第35話:爆速のインフラ整備と窓際族の近衛騎士
ネクロノお兄様による「ホラーな圧迫面接」が完璧な形で終了した、その日の夕方。
「……ふふっ。皆さんの配属先が決まって……本当に、良かった、です。それでは……私は、帝都で子供たちが、待っているので……帰りますね……」
ネクロノお兄様は、採用された魔物たちから「一生ついて行きやす!」と恐怖と感謝の入り混じった土下座で見送られながら、満足げな死神の笑顔を残して足早に帝都へと帰っていった。
あの人は本当に、心から孤児院の子供たちを愛しているらしい。
***
それから数日。
長閑村は、劇的な変化を遂げていた。
魔物たちの働きぶりは、凄まじかった。
「ピーッ! はいそこ、連続作業は二時間までです! 直ちに作業を中断し、十五分間の小休止と水分補給に入りなさい!」
総務・労務管理担当となったダークエルフのロウミアが、魔導ストップウォッチを片手に村中を駆け回り、鋭く目を光らせていた。
かつてブラック魔王軍で血を吐くようなワンオペを強いられていた彼女は、「絶対に誰一人として過労で倒れさせない」という鋼の意志のもと、村の完全シフト制と休憩時間を秒単位で完璧に管理し、サービス残業を物理的に阻止している。
「ブヒィィッ……労働の合間に飲む冷たい水、最高に美味いッス……! 魔王軍時代には考えられなかった福利厚生ッス……!」
オークのドボグたちは、支給されたお茶と軽食でしっかりと十五分の休憩を満喫し、疲労を完全回復させていた。
そしてロウミアからの休憩終了の合図と共に、メリハリをつけて立ち上がる。
「よし、作業再開ッス! 土壌の魔力バランスヨシ! 畝の間隔、ミリ単位で完璧ッス!!」
彼らはその圧倒的な腕力と兵站で培った無駄のない動きで、あっという間に荒れ地を極上の農地に変えていく。
さらに、村の生活基盤も劇的に改善されていた。
「水路の不純物、ろ過完了です~。これでいつでも美味しい水が飲めるです~」
毒すらも浄化液に変換できるスライムが村の井戸と水路を循環し、帝都の高級住宅街すら凌ぐほどクリアな水質を保ってくれている。
「本日の降水確率はゼロパーセントですぜ! 上空からの不審な気配もありませんぜ!」
村の屋根の上では、ガーゴイルが持ち前の視力と飛行能力を活かして気象予報と上空の警備を兼任し、村の安全と農作業のスケジュール管理を完璧にサポートしていた。
そして村役場(仮)では、デスナイト、セイザールが『経理部長』として、死のオーラを完璧に制御しながら、領収書に超高速でハンコを押し続けていた。
「素晴らしいわ……」
私は、別荘のテラスで最高級のハーブティーを飲みながら、村の発展に目を細めた。
「ええ。前世のゼネコンも青ざめるレベルの施工スピードね。やっぱり、過酷な環境(ブラック魔王軍)で生き抜いてきた連中は基礎スペックが違うわ」
ミドも、満足げに頷いている。
そんな平和な昼下がりのことだった。
「……はぁ。俺たちは、一体何のためにこの村にいるんだ……」
「鍬の振り方も分からない。土を爆砕するしか能がない俺たちなんて、もう……」
別荘の庭の隅で、村長(顔に十字傷のある第一近衛騎士団の隊長)をはじめとする数人の近衛騎士たちが、体育座りでどんヨリと落ち込んでいた。
その背中からは、哀愁という言葉では片付けられないほどの、深い絶望のオーラが漂っている。
「……ねえ、ミド。あの子たち、このままじゃ、あなたが前に言っていた『ウツ』っていう病気になっちゃうんじゃないかしら?」
「そうね。典型的な『有能な外注に仕事を全部奪われて、アイデンティティを喪失した社内ニート(窓際族)』よ。毎日畑の隅で、オークの完璧な農作業を指をくわえて見てるだけなのよ。可哀想に」
ミドの的確すぎる社畜翻訳に、私は「なるほど」と頷いた。
お兄様が送り込んできた彼らは、帝国のトップを張る暗殺・戦闘のスペシャリストだ。だが、農業スキルはゼロ。
魔物たちがやって来るまでは「不審者の排除」という名目で畑を耕すフリをしていたが、本物のプロ(オークたち)が来てしまったことで、完全に『やることがない』状態になってしまったのだ。
「放っておけば? 給料泥棒として定時までのんびりさせとけばいいじゃない」
「駄目よ。お兄様の直属部隊がウチでポンコツ化したなんて知られたら、また『再教育』とか理由をつけて面倒な視察やリモートワークを振られかねないわ」
私は立ち上がり、落ち込む近衛騎士たちの元へ歩み寄った。
「あなたたち。そんな所でいじけていないで、顔を上げなさい」
「プ、プリーズ殿下……ッ! 申し訳ありません、我々が不甲斐ないばかりに、魔物殿たちに村の仕事をすべて奪われ……うぅっ」
村長(隊長)が、屈強な体を丸めて泣き崩れる。
「勘違いしないでちょうだい。あなたたちは、元々農民じゃないでしょう? お兄様があなたたちに命じた本来の任務は何?」
「そ、それは……殿下の平穏なスローライフを、命に代えてもお守りすること、であります……!」
「そう。なら、無理して畑なんて耕す必要はないわ。あなたたちには、あなたたちにしかできない『適材適所』の仕事を与えます」
私がビシッと言い放つと、近衛騎士たちが弾かれたように顔を上げた。
「本当でありますか!? この給料泥棒の我々に、仕事を!?」
「ええ。今日からあなたたちは、農業部隊(偽装)を解体し、『長閑村・専属防衛隊』として正式に再配置します! 村のインフラは魔物たちに任せ、あなたたちはこの村の安全を完璧に守り抜きなさい!」
「うおおおおおッ!! プリーズ殿下、万歳!! 万歳!!」
「俺たちは、俺たちの仕事をしていいんだ!!」
近衛騎士たちが、歓喜の涙を流しながら抱き合った。
彼らの瞳に、かつての帝国最強の精鋭としての光が戻る。
「ただし! 防衛(警備)という性質上、24時間の監視体制は必要になるわ。だから、『完全シフト制』を導入します! 1人の実働時間は、1日きっちり5〜6時間まで! シフトの管理は総務担当のダークエルフ、ロウミアに任せるから、勤務時間外のサービス残業や、自主練という名の居残りは一切認めません! 厳格に管理するからそのつもりで!」
「「「ハッ!! 命に代えても定時とシフトを守り抜きます!!」」」
これで、村の体制は完璧に整った。
魔物たちがインフラと農業を回し、近衛騎士たちが村を防衛する。
完全なる適材適所のホワイト村だ。
「おい妹!! 今、こいつらを防衛隊にしたって言ったか!?」
そこへ、巨大な戦斧を担いだネネードお姉様が、目をキラキラさせながら走ってきた。
そもそも、帝都の要であるはずの第2皇女が、なぜ私の別荘に毎日入り浸っているのか。
事の発端は、先日私が勝手に彼女を『防衛担当の監督』に任命した直後、スイから送られてきた通信だった。
『リズ様がネネード殿下を任命された件、こちらでも正式に承認し、殿下をそちらの村へ【防衛隊・特別監督官】として長期出向させます。もう殿下に書類を書かせるための追いかけっこをするのは疲れました。どうか引き取ってください』という、実質的な【厄介払い(左遷)】の事後承諾だった。
お姉様にとっても、書類が一切ない辺境の村への出向は願ったり叶ったりで、あっさりと利害が一致してしまったのである。
――とはいえ、魔物たちが来るまでは守るべき村人もおらず、魔物たちがインフラ整備を始めてからも彼らは有能すぎて手がかからないため、監督官である彼女は実のところ『教える部下がいなくて暇を持て余していた』のだ。
「防衛隊ってことは、こいつらを鍛えるのが監督官である私の仕事だな!? よっしゃァ! 毎日庭で肉を焼くしかやることがなくてウズウズしてたんだよ!! お前ら、書類仕事がない世界がいかに素晴らしいか、私の『物理的な愛』で骨の髄まで叩き込んでやるぜェェ!!」
「ヒィィィッ!? し、死なない殿下みずから特訓を!?」
「か、かかってこい! 我々も帝国の誇りにかけて、負けはしな――ぎゃあああああッ!!」
ズドォォォォンッ!!
それからというもの、村の広場にはネネードお姉様の歓喜の笑い声と、シフト制で特訓を受ける近衛騎士たちの悲鳴がBGMとして響き渡るようになった。
「……まあ、活気が戻ってよかったわね」
「そうね。前衛のモチベーション管理としては完璧よ」
私とミドは、完全にシステムの回るようになった村を眺めながら、ティーカップを合わせた。
かくして。
魔物と人間、そして狂皇女が共存する、世界で最も奇妙で、最もホワイトな『長閑村』のシステムが完成したのだった。
これが私の求めていた、完璧なスローライフだ――!
(――この時、私はまだ知らなかった。この完璧なホワイト村の噂が、とんでもない『厄介なクレーマー』を引き寄せてしまうことに)
(本日の業務:適材適所の人事配置 / 村のシステム:完成)
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