!!」
ネネードお姉様が、問答無用でパワハルスの顔面に戦斧を叩き込む。
だが――ガンッ!! という甲高い金属音と共に、戦斧はパワハルスの顔の数センチ手前で、見えない『分厚い魔力の壁』に弾き返された。
「おっと、野蛮な真似はよせ。俺は魔王様から直々に『絶対防御の結界』を付与されている。物理攻撃など無意味だ」
「チッ! なんだこの硬ぇ壁は! クソッ、面倒くせぇ!」
ネネードお姉様が何度も斧を振り下ろすが、結界にはヒビ一つ入らない。
「ふん、脳筋め。……さあ、そこのダークエルフども! 帰るぞ! 貴様らには、今日から一睡もせずに『西の砦の建築(タダ働き)』をやってもらうからな! これが会社を裏切ったペナルティだ!」
「ひぃぃぃッ! は、はいぃぃ……ッ!」
絶対的な暴力の差と、染み付いた恐怖。
ネネードお姉様の物理攻撃すら通じない絶望感に、魔物たちは完全に心を折られ、フラフラとパワハルスの後ろへついて行こうとする。
……もう、見ていられなかった。
「――そこまでよ。魔王軍の『営業部長』さん?」
私はテラスからゆっくりと立ち上がり、扇子を広げながら、よく通る声で広場へと言い放った。
「あァ? 誰だ、貴様は」
「私は第6皇女、プリーズ=アフタミア。この長閑村の主であり……彼らを私の『保護下の領民』として正式に迎え入れた、現在の主君よ」
私が名乗ると、パワハルスは結界の中から忌々しそうに見上げてきた。
「ふん。貴様が、我が軍をたぶらかした張本人か。だが無駄だ。こいつらの魂は、すでに魔王軍の恐怖で縛られている。それに、この絶対防御の結界がある以上、貴様らに俺を止める手段などない!」
「そうね。ネネードお姉様の物理攻撃が通じないのは、少し厄介だわ」
私は優雅に微笑み、ストック消費ゼロの『ライトクエリ』を解除し、インフォメーションのメインエンジンを展開した。
物理攻撃(暴力)が通じないなら、ミドから教わった究極の武器――コンプライアンス(正論)で殴るまでだわ。
(教えて、インフォメーション! 目の前のアークデーモン【パワハルス】が魔王から付与されたという『絶対防御の結界』の【正確な発動条件と契約の抜け穴】、および現在の彼の【部下に対する悪質な搾取と不正の数々】を!)
ピカッ! とウィンドウが、警告を示す赤色に明滅する。
『警告。対象の情報は、魔王軍の最高機密である【魔王直轄・新組織改革プロジェクト】の深層記憶領域に該当します。プロテクト突破およびデータ抽出のため、本日の最大ストック【5】を全消費します。よろしいですか?』
「……上等よ。全部使いなさい!」
『了解いたしました。消費ストック【5】。(本日の残りストック:0)』
パキンッ! と脳内でガラスが割れるような音と共に、魔王軍の『最高機密(ブラックな実態のすべて)』が次々とテキスト化されていく。
「さあ……反撃を始めましょうか。ミド、スイを通信機に繋ぎなさい!」
「了解。帝都の『氷の副官』をお呼び出しね。……あの子も定時前で殺気立ってる時間帯だから、ちょうどいいストレス発散になるわよ」
定時(午後3時)まで、残り10分。
私のスローライフを脅かす前時代的なブラック上司に対する、情報と正論の『総攻撃』が今、幕を開けようとしていた。
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