第34話:震える魔物たちと心優しき死神のホラー面接
その数十分後。
私のSOSを受けて、文字通り『深淵のゲート』から秒で飛んできたネクロノお兄様により、魔物たちの『配属先決定面接』が執り行われることになった。
「……ミド。これは、一体何の冗談かしら?」
「さあね。強いて言うなら異世界初の『ハローワーク魔王軍支部』の設立じゃない?」
私とミドは急造された村役場の窓から外の光景を見て、呆然と呟いた。
広場には先日私が採用を決めたダークエルフやオークたちがズラリと列を作っている。
彼らは皆一様に縮こまり、シワシワになった『履歴書』を大事そうに握りしめ順番を待っていた。
私が驚いているのは魔物の列に対してではない。
その列の先頭――長机に座っているネクロノお兄様が、ただの配属面談を完全に「底知れぬ恐怖の圧迫面接」の空気に変えてしまっていることだ。
「……はい、次の方……。代表のダークエルフ……『ロウミア』さん、ですね。履歴書、拝見しましたよ……」
ネクロノお兄様は目の下に濃いクマを作った青白い顔で、ボソボソと這いずるような低い声で語りかけた。
本人は「子供や小動物に向けるような純粋な笑顔」のつもりなのだろうが、その深淵の闇を纏ったオーラと合わさって、どう見ても『魂を刈り取る死神の微笑み』にしか見えない。
「ヒィッ……! は、はいッ! ロウミアといいます!履歴書にあります通り、魔王軍・北部方面隊にて、血を吐きながら経理および兵站のワンオペを担当しておりました!」
「……ええ……。一人で……激務を、こなしていたのですね。……ふふっ、目の下のクマ……私と、お揃いですね……」
「申し訳ありません! 徹夜続きで化粧ノリが悪くて……!」
ダークエルフがガタガタと震え上がる。
しかしネクロノお兄様は、ホラー映画のようにゆっくりと首を横に振った。
「……いいえ……。頑張った証、ですよ……。でも……もう、無理はしなくて……いいんです。……まずは、深い深い闇の中で……永遠とも思える……安らかな眠りを……提供しましょう……」
「えっ……!?」
ダークエルフの顔が絶望に染まる。
殺される! 永遠の眠りにつかされる!と顔に書いてある。
私も窓際で「お兄様、ただ休暇を与えようとしてるだけなのに言い方が怖い!」と叫びそうになった。
「……ゆっくり休んだら……起きて、村の【総務・労務管理】を、お願いしますね……。もう、誰も過労で倒れないように……あなたが、見守って、あげるんです……。できますね……?」
「や、休みを……! いえ、命をいただけるんですか!? やります! 徹底的なホワイト労務管理を遂行いたしますぅぅッ!!」
猟奇的な宣告に聞こえる福利厚生の提示に、ダークエルフは感涙しながらスライディング土下座を決めた。
「……はい、合格、です……。次は……そこのオーク……『ドボグ』さん、ですね……」
「ブヒッ……! ひぃぃッ! ドボグ、です!よ、よろしくお願いしゃす!!」
オークが、ガチガチに緊張しながら直角に頭を下げた。
あの残虐非道で知られるオークが、面接官であるネクロノお兄様のプレッシャーに耐えきれず、滝のような冷や汗を流している。
「……ええと……職歴の欄、ですが。魔王軍第3軍団にて……『前衛の肉盾および略奪担当』を、5年……。その後、直近の3年間は……空白期間に、なっていますね。……ふふっ。この期間は……深い闇の中で、何を、されていましたか……?」
ネクロノお兄様が、純粋な、一切の悪意のない興味で尋ねる。
しかし、その闇属性特有のねっとりした間に、オークはビクッと巨体を震わせた。
「そ、その……! 3年前に勇者パーティーの奇襲を受けまして……肉体を粉砕され、ダンジョンの奥底で療養をしておりました……ッ! 決してサボっていたわけでは……ッ!」
「……なるほど。大怪我による、療養期間……。……痛かったでしょう。……大変でしたね……」
ネクロノお兄様はウンウンと深く、優しく頷き、手元のバインダーに何かを書き込んだ。
「……ねえリズ。あのお兄様、赤ペンで何か『粉砕済(要観察)』とか物騒なことを書いたように見えたんだけど……」
「ミド、見なかったことにしましょう。絶対にお兄様は優しくしてあげようってメモしただけだから……!」
ネクロノお兄様は心から同情しているだけである。
「……では、志望動機について、お聞かせください。……なぜ、魔王軍を辞め……この人間の村へ、亡命しようと、思ったのですか……?」
「は、はいッ! 魔王軍は福利厚生が全くなく、完全歩合制、倒した人間の数だけ肉支給の上に、上官のパワハラが酷く……! その点、こちらの村は『定時退社』『残業代支給』という噂を魔王軍のSNS、いえ念話で聞きまして、ぜひこちらのホワイトな環境で、農業の土木作業として我が腕力を活かしたく……!!」
必死に自己アピールをするオーク。
ネクロノお兄様は「えすえぬえす……?」と不思議そうに首を傾げていたが、その底なしの慈愛は未知の単語よりも『ひどい環境で虐められていた』という事実を正確に汲み取ったようだ。
それを聞きながら、窓際のミドがハーブティーをすすりながら感心したように頷いた。
「へえ。あのオーク、ちゃんと『自分の強みをどう村の利益に繋げるか』を言語化できてるじゃない。面接対策バッチリね……絶対魔王軍に転生者いるでしょこれ……」
「感心してる場合じゃないわよミド。お兄様、絶対にただ世間話をしてるだけなのに、魔物たちが『少しでも嘘を吐いたら魂を抜かれる』って顔してるじゃない……!」
私が頭を抱えていると、ネクロノお兄様はホラー映画のように首をコトリと傾け、にっこりと微笑んでオークに最後の質問を投げかけた。
「……よく、分かりました。では……最後の、質問です。オークさん――……あなたは……5年後、この村で……どのようなキャリアを、築いていたいと……考えていますか……?」
「ご、ごねん、ご……!?」
オークの巨体が、ガタガタと震え出した。
無理もない。
今まで魔王軍でその日暮らしな生活してきた魔物にとって、5年後の自分像などという遠い未来の自己実現の目標があるはずがないのだ。
「……あ、あの……わ、わかんねぇッス……! 5年後も……生きて、腹いっぱい飯が食えれば……それで……!」
「……そう、ですか……。明確な、目標が……ないのですね……」
ネクロノお兄様がスッと目を細めた。
その瞬間、お兄様の背後に『深淵の闇』がボワァッと立ち込める。
面接ブースの気温が5度は下がった気がした。
「ヒィィィッ!? すいやせん! 殺さないでくだせぇッ!!」
オークが泡を吹いて倒れそうになる。
私も窓際で「お兄様、不採用だからって闇の結界で消滅させるのはやめてー!」と叫びそうになった、その時。
「……なら……私が、一緒に……探してあげましょう……。ふふっ……」
「……へ?」
「……まずは……命を育む、土作りから……始めましょうか……。私が……手取り足取り……太陽の下を歩けるように、導いてあげますよ……。ゆっくり、あなたのペースで……ね……?」
言葉だけ聞けば究極の指導者」なのだが、その死神のようなエコーがかった声と、目の下のクマのせいで、完全に『お前を土に埋めて肥料にしてやる』という猟奇的な宣告にしか聞こえない。
「うおおおおッ!? やります! やりやす! 死ぬ気で土を耕しやすぅぅッ!!」
恐怖(?)で覚醒したオークが、涙と鼻水を流しながら何度も頭を床に叩きつけた。
「……はい、合格、です……。次は……そこの、漆黒の甲冑の……あなたですね……」
「ハッ!! 我輩は魔王軍・第6軍団所属のデスナイト……名を『セイザール』と申します!!」
オークと入れ替わりでパイプ椅子に座ったのは、全身から禍々しい死のオーラを放つ、身長2メートル超えの不死の騎士、デスナイトだった。
どう見ても農作業に向いていない。歩くだけで畑が枯れそうだ。
「……ふむ……。あなたの、希望職種は……?」
「ハッ! 我輩、アンデッドゆえに睡眠も食事も不要! さらに生前は魔王城で『経理』を担当しておりましたゆえ、複雑な計算式を用いた帳簿管理や、領収書の精査には絶対の自信があります! ぜひ、事務職として殿下のお力に!!」
「「事務職!?」」
思わず、私とミドの声がハモってしまった。
あの禍々しいデスナイトが、デスクワーク希望!? しかも経理のプロ!?
ミドが、目を輝かせて窓から身を乗り出した。
「リズ! あいつ最高よ! 24時間働ける経理担当なんて、現代日本でも喉から手が出るほど欲しい超絶ホワイトカラー人材じゃない!!」
「ミド、落ち着いて! 24時間働かせたらウチの陣営の『定時退社ルール』に違反するでしょ!」
私たちが騒いでいる間にも、ネクロノお兄様の面接は粛々と進んでいく。
「……なるほど……。しかし……あなたは、その『死のオーラ』で……周囲の事務用品を、腐らせてしまうのでは……?」
「ご安心を! 既に魔力制御の訓練を積み、この通り、紙一枚黒ずませることなくハンコを押すことができます!」
デスナイトが、器用に極小のハンコをつまみ、履歴書の端に『承認』の印を綺麗に押してみせた。その所作は、長年デスクワークに魂を削ってきたベテラン社畜のそれである。
「……素晴らしい、ですね……。即戦力、です……。では……あなたには、村役場の……経理担当を、お任せ、します……。ふふっ……一緒に、村の予算を……守りましょうね……」
「おおおッ! ありがたき幸せ!!」
……その後も、ネクロノお兄様の「ホラーなのに超絶ホワイトな圧迫面接」は続き。
毒を浄化液に変換できるスライムは清掃・水質管理担当。
空から村の異常を察知できるガーゴイルは気象予報・警備担当。
適材適所。
一見ポンコツに見えた魔王軍の逃亡兵たちは、お兄様の完璧な面接によって、次々と『長閑村の優秀なインフラ担当』として配属されていった。
「……恐るべし、ネクロノお兄様……。あんなに的確に人材の長所を引き出すなんて……」
「ええ。顔は死神だけど、人事としては間違いなく一流ね。これで私たちのスローライフも安泰だわ」
私とミドは、完全に村のシステムとして機能し始めた魔物たちを見て、ホッと胸をなでおろしたのだった。
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