第31話:狂皇女の襲来と暴かれた戦略的無能
隣国との詐欺騒動を完璧なファクトチェックで論破した翌日の午後。
私のスローライフ拠点である別荘の庭に、ズドォォォォンッ!! という隕石でも落ちたかのような轟音が響き渡った。
「妹ォォ! 遊びに来たぜェェ!!」
土煙の中から現れたのは、巨大な戦斧を肩に担ぎ、満面の笑みを浮かべた第2皇女――ネネードお姉様だった。
帝都からわざわざ私の別荘まで、物理的に走ったり跳躍してきたらしい。
庭の美しかった芝生が、見事なすり鉢状に抉れている。
「ネネードお姉様……。不法侵入の上に器物損壊よ。スイが残業なしで平和に終わらせた件を自ら蒸し返しに来たの?」
私がテラスからジト目で睨むと、ネネードお姉様はガハハと豪快に笑いながら飛び乗ってきた。
「何言ってんだ! スイから通信で聞いたぜ! 私が国境の砦をぶっ壊したおかげで、隣国の『保険金詐欺』がバレたんだろ? つまり私のお手柄じゃねぇか! 今日はその祝勝会で、美味い肉を食わせてもらいに来たんだよ!」
私と横でハーブティーを飲んでいたミドは、完全に無言で顔を見合わせた。
この脳筋、自分が国際問題の火種を作ったという自覚が1ミリもない。
完全に結果オーライで自分の手柄だと思い込んでいる。
「ペナルティの時間よ、お姉様。……ミド」
「はいはい」
ミドが指を鳴らすと、テラスの床から太いツル植物がニョキニョキと生え出し、ネネードお姉様を強引に小さな事務机の前の椅子に座らせた。
「な、なんだ!? 拘束魔法か!?」
「暴れても無駄よ。……さあ、机の上のペンと羊皮紙を取りなさい。本日のおしおきは『砦半壊に関する顛末書および、今後の再発防止策についての作文』よ。文字数は羊皮紙にびっしり10枚分よ」
「…………は?」
ネネードお姉様が、絶望のあまりポカンと口を開けた。
書類仕事。事務作業。
彼女がこの世で最も憎み、恐れるものが目の前に提示されたのだ。
「し、始末書……10枚……? ふざけんな! そんなの書けるわけねえだろ! 剣で斬れ! 斧で殴れ! 私を殺してリスポーンさせてくれェェ!!」
ネネードお姉様が涙目で絶叫し、暴れようとする。
しかし私は優雅に扇子を広げ、とどめの宣告をした。
「あら、書けないの? なら仕方ないわね。私の『インフォメーション』を使って、お姉様が誰にも知られたくない秘密を検索して、帝都中の掲示板とスイの端末に大公開するわよ?」
ピタッ。
その言葉を聞いた瞬間。
暴れていたネネードお姉様の動きが、文字通り完全に停止した。
「……本気か、妹」
「ええ。私は自分の平穏のためなら、実の姉の恥ずかしい黒歴史だって晒すことに一切の躊躇はないわ」
ネネードお姉様はギリッと歯を食いしばり、「クソッ……わかったよ! 書けばいいんだろ、書けばァ!」と、乱暴にペンを握りしめた。
「『わたしは、とりでを、こわしました。ごめんなさい。これからは、きをつけます』……よし! これを文字をでかくして10枚書けばいいんだな!」
「甘いわね。そんな中身のない作文で、私が判子を押すと思う?」
私は、ミドが改良した『マクロ草(文字校正エディション)』を机に置いた。
マクロ草がネネードお姉様の書いた羊皮紙をジッと見つめ、脳内のインフォメーションと連動して解析を始める。
『【エラー検知】。文章構成が極めて不自然です。筆跡の筆圧、および意図的な平仮名の多用から……『執筆者が、自身の知能レベルを意図的に低く偽装して記述している』形跡が98%の確率で認められます。偽装を解除し、本来の能力で執筆してください。リテイクを要求します(ビリッ!)』
「いっ!? な、なんだこの植物は!」
ネネードお姉様が微弱な静電気の罰ゲームに悲鳴を上げた。
しかし、私とミドの注目はそこではなかった。
「……ねえ、ミド。今、この草なんて言った?」
「知能レベルを、意図的に低く偽装してる……? あんた、わざとバカなフリをして作文を書いたの?」
私とミドがジト目を向けると、ネネードお姉様は「ギクッ」と分かりやすく肩を震わせた。
「ち、ちげぇよ! 私はただ、漢字が苦手で……!」
『【嘘を検知】。対象の10代の頃の「内政および財務の決裁処理能力」は、帝都のトップエリート官僚の上位3%に位置していました。現在もその思考力は健在です』
「このポンコツ草ァァッ! 過去の黒歴史を引き出すんじゃねぇぇ!!」
ネネードお姉様が顔を真っ赤にしてマクロ草を叩き割ろうとするが、ミドのツル植物にガッチリとガードされる。
しばらくの沈黙。
やがて、言い逃れができないと悟ったネネードお姉様は、深く、とても深く、重いため息を吐き出した。
そして、纏っていた『狂戦士のオーラ』がスッと消え去り――代わりに、極めて冷徹で、理知的な空気が彼女の全身を包み込んだ。
「……チッ。しゃあねえな。バレちゃったもんは仕方ねぇ」
ネネードお姉様は机の上のペンを握り直すと、姿勢を正し、流れるような美しい所作で羊皮紙に向かった。
サラサラサラサラサラサラッ……!!
「えっ……?」
私とミドは、目を丸くした。
ネネードお姉様のペンが、尋常ではないスピードで羊皮紙の上を滑っていく。
いや、ただ早いだけではない。
迷いがないのだ。
文章の構成を考えるそぶりすら見せず、まるで頭の中にすでにある完璧な文章をプリントアウトしているかのような、恐ろしい処理速度。
『【解析中】……エラーゼロ。完璧な論理構成です。事象の時系列、法的な責任の所在、および再発防止に向けた具体的な国境警備マニュアルの提言まで、一切の隙がありません。素晴らしいビジネス文書です』
「な、なにこれ……!?」
私は書き上がっていく羊皮紙を覗き込んで戦慄した。
そこには、知性をカケラも感じない「ごめんなさい作文」ではなく、帝都の超エリート官僚でも顔負けの、完璧な【公的報告書】が美しい筆記体で綴られていたのだ。
わずか5分後。
「……終わったぞ。これで文句ねぇだろ」
ネネードお姉様はペンをコトリと置き、10枚の羊皮紙の端をトントンと机で綺麗に揃えると、私の前にスッと差し出した。
「お、お姉様……あなた、実は書類仕事……」
「勘違いするなよ、妹」
ネネードお姉様は、極めて真剣な顔で私を指差した。
「私はな、『書類仕事が死ぬほど嫌い』なだけで、『書類仕事ができない』わけじゃねぇんだよ。……だがな、少しでも『こいつ仕事できるじゃん』って周りに思われた瞬間、無限に書類を押し付けられるだろ!? だから私は、徹底的に脳筋のフリをして前線に逃げてたんだよ!!」
「そ、そういうこと……!?」
「ああっ、クソッ! 久しぶりに頭使ったら肩が凝った! 肉だ! 肉食って暴れてぇ! じゃあな妹! この始末書の件は墓場まで持っていけよ!!」
ネネードお姉様は戦斧を担ぎ直すと、「うおおおおッ!!」とストレスを発散するような雄叫びを上げながら、再び跳躍して帝都の方角へと飛び去っていった。
残されたのは、抉れた芝生と、完璧すぎる始末書の束だけ。
「……平和な午後ね」
ポカンと空を見上げていたミドが、冷めたハーブティーを一口すすって、ポツリと呟いた。
「ねえ、リズ。これ、前世の私の会社にもいたわ」
「……何が?」
「『仕事ができるとバレたら無限に仕事を振られるから、あえてポンコツのフリをしてる窓際族の凄腕おじさん』よ。……能力を隠して定時で帰る、社畜界における究極の生存戦略ね。あいつ、完全に『能ある鷹は爪を隠す』どころか、『能ある鷹はアホのフリをする』を地で行ってるわね」
「…………なるほど」
私は、手元にある一字一句完璧な始末書を見つめながら、静かに扇子で顔を仰いだ。
……世の中、見かけによらないとは言うけれど。
まさかあの不死身の狂皇女が、最も高度な『戦略的無能』を演じ、労働からの完全な逃亡を果たしていたとは。
ある意味で、定時退社を掲げる私やミドよりも、さらに一枚上手の『サボりのプロ』だ。
「……ミド」
「なに?」
「この始末書、スイには内緒にしておきましょう。スイがこれを見たら、間違いなく『ネネード殿下! 書類ができるなら手伝ってください!』と泣きながら激怒するわ」
「ええ。そうなったらあの狂皇女はまた暴れ出すし、最悪の場合、その事後処理が私たちに回ってくるものね。……これ以上の争い(仕事の押し付け合い)は、私たちの定時退社の邪魔になるだけよ」
「そういうこと。お姉様には、これからもせいぜい『優秀な脳筋』として、私たちの前衛(盾)を頑張ってもらいましょう」
私とミドは深く頷き合い、この驚愕の真実(お姉様の高度なサボりテクニック)を、自分たちの平穏のために胸の奥深くに隠蔽したのだった。
(本日の業務:終了 / 狂皇女の真実:戦略的無能)
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