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第32話:EX 不死身の狂皇女誕生秘話 ~私が戦斧を選んだ理由~

――天才の兄を持つと妹は地獄を見る。


それが私が10代だった頃のすべてだった。


第1皇子、リピート。


兄のギフト【復唱の時】は、当時の帝国中枢を熱狂させていた。


その能力の真実を誰も知らなかったが、周囲から見れば、兄は『自分が言葉にした通りの完璧な結果を、なぜか必ず引き寄せる神童』だった。


「さすがはリピート殿下! 殿下が『雨が降る』と仰れば必ず降り、『勝てる』と仰れば必ず勝利する!」


「まさに神の御言葉! 次期皇帝は彼しかありえない!」


大人たちは兄を絶賛し、ひれ伏した。


一方、第2皇女である私に与えられたギフトの名称は、【リスポーン】という、意味不明な単語だった。


「りすぽーん……? いったい何の能力なんだ?」


「さあ……。魔力を込めても火も出ず、傷も治らず、何も起こりませんな」


「やれやれ。リピート殿下の妹君にしては、とんだ『外れギフト』を引かれたものだ」


大人たちのヒソヒソ話は、私の心を深く、鋭くえぐった。


能力が分からない。


何も起きない。


私には、価値がない。


……違う。私だって、やればできるんだ。お兄様に負けないくらい、帝国のために役に立てるんだ!!


能力ギフトで勝てないなら、努力でお兄様に勝つしかない。


その時から私は、睡眠時間を削って猛勉強を始めると同時に、手の皮が擦り切れるほどの武術の鍛錬も重ねた。


剣を振り、槍を突き、軍略から帝国の法学まで、皇族に求められるあらゆるものを貪欲に吸収した。


そして16歳になった時、帝国の『予算編成のムダ』を指摘する完璧なレポートを提出し、自ら模擬戦で近衛騎士を叩き伏せてみせた。


「こ、これは……! 素晴らしい! 第2皇女殿下は、内政の天才であらせられる!」

「我々の手におえなかった決裁書類が、瞬く間に処理されていく!」


大人たちは手のひらを返し、私を褒め称えた。


――ただし、彼らが評価したのは私の『頭脳』だけだった。


皇女の武勇など、彼らにとっては野蛮で無用の長物。


都合よく自分たちの仕事を肩代わりしてくれる「便利な処理装置」こそが至上の価値だったのだ。


それでも、嬉しかった。


初めて、お兄様ではなく「私」を認めてもらえた気がした。


私は、同い年の優秀な部下スイと共に、大人たちから持ち込まれる書類を次から次へと処理していった。


それが地獄の始まりだった。


「殿下! この隣国の条約の草案もお願いいたします!」

「殿下! 北部の食糧配分の計算も!」


……大人の『褒め言葉』は、有能な若手を都合よく搾取するための呪いだ。


彼らは自分たちがサボるために、膨大な実務をすべて10代の私に丸投げし始めたのだ。


そして8年前。


私が18歳の冬。


私は3日連続で徹夜し、執務室の机に向かっていた。


目の前には、私の身長より高く積まれた未決裁の書類の山。


肩は岩のように凝り固まり、頭痛はガンガンと鳴り響き、心臓が異常な早鐘を打っている。


(お、終わらない……。どんなに処理しても、どんどん書類が増えていく……)


『おお、殿下。まだ起きておられたか。ちょうど良かった、追加の決裁書が500枚ほど――』


ニヤニヤと笑いながら書類の束を持ってきた文官の顔を見た瞬間。


ドギンッ、と。


私の心臓が、聞いたことのない嫌な音を立てた。


(あ、れ……?)


視界が真っ暗になり、全身から力が抜け、私は書類の山に突っ伏した。


最後に聞こえたのは、「殿下!? 殿下ァァッ!?」という文官の焦った声。


――私は、死んだ。


18歳にして、純度100%の【過労死】だった。


……

…………


『――【リスポーン】の条件を満たしました。蘇生プロトコルを開始します。セーフエリアでの生命活動停止及び損傷が軽微なため、現在のポイントにて回復を実施、【リブート】を実行します』


「ガハッ……! ゲホッ、ゴホォォォッ!!」


私は、執務机の上で跳ね起き、一気に空気を吸い込んだ。


……生き返った?


その時、ようやく自分のギフト【リスポーン】の真の意味を理解した。


これは『一度死なないと発動しない、狂った蘇生能力』だったのだ。


「はは……私、死んだのか。書類のせいで、死んじゃったのか……」


ポロポロと涙がこぼれそうになったその時。


私は自分の身体の【異常な変化】に気がついた。


(あれ……? 肩こりがない……?)


肩を回す。


羽のように軽い。


ガンガン鳴っていた頭痛も目の霞みも、3日間の徹夜による尋常ではない疲労感も――すべてが完全に消え去っている。


細胞の隅々までがリセットされ、かつてないほどの『超スッキリ状態』になっていたのだ。


「な、なんなのこれ……!?」


私は両手を見つめ、戦慄した。


過労で心臓が止まる瞬間の苦しみより、生き返った後の【圧倒的な疲労回復感】の方が勝っている。


私の頭脳が、一つの【狂った真理】に到達した。


(もしかして……私にとっては『最強の疲労回復手段』なんじゃないの……!?)


その時だった。


『おおっ! 殿下! 急に倒れられるから焦りましたよ!』


先ほどの文官が、ホッとしたような笑顔で私に歩み寄ってきた。


そして、彼は信じられない言葉を口にした。


『いやあ、お疲れが溜まっていたのですね。……さあ、意識が戻ったのなら、こちらの【追加の書類500枚】の決裁をお願いしますね』


ドンッ。


私の目の前に、さらに高く積み上げられた【追加の絶望(仕事)】。


プツン。


その瞬間。私の中で、何かが完全に弾け飛ぶ音がした。


「…………ああ」


私は、ゆっくりと立ち上がった。


終わらない仕事。


報われない努力。


過労死した皇女に、平然と追加の書類を押し付ける大人。


(……バカバカしい。本当に、バカバカしい)


賢いから、利用されるのだ。


仕事ができるから、押し付けられるのだ。


なら、答えは一つだ。


「……殿下? どうなさいま――ヒィッ!?」


私は無言のまま、壁に飾ってあった『巨大な儀式用の戦斧』を引き抜いた。


並の男が数人がかりで運ぶような鋼の塊。


だが、ずっと鍛え続けていた私の筋肉と、【リスポーン】で細胞レベルから超回復した身体には、それがまるで羽のように軽く感じられた。


そして、目の前にある忌まわしい書類の山ごと、文官の執務机を真っ二つにカチ割った。


「あ、あわわわわ……!? で、殿下!? 何を……ッ!」


「うるせェェェェッ!! 私はもう、二度とペンなんか持たねェェェッ!!」


「は?」


「私は今日から、脳筋だァァァァッ!!! 剣で斬れェ! 斧で殴れェ! 私みたいなアブネェ奴は、さっさと前線に左遷させろォォォォォッ!!!」


私は戦斧を振り回し、執務室のドアをぶち破って駆け出した。


頭を使えばまたあの机に縛り付けられる。


だから私は一生何も考えていない『バカのフリ』をして、厄介払いされる道を選んだ。


疲れたり痛かったりしたら、リスポーンして回復すればいい。


「アハハハハハハッ!! 私にとって物理ダメージなんて、書類仕事に比べたら休日みたいなもんだぜェェェッ!!」


――これが、のちに帝国中から恐れられる『不死身の狂皇女』が誕生した、極めて悲しく、極めて合理的で、最高に狂った理由である。――


***


……結果として、私の「狂皇女偽装」は完璧に成功した。


私は国の中枢から呆れられ、前線の戦闘部隊へと左遷された。


配属された激戦区は、連日血で血を洗う地獄のような有様だった。


だが、私にとっては『未決裁の書類が1枚もない天国』でしかなかったのだ。


「いってきま~すゥゥゥ! 残業代ゼロのブラック帝国軍にさようならァァァ!!」


私は初陣から、自前の巨大な戦斧を担ぎ、単騎で敵の重装歩兵の群れに突っ込んだ。


初撃で敵前線を崩壊させたが、いくら鍛えていようと無茶苦茶な突撃だ。


一斉射撃の矢を浴び、動きが鈍ったところで敵の槍に貫かれ、私はあっさりと命を落とした。


――だが、私には【リスポーン】がある。


『【リスポーン】の条件を満たしました。蘇生プロトコルを開始します。最終セーフエリアでの復活を実行します。』


そのわずか数分後。


前線基地の簡易テントから簡易的な麻の服だけを纏った私は、全回復した身体でゲラゲラ笑いながら飛び出した。


「ただいまァァッ!! 徹夜明けのリスポーンは、肩こりが治って最高だぜェェッ!!」


そして、先ほど自分が死んだ場所へ一直線に駆けていき、転がっている戦斧をひょいと拾い上げ、再び敵陣へと突っ込んだ。


死ぬたびに全回復して元気に突撃してくる狂気の女。


敵からすればこれほどの悪夢はないだろう。


「ば、化け物だァァッ!? 倒しても、倒しても体が消えて、無傷で蘇ってきやがるッ!!」


「ヒィィッ! 逃げろ! 奴は悪魔だ!!不死身の悪魔だ!!」


返り血に染まった姿で、巨大な戦斧をゲラゲラ笑いながら振り回す私を見て、敵軍は悲鳴を上げて敗走し、背後の味方すらも恐怖に震え上がっていた。


そうして私は最前線で暴れ回り、瞬く間に『不死身の狂皇女』として周辺諸国からすら畏怖される存在となったのだ。


その圧倒的な武功と、誰も逆らえない「狂人」としての悪名を最大限に利用して。


私は、「お目付け役」という名目で、あのまま中央にいれば確実に過労死していたであろうスイを、自分の部隊へ強引に引き抜いたのだ。


***


「……殿下。あの日、あなたがブチ壊した机の修理代と未処理書類の残業代。一生かけて、その身で償っていただきますからね」


「ひ、ひいいい……! 悪かったって、スイ!」


中央の泥沼から引きずり出されたとはいえ、スイは相変わらず私の部隊の事後処理で胃を痛めている。


私が暴れるたびに他国への始末書を書かせ、過労死寸前の顔をさせて本当に悪いと思っている。


だが……それでも、あのまま中央で『国全体の書類』を押し付けられて死ぬよりはマシなのだ。


私がすべての武力と危険ヘイトを引き受ける代わりに、スイには『私の部隊の事後処理』だけを押し付ける。


それがこのクソみたいな帝国で私がスイを生かすために選んだ、最低で最善の『役割分担』だった。


***


……そして、現在。


末のプリーズが、あの圧倒的な情報力と魔法の植物で、1万5千件もの『書類の山』を瞬時に消し飛ばしたと、スイから通信で聞いた時。


私は、嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだ。


(ああ……ついに、スイをあの忌まわしい机から完全に解放してくれる『本物の天才(救世主)』が現れた!)と。


嬉しさのあまり、私は居ても立っても居られず、執務室を飛び出し、全力で妹の別荘へと跳躍していた。

美味い肉を食って、この長かった『書類との孤独な戦い』の終わりを、妹やスイと一緒に笑って祝いたかったからだ。


……まあ、結果的に私の早とちりで見事に妹の掌の上で踊らされ、砦を壊した始末書を自分で書かされるハメになったわけだが。


私は帝都への帰路、空を跳躍しながら苦笑した。


ふと、かつて私がすべてを懸けて追いつこうとした第1皇子、リピートお兄様の顔が脳裏をよぎる。


あの書類の山で過労死した日。


彼に勝とうという私の執着も、綺麗さっぱり一緒に死んだのだ。


彼は今でも『完璧な次期皇帝』だ。


だが、その淀みのない振る舞いも、言葉通りに現実を引き寄せる能力ギフトも……帝国の底なしの泥濘を知ってしまった今の私には、ただひたすらに不気味で薄ら寒く感じる。


だから私は、彼と顔を合わせる時は極上の『作り笑い』を浮かべ、何も考えていない脳筋のフリをしてやり過ごすことにしているのだ。


私はもう、お兄様には勝とうとは思わない。


というか今の私にとって、この帝国には私が絶対に勝てない天敵が別のベクトルでもう一人いるからだ。


第3皇女シスタネ。


ギフト【神の裁き】で私の言い訳(嘘)を封殺してくる。


「殿下、先ほどの書類は帝国法第12条に抵触します。再提出です」と笑顔で命じられたら、私はあいつの言葉に縛られ、ペンを握らされる。


物理攻撃が一切通じない、この帝国で唯一の天敵だと思っていたが……。


まさか、あの無能と呼ばれていた末の妹プリーズまで、その領域に達していたとは。


妹の手のひらの上で、久々に自力で10枚もの始末書を書かされた時のことを思い出し、私は心底ゾッとした。


リズはシスタネと違って、素直でかわいい妹だと思っていたのに。


あいつは私と違って、本当に「無能」として大人たちから放り出されていた。


かつて私が前線へ左遷される馬車の中で、ずっと密かに願っていたことだ。


(それでいいんだ、リズ。お前はそのまま、誰の道具にもならず、誰の顔色も窺わず、ただひたすらに自由に生きていけ。


私みたいに『自分もやればできる』なんて無理して行動して、有能さを見せびらかしたりするな。


そんなことをした瞬間、あの文字の山に殺される地獄に引きずり込まれるんだ。


お前だけは『無能』という名の最強の鎧を着て、このクソみたいな帝国のシステムから逃げ切るんだぞ)


と。


だからこそ、あいつが帝都に戻ってきて私の前に現れた時、私は本気で叩き出そうとした。


たとえ「狂皇女」として、最低の姉だと思われても構わなかった。


私が経験した「帝国の地獄」に、かわいい妹を引きずり込みたくなかったのだから。


……だが、どうやら私の心配は完全に杞憂だったらしい。


あいつは自分のギフトの使い方を理解し、大人たちを掌の上で転がし、私すらも思いつかなかった方法で、このクソみたいなシステムごと盤面をひっくり返してしまったのだから。


「ハハハハッ! 妹よ、テメェは本当に最高だぜェ!!」


私は帝都の空を跳躍しながら、心からの笑い声を上げた。


私とスイの長い残業の日々は、もう少しで、本当に終わるのかもしれない。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


更新の大きな励みになりますので、もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると大変嬉しいです。


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