第30話:氷の副官と残業を消し飛ばす正論外交
チクタク、チクタク……。
別荘のアンティーク時計が、午前10時00分を指した。
「さあ、業務開始よ」
私が優雅に通信機のスイッチを入れると、シュゥゥン……と帝都の執務室のホログラムが展開された。
『……っ! プ、プリーズ殿下ぁぁっ!!』
画面に映し出されたのは、目の下に深いクマを作り、幽鬼のような顔をしたスイだった。
「おはよう、スイ。随分と顔色が悪いわね?」
『徹夜どころではありません! 隣国【マックローダ王国】の特使が怒り狂って押し掛けてきておりまして……!』
涙目で訴えるスイに、私は「ああ、ネネードお姉様が国境の砦を物理的に半壊させた件ね」と紅茶を飲みながら頷いた。
『はい……。特使は「我が国の歴史的かつ超重要な軍事拠点が破壊された!」と主張し、国境の砦の再建費用として【金貨5万枚】と、さらに北部鉱山の割譲を要求してきております。まともに交渉すれば国益を大きく損ないますし、何より、それに伴う賠償手続きの書類仕事だけで、私は間違いなく過労死します……ッ!』
「なるほど。相手は随分と強気に出たわね」
「ふーん……」
隣で話を聞いていたミドが、クッキーをかじりながらジト目を向けた。
「ねえ、リズ。これ、前世の私の『社畜センサー(経理部)』が激しく反応してるんだけど。いくら砦の半壊とはいえ、金貨5万枚に領土の割譲? ……どう考えても『保険金詐欺(過大請求)』の匂いがするわ。経費の水増しよ、これ」
「同感ね」
私はニヤリと笑い、インフォメーションを起動した。
私はただ、相手が提示してきた「表の情報」の裏付けをするだけだ。
(教えて、インフォメーション! ネネードお姉様が半壊させた隣国の砦の『真の資産価値』と隣国が隠している『今後の運用計画』は?)
ピカッ!
『該当いたしました。消費ストック【1】にてご案内いたします。
【検索結果】:該当の砦は築100年を超え、老朽化によりすでに軍事拠点としての機能は停止していました。現在の資産価値は【金貨0枚】です。また、マックローダ王国の公式な都市計画において、『来月から解体工事(予算:金貨2千枚)』が予定されていた廃墟です。』
(本日の残りストック:4)
「……ストック一発で、金貨五万枚と私たちのスローライフを守り抜いたわ。悪くないリターンね」
「……事実の暴力ね。解体予定のゴミ物件を『重要拠点』なんて、これだから盛りすぎな不正請求は怖いのよ」
表示されたテキストを見て、私とミドは呆れ返った。
特使の奴、来月取り壊す予定だった価値ゼロのゴミ物件が壊されたのをいいことに、「超重要な軍事拠点がやられた!」と嘘をつき、我が国から莫大な賠償金をむしり取ろうとしているのだ。
おそらく、せしめた金貨5万枚の大半は特使の懐に入る手筈だろう。
「スイ。今、そちらの端末に『マックローダ王国の公式な都市計画書』のデータと、該当の砦の資産価値査定書を送ったわ」
『こ、これは……!? 特使が主張していた歴史的かつ超重要な軍事拠点というのは、真っ赤な嘘……!?』
「ええ。ネネードお姉様がやったことは、ただの解体工事の無償ボランティア、前倒しよ。……スイ、外交なんて難しく考える必要はないわ。相手の矛盾、嘘を公的な証拠で物理的に殴りつけるだけよ。できるわね?」
『…………ッ!!』
この詐欺を論破すれば、賠償関連の残業がすべて消滅するという事実を理解した瞬間。
スイの瞳から、外交的配慮といった甘い感情がスッと消え去り、代わりに『氷の副官』としての絶対零度の光が宿った。
執務室の気温が、物理的に5度ほど下がった気がした。
『……やります。ええ、やりますとも。私の定時退社を脅かす詐欺師は、この私が完璧な正論の氷で凍てつかせてご覧に入れます』
スイは立ち上がり、軍服のシワをパチンと伸ばすと、書類の束を抱えて会議室へと向かっていった。
***
【視点:副官 スイ=アクリーム】
「遅い! 謝罪の場だというのに、いつまで私を待たせるつもりだ!」
会議室の扉を開けるなり、傲慢そうなでっぷりとした男、マックローダ王国の特使がテーブルを叩いて怒鳴り散らしてきた。
「野蛮な戦闘狂(第2皇女)を放し飼いにした責任、万死に値する! すぐに要求書にサインしろ! さもなくば、我が軍が国境を越えることにな――」
「特使殿。……大変申し訳ございませんでした」
私は深々と頭を下げ、特使の前に一枚の書類を差し出した。
「おや? やっと過ちを認める気になったか。よろしい、ならばこの賠償金五万枚の支払いに――」
「いえ、賠償ではありません。我が国の第2皇女が、貴国の『解体工事』の邪魔をしてしまったことに対する謝罪です」
「……は?」
特使の顔が間抜けに引き攣った。
私は『完璧な氷』の冷徹な笑みを浮かべ、ドンッ! とテーブルの中央に追加の書類を叩きつけた。
「こちらの資料をご覧ください。マックローダ王国の公式な都市計画書によれば、該当の砦は来月から【金貨二千枚】の予算をかけて『解体』される予定の廃墟であったと記載されております」
「なっ……!? な、なぜ貴様らが、我が国の内務省の公式文書を……ッ!」
「我が国の第6皇女殿下の情報網を甘く見ないでいただきたい。……特使殿。あなたは価値がゼロの廃墟を『超重要な軍事拠点』と偽り、我が国から金貨五万枚を騙し取ろうとされた。これは明確な『国家間の詐欺行為』にあたりますね?」
「ぐ、ぬ、ぬぬぬ……ッ」
特使がガタガタと震え出し、顔面から滝のように冷や汗を流し始めた。
「と、特使殿? 震えておられますが、寒すぎましたか? それとも……」
私は一歩踏み込み、特使の冷たく囁いた。
「もしこの事実が明るみに出れば、あなたの本国の上層部はこう思うでしょうね。解体予定の廃墟を利用して、特使が勝手に五万枚の賠償金を請求し、懐に入れようとしていたのではないかと」
「お、お待ちください!!」
特使が椅子から転げ落ちるようにして床に這いつくばった。
「そ、それだけは! 本国にこの不正請求がバレれば、私は一族もろとも汚職罪で処刑されてしまいますぅぅッ!」
「……ふふっ」
私は、相手を完璧な事実で追い詰めるこの快感に、思わず背筋がゾクゾクした。
ああ……なんということだ。
相手の不正を的確に指摘するのが、これほどまでに書類仕事の削減に直結するとは。
「特使殿。……賠償金の要求書は、お持ち帰りいただけますね?」
「は、はいぃぃっ! 砦の件は、我が国の老朽化による自然倒壊ということで……!」
「ええ。我が国は寛大ですので、第2皇女が『解体作業を無償で手伝ってあげた』という美談として、今回の件は不問に付して差し上げます。……つきましては、こちらの『解体工事費用の節約に対する感謝状』に、今すぐサインをいただけますね?」
「か、感謝状……!? は、はいぃぃっ! 喜んで書かせていただきますぅぅッ!」
私は冷え切った会議室で、かつてないほどの笑顔を浮かべながら、特使の背中を見送ったのだった。
***
【視点:第6皇女 リズ】
「……というわけでリズ様! 見事、隣国の『不正請求』を論破し、賠償問題を白紙に戻してやりました!!」
通信機の向こうで、スイが顔を紅潮させ、興奮気味に報告してきた。
その顔には、完全に『ファクトチェックという名の暴力』の味を占めた、立派なコンプライアンス担当の顔になっていた。
「素晴らしいわ、スイ。たった10分で国際詐欺を解決するなんて、有能な副官を持って私も鼻が高いわ」
「プリーズ殿下のおかげです! ああ、正論で相手を黙らせるって素晴らしいですね! 余計な書類仕事がすべて『ゼロ』になるなんて!!」
『……プリーズ』
スイの背後から、リピートお兄様がひどく複雑な顔で通信機を覗き込んできた。
『君は真面目な副官に、なんて恐ろしい帝王学を仕込んでくれたんだ……。さっきのスイの交渉、まるで金貨一枚の隠し場所も逃さない執念深い収税官のそれだったぞ。見ている私まで生きた心地がしなかった……』
「あら? 相手の不正を暴いて国益を守ったのですから、皇族として誇らしいことですわ。ねえ、お兄様?」
「ふふっ。ファンタジーでもその恐怖は不変なのね。リピート殿下、私のいた所ではそれを『絶対に逃げられない税務調査』って呼んで、悪いことをしてる経営層が一番恐れる地獄のイベントだったのよ」
私とミドがケラケラと笑うと、お兄様は「彼女がいつか、私の経費の使い道まで監査してこないか心配だよ……」と胃を押さえて項垂れた。
かくして。
私のファクトチェック(情報)は見事に帝都の中枢へと感染を引き起こし、私たちの陣営は『正確な情報と正論で全てを論破する』という、史上最強のホワイト防衛部隊へと変貌を遂げていくのだった。
(本日の業務:開始15分で不正請求を論破 / 労働環境:超絶ホワイト)
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