第27話:喋る草と裏目に出た業務効率化
午前3時。
本来なら、ふかふかの高級ベッドで優雅な夢を見ているはずの時間。
私は薄暗いリビングで、死んだ魚のような目をしながら、延々と呪文を唱え続けていた。
「……教えてインフォメーション。帝都財務局長、ボルドーの昨日の夕食のメニュー。……次、教えてインフォメーション。法務省第三書記官、マイルズの三日前の遅刻の言い訳。……次……」
『該当いたしました。ライトクエリにてご案内いたします』
『該当いたしました。ライトクエリにて――』
私の脳内で流暢に響く、無機質で洗練された女性音声と、目の前で自動的に「検索結果」を帝都(スイの端末)へと転送し続ける通信機の魔石。
ビジネス・エディションへのアップデートにより、私のギフトは「ストック消費なし」で簡単な検索を無限に行えるようになった。
その結果がこれだ。
お兄様たちから送られてきた『帝都役人の身辺調査リスト・128件』をひたすら手動で検索し続けるという、完全に脳が溶けそうな単純作業。
「……私、皇女なのに。無能だと言われて虐げられてきたけど、腐っても皇女なのに……。なんで深夜に他人の晩ご飯のおかずを調べ続けてるの……?」
「……あー、もう。見てらんないわね」
ソファで寝ていたはずのミドが、ボサボサの緑の髪を掻き毟りながら起き上がってきた。
「あんたのその、感情を殺して単純作業を繰り返す死んだ目。前世の同僚を思い出して、こっちの胃まで痛くなってくるわ」
「ミド……助けて。もう50件はやったけどまだリストが半分以上残ってるの。舌を噛みそうよ」
私が涙目で訴えると、ミドは大きなため息をつき杖を持って立ち上がった。
「あんたねぇ。単純な反復作業を人間がやるなんて、前世のIT業界じゃ一番の罪よ。こういうのはね、『自動化』を組んでシステムに勝手にやらせるの」
「まくろ……?」
「そう。RPAとも言うわ。魔法と前世の知識を掛け合わせて、あんたの負担をゼロにしてあげる」
「ろぼてぃっく、ぷろせす、おーとめーしょん……?」
ミドはそう言うと、自身の鞄から奇妙な形をした植物の鉢植えを取り出した。
大きなラッパ状の花がついた、緑色のツル植物だ。
「これ、私が独自に開発した新種の魔法植物『リピートグラス』よ。一度聞いた声を完璧にコピーして、指定した文章を自動で読み上げるの」
「……ちょっと待ってミド。なんでよりによってお兄様と同じ名前なのよ。聞いただけで残業させられそうなんだけど。絶対に却下よ」
「名前が被ったのは完全な事故よ! 縁起でもないこと言わないで!」
「そもそも、なんでそんな怪しいもの持ち歩いてるのよ?」
「前世の社畜の血が騒いだのよ。魔法の詠唱って、要するに『定型文の手入力』じゃない。毎回長々と唱えるの、タイムパフォーマンスが悪すぎるでしょ?」
「ま、魔女の神秘を根底から否定したわね……」
「だから、自分の詠唱を録音して自動発動させる『魔法用マクロ』として作ったの。ついでに帝都にいた頃は、これに『はい、誠におっしゃる通りです』って録音して、貴族たちの無駄に長い定例会議での【自動相槌機】として使ってたわ」
「あんたの図太さ、本当に尊敬するわ。……とりあえず、あの呪われそうなお兄様の名前は廃止して、今日からこれは『マクロ草』って呼ぶわ」
「開発者のネーミングライツを秒で奪わないでよ! ……まあいいわ、マクロ草で」
ミドがため息をつきながら妥協する。
「で、このマクロ草をどうするの?」
「使い方は簡単。リズ、一回だけ『教えて、インフォメーション』って言ってごらんなさい」
「え? お、教えてインフォメーション」
私が言うと、マクロ草のラッパ状の花がパカッと開き、
『オシエテ、インフォメーション!』と、私の声と全く同じ声色で鳴いた。
「よし。インフォメーションは音声入力にも対応してるわね? なら、あとはこのマクロ草の根っこを、スイから送られてきた『調査リストの書類』に接続して……と」
ミドが植物の根を書類の束に這わせると、ツルが生き物のようにスルスルと書類の文字をなぞり始めた。
『オシエテ、インフォメーション。コウセイショウ・ダイニカチョウノ、カクシゴノ・ナマエ』
『該当いたしました。ライトクエリにてご案内いたします』
『オシエテ、インフォメーション。グンムキョク・ケイリタントウノ、ヒヘソクリノ・ガク』
『該当いたしました。ライトクエリにてご案内いたします』
深夜のリビングに、私の声色を完璧にコピーした植物の無機質な詠唱と、洗練されたインフォメーションの女性音声とが、異様なテンポで響き続ける。
「……っ!!」
私は限界まで目を見開いた。
マクロ草がリストの文字を読み取り、私の声で次々とプロンプトを自動詠唱していく。
インフォメーションはそれを「私からの命令」と認識し、ストック消費ゼロのライトクエリをノータイムで弾き出し、通信機経由で帝都へ自動送信していくではないか!
「すごい! すごいわミド!! 私、一言も喋ってないのに、仕事が勝手に終わっていく!!」
「ふふん。どう? これが元・社畜魔女の編み出した『魔法式自動化マクロ』よ。マクロ草に少し魔力を流して再生速度を上げれば、残りの70件なんて、ものの数分で終わるわ」
ミドが誇らしげに植物の鉢を叩く。
私は歓喜の涙を流し、ミドの手を固く握りしめた。
「ありがとう、ミド! これで私は今度こそ眠れるのね! スローライフは死んでなかったわ!」
私たちは肩を抱き合い、猛スピードでリストを消化していくマクロ草を眺めながら、勝利の美酒(冷めたハーブティー)で乾杯した。
わずか3分後。マクロ草が最後のリストを読み終え、通信機に「全件完了」のサインが点灯した。
「終わった! 本当に終わったわ!」
私がガッツポーズをした、まさにその時だった。
ピロリロリロリロッ!!! ピロリロリロリロッ!!!
深夜の別荘に、再びあの悪魔の着信音が鳴り響いた。
私はビクッと肩を震わせ、恐る恐る通信機の魔石をタップした。
ホログラムに映し出されたのは、書類の山の中で「感動のあまりむせ泣いている」スイの姿だった。
『リズ様ぁぁぁっ……!! 凄いです、凄すぎます!!』
「す、スイ? ど、どうしたの?」
『残り70件のリストが、わずか数分で……しかも、全くのノータイムで次々と送られてくるなんて! これで私も、明日は3日ぶりに家に帰って寝られます! さすがはビジネス・エディション、いえ、リズ様の恐るべき集中力と情報処理能力の賜物ですね!!』
スイが、画面の向こうでスタンディングオベーションをしている。
「あ、いや、これは私がやってるんじゃなくて、植物が……」
『リピート殿下も、共有ログのあまりの処理速度に驚嘆しておられました!! 「彼女のポテンシャルは底知れない。これなら、帝都の地下水路マッピングどころか、もっと大規模なプロジェクトも任せられる」と!!』
「……えっ?」
私が嫌な汗を流した瞬間。
『というわけでリズ様! リピート殿下より、追加の特急案件です!「離れていても、君の献身的な働きぶり(ログ)を感じられて兄は幸せだ」との伝言も預かっております!』
ピロリン! ピロリン! ピロリン! ピロリン! ピロリン! ピロリン!
通信機から、先ほどの128件とは比べ物にならない、滝のようなデータの受信音が鳴り響いた。
『【帝都・全地下水路のマンホール3,000箇所の劣化状況確認】に加え、【帝国全土の主要貴族500名の過去20年分の「毎日の」帳簿照合】、および【近隣諸国3カ国の全軍事拠点の「現在の当直兵士の名前」リスト化】! 合計、約1万5千件のライトクエリの処理をお願いいたします! リズ様の今の処理速度なら、朝までには終わりますよね!!』
「…………」
ホログラムが消え、通信機には「15,000件」という絶望的な数字が静かに点滅していた。
私はゆっくりと振り返り、魔法式自動化マクロ(マクロ草)を作ってくれたミドを見た。
ミドは、完全に虚無の表情で宙を見つめながら、ポツリと呟いた。
「……忘れてたわ。前世の真理を、一つ教え忘れてた」
「……な、なに?」
「会社ってね、『仕事を早く終わらせる有能な奴には、もっと大量の仕事が降ってくるだけ』なのよ。効率化の果てにあるのは、定時退社じゃなくて、キャパシティの限界を超えた追加業務よ……」
「いやああああああああああああああああッ!!!」
私の絶叫が、深夜の長閑村に響き渡る。
窓の外では、特級近衛騎士たちが「殿下のお声だ! 異常なし!!」と元気に巡回を続けていた。
かくして、私たちの『自動化によるスローライフ奪還計画』は、皮肉にもお兄様たちの期待値を限界突破させる結果となり、さらなるブラック労働の泥沼へと私たちを引きずり込むのだった。
(本日の残りストック:2 / 処理待ちライトクエリ:15,000件)
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