第33話:ブラック魔王軍の逃亡者と猟奇的な人事担当
帝都の激務から解放され、完全なホワイト労働環境、10時〜15時勤務を勝ち取ってから数日後。
私とミドは別荘の裏手にある豊かな森で、のんびりと薬草採取という名の「スローライフ」を満喫していた。
「あぁ、空気が美味しいわ。他人の裏金ルートや始末書の文字校正を見なくていいって、本当に素晴らしいことね」
「そうね。おかげで私の『マクロ草』も、過労による葉っぱの乾燥から回復してきたわ」
私が優雅にカゴへ薬草を摘み入れていると。
「プ、プリーズ殿下ぁぁぁッ!!」
ズドドドドッ! という凄まじい足音と共に村長、顔に十字傷のある第一近衛騎士団の隊長が、鍬を大剣の上段の構えで持ちながら血相を変えて走ってきた。
「一大事であります! この村の北の境界線へ向けて、数十体を超える『魔物の大群』が猛スピードで接近中! しかも、先頭を走っているのは、高位の魔族である『ダークエルフ』の模様! 直ちに避難を!!」
「魔物の大群ですって!?」
私がカゴを落として驚愕したその直後。
「魔物だとォ!? よっしゃ出番だ!! 最近、書類仕事がないせいで体が鈍ってたんだよォ!!」
なぜか私の別荘の庭でバーベキューをしてくつろいでいたネネードお姉様が、巨大な戦斧を振り回しながら歓喜の雄叫びを上げて飛んできた。
「全隊、殿下をお守りしろ! 迎撃陣形をとれぇぇッ!」
村長の号令で、麦わら帽子を被った農民、近衛騎士たちが一斉に殺気を放ち、鍬やカマを構えて村の入り口に分厚い壁を作る。
「ちょっと待って! 戦う前に、まずは相手の戦力と目的を調べるわ!」
私は焦って無音のインフォメーションを起動した。
ストック消費ゼロのライトクエリで、接近してくる魔物の群れについて素早くプロンプトを叩き込む。
(教えて、インフォメーション! 村に向かっている魔物たちの『目的』と『武装の有無』は!?)
ピカッ!
『該当いたしました! ライトクエリでご案内します!
【検索結果】:接近中の魔物およびダークエルフの武装は【ゼロ】です。全員が武器の代わりに『履歴書』と『職務経歴書』を握りしめています。
目的は村の襲撃ではなく(※対象者たちの道中の会話および念話ログより抽出)、『週休二日で残業なしという噂の【第6皇女陣営】への集団亡命(中途採用の希望)』です。』
「…………は?」
私は、目の前のテキストを二度見した。
履歴書? 中途採用? 魔物が?
「……リズ。あんた、変な情報引いた顔してるわね。どうだったの?」
「……ミド。魔物たち、武器は持ってないわ。代わりにミドの言葉で言う『履歴書』と『職務経歴書』を握りしめて、私たちの陣営に転職、中途採用希望で走ってきてるみたい」
「……はい? ちょっと待って、このファンタジー世界に『中途採用』の概念なんてあったの!?」
私たちが呆然としている間に、森の奥からバキバキと木々をなぎ倒して、問題の「魔物の大群」が姿を現した。
「全隊、構えェェッ!!」
近衛騎士たちが歴戦のオーラを放ち、ネネードお姉様が「ミンチにしてやるぜ!」と跳躍しようとした、その瞬間。
「お、お待ちくださぁぁぁいッ!! 攻撃の意思はありません!! 私たちはただ面接を受けに来ただけですぅぅッ!!」
先頭を走っていたダークエルフの女性が、地面にスライディング土下座をかました。
それに続いて後ろを走っていたオークやゴブリンたちも、一斉に「助けてくれぇぇ」「もう徹夜は嫌だぁぁ」と泣き叫びながら、武器ではなく【白旗】を振って土下座し始めたのだ。
「……えっ?」
「……あァ?」
近衛騎士たちとネネードお姉様が、完全に肩透かしを食らって硬直する。
私は恐る恐る前に出て、スライディング土下座をしているダークエルフを見下ろした。
……ひどい有様だった。
本来なら美しく高貴なはずのダークエルフの顔には、スイに勝るとも劣らない『漆黒のクマ』が刻まれ、その瞳は死んだ魚のように濁りきっている。
「あ、あの……あなたたち、魔王軍の兵士よね? なぜこんな辺境の村に?」
私が尋ねると、ダークエルフの女性はボロボロと涙を流しすがりつくように顔を上げた。
「私は魔王軍・北部方面隊の経理および兵站担当のダークエルフです……。聞いてください、第6皇女様! 魔王軍の労働環境はもはや崩壊しています! 勇者への対応で毎日24時間シフト、有給休暇は『魔王への忠誠心が足りない』と却下され、残業代は『世界征服後の領地で現物支給』という名の完全な未払い……ッ!おまけに四天王が勇者に倒されるたびに、その部署の残務処理が全部ウチに回ってくるんですぅぅッ!!勇者の聖剣で負った火傷の労災すら下りないんですよぉぉッ!!」」
「うわぁ……」
ミドが心底ドン引きしたような声を漏らした。
「そんな中! 人間の帝都で『午後3時で強制的に通信を切り、定時退社を遵守する最強のホワイト皇女様がいる』という噂を風の便りで聞きつけまして……ッ! どうか! どうか私たちを雇ってください! 贅沢は言いません、週に一日でも休めるなら、なんでもしますからぁッ!!」
オークやゴブリンたちも「「「お願いします! 履歴書だけでも見てください!!」」」と、シワシワになった紙の束を押し付けてくる。
「……ねえ、リズ」
ミドがいつになく真剣な、そして深い慈愛に満ちた目で私の肩をポンと叩いた。
「この子たちを村に入れなさい」
「えっ、でも魔物よ? 帝都にバレたら……」
「いい? 劣悪な労働環境から勇気を出して逃げ出してきた労働者を無下にするなんて、前世の私(社畜)のプライドが許さないわ。それに……」
ミドは周囲でポカンとしている「鍬を持った近衛騎士たち」をぐるりと指差した。
「よく考えなさい。この村の自称・農民たち、昨日も『畑の耕し方が分からないから』って、闘気を込めた鍬で畑を爆砕してたじゃない。あいつら、護衛としては超一流だけど、村人としては全くの無能、ポンコツよ。それにさっき、インフォメーション使ったでしょ?共有ログで帝都組にはバレてるわ」
「あ……」
しまった。
すっかり忘れていたけれど、ライトクエリを使った時点で魔物たちの情報は帝都に筒抜けだ。
どのみち近いうちに『どういうことだ!』とお説教の通信が来るのは避けられない。
……どうせ怒られるのが確定しているなら、実利を取ったほうがマシだ。
確かに、お兄様が送り込んできた精鋭たちは、殺し合い以外何もできない。
このままでは自給自足のスローライフなど夢のまた夢だ。
「このオークやゴブリンたちを見てごらんなさい。彼ら、魔王軍で兵站、土木や農作業をやらされてたなら、農業スキルはプロ級のはずよ。私たちにとってこれ以上ない『本物の村人(労働力)』じゃない」
ミドの完璧な提案に、私は扇子で口元を隠しニヤリとした笑みを深めた。
「……なるほど。これが完全な、うぃんうぃん、の取引というわけね」
私は咳払いをして、土下座する魔物たちを見下ろした。
「いいでしょう。あなたたちを『長閑村の新しい村人』として雇用します!」
「ほ、本当ですかぁぁッ!?」
ダークエルフが感極まって叫ぶ。
「ええ。ただし! 私の陣営のルールは絶対です! 労働時間は午前10時から午後3時まで! 休日は完全週休二日制! それ以外の時間は、畑仕事だろうと絶対に働かせませんし、残業も許可しません!」
「「「うおおおおおおおおおッ!!! 第6皇女殿下バンザァァァイ!!!」」」
魔物たちがまるで救世主を見るような目で私を崇め、歓喜の涙を流し抱き合っている。
「おい妹! 私の出番はどうなるんだよ!」
「ネネードお姉様は、今日から彼らの『防衛担当の監督』よ。村を魔王軍の追手から守るのが仕事よ」
「おっ! そういうことなら任せとけ!」
かくして、ブラック企業から逃亡してきた魔物たちを、私たちの陣営に迎え入れることが決定した。
……しかし、ここで一つ重大な問題が発生した。
「ねえ、ミド。雇うのはいいんだけど……この数十人の魔物たち、誰が一人ひとりの希望を聞いて、適材適所に割り振るの? 私、面接なんてやったことないわよ」
「……そうね。ウチの陣営には今、『人事のプロ』がいないわ」
私とミドが顔を見合わせて頭を抱えていると、タイミング良く私の通信用魔道具が……まるで呪いのオルゴールのように重々しく鳴り響いた。
「ヒッ……!? き、きたわ! ミドの言った通り、検索ログを見た帝都からの通信よ!」
「来るのが早いわね。リピート殿下かスイが、『魔王軍を勝手に村に入れる気か!? 外交問題になる!』って、泡を吹いて怒鳴り込んでくるに決まってるわ」
私がビクビクしながら、お説教を覚悟して通信機のボタンを押すと――。
『……ああ、リズ……。息災、かな……?』
通信の向こうから聞こえてきたのは、怒り狂うリピートお兄様でもスイでもなく。
地獄の底から這いずるような……それでいて、とてつもなく優しい第4皇子・ネクロノお兄様の声だった。
「……へ? ネクロノお兄様?」
『今日も……君が救ってくれた孤児院の子供たちは……温かい布団で、すやすやと……夢を見ているよ……。本当に……ありがとう……ふふっ……』
「……ねえ、リズ。今、孤児たちを闇の儀式か何かで永遠の眠りにつかせたような声色だったけど、憲兵隊に通報しなくていいの?」
ミドが真顔で、私の袖を引いた。
「違うわよミド! お兄様は夜通し子供たちの世話をして深刻な寝不足なだけで、今はめちゃくちゃ優しい笑顔で寝顔を見守ってるはずだから!」
「信じられないわね。どう聞いても猟奇殺人鬼の犯行声明よ」
傍から聞けば完全にホラー通信だが、彼が孤児院の子供たちを溺愛する底抜けの善人であることは、私が一番よく知っている。
『さっき……リピート兄上から、緊急の連絡があってね……』
ネクロノお兄様がゆっくりと事情を話し始める。
『君の検索ログを見た兄上が……「リズが労働環境の差で魔王軍を内部から切り崩し始めた! やはり私の妹は天才だ! すぐに彼女の【人事部】を立ち上げてサポートしなければ!」と……大興奮していてね……』
「「ポジティブすぎるだろ!!」」
私とミドは、完全に予想外の反応にツッコミをハモらせた。
『スイ副官も……「魔王軍の労務管理や雇用契約書なんて、私のキャパを完全に超えています! ネクロノ殿下、孤児院の運営で培った『人の適性を見る目』で、リズ様の面接を代行してくださいぃぃッ!」って、血涙を流しながら通信室に駆け込んできたから……。とりあえず、私が面接官として、そっちの村に『深淵の闇』のゲートで向かうことになったよ……』
「スイ……あなた、また私に丸投げしたわね……?」
遠く離れた帝都で、スイが「未知の業務」から全力で逃亡した光景が目に浮かんだ。
『……ただ、向かう前に、一つだけ心配でね……』
通信機越しに、ゴゴゴ……と不穏な魔力のノイズが混じり始める。
『リピート兄上がそちらに送った……近衛騎士たちは……ちゃんと、君の盾に……なっているかな……? もし役に立たないようなら……面接なんて悠長なことはやめて、私の『闇の結界』で……村ごと、外界から永遠に保護してあげようか……?』
「ネクロノお兄様!! ストップ!!」
相変わらずのホラー映画のような間だが、彼にとっては100%純粋な善意と過保護なのだからタチが悪い。
親切心から村を『闇の結界』で永遠に外界と遮断されてしまう前に、私は通信機に向かって必死に叫んだ。
「騎士たちは超優秀だから大丈夫です! それより魔物たちが履歴書を持って待ってるから、結界なんて張らずに、今すぐ『人事部長』として『深淵の闇』のゲートで来てくださいぃぃッ!」
かくして私は、狂気の隔離結界を阻止するため、藁にもすがる思いで大至急彼を面接会場へと呼びつけるのだった。
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