第28話:決死のストライキと反撃の共有ログ
別荘のリビングは、ミドの言葉を借りるなら完全に『システム開発の修羅場』と化していた。
「……オシエテ。テイマジョウ・ホクガンノ、チカスイロ・ブンキテン……」
『該当いたしました。ライトクエリにてご案内いたします』
テーブルの上ではミドの生み出した自動化マクロ(マクロ草)が、葉っぱをシワシワに乾燥させながら、かすれた声で延々とプロンプトを読み上げ続けている。
「……ミド。今、何件目?」
「……朝の7時時点で、8,430件。まだ半分近く残ってるわね」
ミドはボサボサの頭で、タールのように黒くて濃いコーヒーを胃に流し込んでいた。
私とミドは一睡もしていなかった。
マクロ草が自動で詠唱と検索をやってくれるとはいえ、この植物は本来、1万5千件もの連続処理に耐えられるようには設計されていない。
数分おきにミドが枯れそうな葉に魔力を注ぎ足し、私がマクロ草に何度も自分の声を聴かせて波長を合わせ直し、さらに膨大な情報を送り続けて高熱を発し始めた通信機の魔石を、徹夜で冷やし水で拭き続ける……。
ミドが死んだような目で虚空に向かって呟くには、これは『マクロ(自動化)ツールが止まらないよう、結局人間が夜通し張り付いてサーバー保守(お世話)をし続ける』という、前世のブラック企業でよくある本末転倒な究極の拷問らしい。
意味の分からない言葉ばかりだが、とにかく私たちが一睡もできずに終わらない植物栽培と魔石の冷却をやらされていることだけは確かだ。
「……リズ。前世の真理を、もう一つ教えてあげる」
ミドが、虚空を見つめながらポツリと呟いた。
「労働基準法が機能していない場所では、労働者側から『ストライキ(実力行使)』を起こさない限り、無限に搾取され続けるのよ。……経営層の弱点を狙って、労働環境の改善を交渉しなさい」
「……弱み」
その言葉を聞いた瞬間。
私の濁りきった瞳の奥に、継承戦争時のダークな光が再点火した。
「そうよ……。私にはまだストックが【2】も残っているじゃない……!」
私はフラフラと立ち上がり通信機の前に立った。
画面の向こう、帝都の執務室では私たちが処理した膨大なデータを前に、スイが「素晴らしい処理速度です!」と感動し、その奥でリピートお兄様が完璧な笑顔で頷いているのが見える。
私は残されたストックを消費し、脳内のウィンドウに『最大の反撃のプロンプト』を叩き込んだ。
(『教えて、インフォメーション!』 リピートお兄様が今、世界中の誰にも……特に【私】にだけは絶対に知られたくないと思っている、『社会的に致命傷となる恥ずかしい秘密』は何!?)
ピカッ! とウィンドウが明滅し、テキストが表示される。
『該当いたしました。消費ストック【1】にてご案内いたします。』
【検索結果】:第1皇子リピート=アフタミアの執務室の机、右から三番目の「隠し引き出し」の中には、以下のアイテムが保管されています。
・彼が自作した『リズの観察日記(全15巻・超詳細な挿絵付き)』
・彼が自作した『プリーズ殿下公式ファンクラブ・永久名誉会員証(会員番号001)』
・夜な夜な書いている、妹への重すぎる愛を綴った『自作のポエムノート(※大変痛々しい内容です)』
(本日の残りストック:1)』
「…………」
私がその無慈悲なテキストを読んで顔を引き攣らせた、まさにその一秒後だった。
『【管理者同期】:上記検索ログを、リピート様およびスイ様の端末へリアルタイム共有しました!』
無機質で洗練されたAIの事務的なアナウンスと同時。
通信機の向こう(帝都の執務室)で、ガッシャァァァンッ!! という、ティーカップが粉々に砕け散る盛大な音が響き渡った。
『なっ……!? ま、待てプリーズ!! なぜ突然、私の机の中身を検索した!? 今、手元の管理端末の画面に……ログが……ッ!』
いつもは余裕たっぷりのカリスマ皇子が、かつて見たことがないほど狼狽し、顔を真っ赤にして通信機に向かって絶叫している。
「あら、お兄様。この『管理者同期機能』、とっても便利ですわね」
私は扇子を広げ、口元を隠してニヤリと笑った。
「全15巻に及ぶ『私の観察日記』は百歩譲って防犯目的だとしても……あの、キラキラした『会員番号001』と、自作のポエムノートは、一体どのような国家機密なのでしょうか?」
『そ、それは……! 違う、これはただの兄としての愛の結晶で……ッ!!』
「もし、私の労働環境がこれ以上改善されないようであれば……私の精神の安定を保つために、このストック消費ゼロの『ライトクエリ』を使って、今すぐ帝都中の全役人と、シスタネお姉様の端末に、そのポエムの【全文】を、ミドに教わった『すぱむ』という手法で、無差別に一斉送信させていただきますわよ?」
『の、飲む! 何でも飲む! だからそのログの送信だけは絶対にやめてくれ!! 私の、兄としての威厳が完全に崩壊する……ッ!』
完全なる屈服。
カリスマ皇子が頭を抱えて崩れ落ちる横で、スイが管理端末のログを覗き込みながら、肩をプルプルと震わせていた。
『ぷっ……くくっ……。リピート殿下……「ああ、私の可憐な小鳥よ」って……ふふっ、会員番号001……ぷくくっ!』
「……スイ。あなた、ずいぶん楽しそうね?」
私がスッと目を細めると、スイはハッとしてコホンと咳払いをした。
『し、失礼いたしました。ですが私は、ただ送られてきたログを確認しただけでして……。プリーズ殿下、リピート殿下が折れたからといって、私の分の書類仕事までは免除されませんからね? さあ、残りのリストも進めて……』
「ミド。すとらいき?は、経営陣全員の急所を握らないと意味がないのよね?」
「ええ。徹底的にやりなさい、リズ」
私は、ニッコリと笑って、本日最後のストック【1】を消費した。
(『教えて、インフォメーション!』 スイが、部下やリピートお兄様に絶対に知られたくない『恥ずかしい秘密』を、管理者ログに強制表示して!)
ピカッ!
『該当いたしました。消費ストック【1】にてご案内いたします。』
【検索結果】:氷の副官スイ=アクリームは、激務のストレスにより、毎晩就寝前に自室で『手作りのピンク色のウサギのぬいぐるみ(スイウサちゃん)』を抱きしめながら、「きょうもスイちゃん、おちごとがんばったでちゅよ〜。ネネードしゃまのしりぬぐい、えらかったでちゅね〜。よしよししてくだちゃい〜」と、赤ちゃん言葉で話しかけて癒やされるのを日課としています。
(本日の残りストック:0)』
『【管理者同期】:上記検索ログを、リピート様およびスイ様の端末へリアルタイム共有しました!』
ピロン、という事務的で冷徹な通知音と共に、通信機の向こうの巨大な管理パネルに、スイの『赤ちゃん言葉のログ』がデカデカと表示された。
『…………』
『…………え?』
執務室に沈黙が落ちる。
頭を抱えていたリピートお兄様が、ゆっくりと顔を上げスイを見た。
『……スイ、ちゃん? がんばったでちゅよ、とは……?』
『ぎゃああああああああああああッ!!? 見ないで! 見ないでくださいリピート殿下ァァァッ!! 違うんです、これはストレスが限界で、ただの現実逃避で……っ!! ああああ私の「完璧な氷の副官」の威厳がぁぁぁッ!!』
スイが真っ赤になって絶叫し、管理パネルを物理的に叩き割ろうと大暴れし始めた。
「さあ、お二人とも。これで私の要求――ミドが言っていたさぶろくきょうてい?とやらを飲んでいただけますわね?」
私は通信機越しに、地獄絵図と化した執務室へ向かって高らかに要求を突きつけた。
「第一に! 私の業務時間は『平日の午前10時から午後3時まで』とします! 残業は一切認めません!」
「第二に! この通信機の三十重の防護魔法を今すぐ解除し、『物理的に電源を切断』できるようにしなさい!」
「第三に! 残りの処理待ちリストは、スイちゃんが、おちごとがんばって気合いで終わらせなちゃい!!」
「……以上の三つを飲んでいただけるなら、ポエムもスイウサちゃんも、私の胸の中だけにしまっておいてあげますわ」
『わ、わかった! 承知した! 直ちに通信機のロックを解除する!! だからこのログを消してくれぇぇッ!』
『スイウサちゃんだけは……誰にも言わないでくだちゃい……ッ!!』
シュゥゥゥン……。
お兄様が遠隔で魔法を解除した音を確認し、私は通信機の魔石の電源を、今度こそ完全に、物理的にオフ(切断)にした。
「……勝った。今度こそ、私たちの完全勝利よ……」
「……ええ。労働者の権利は、血と涙と適切なコンプライアンス(上司の黒歴史)の指摘で勝ち取るものなのよ……おやすみ、リズ……」
静寂が戻った別荘のリビングで。
私とミドは完全にシワシワになったマクロ草の横で、泥のように眠りに落ちた。
遠く離れた帝都の執務室で、カリスマ皇子と氷の副官が、お互いの弱みを握り合って気まずい視線を交わしていることなど知る由もなく。
こうして、私の『(条件付き)スローライフ』が、ようやく本当の幕を開けたのだった。
「(本日の残りストック:0 / 労働環境:完全改善達成)」
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