第25話:完璧な別荘と鳴り響く休日出勤の着信音
バタンッ!!
私は別荘の重厚な扉を全力で閉めた。
「……見なかったことにしましょう。ええ、そうよ。村人が全員、服の上からでも分かる大胸筋の持ち主で、鍬の振り方が完全に『断頭の構え』だったとしても、私に危害を加えないならそれは『ただのよく訓練された農民』よ」
「あんた、現実逃避のレベルがプロ級ね。……私の社畜センサーは、あいつらの視線から『24時間監視付きの独身寮』と同じ匂いを嗅ぎ取ってるわよ」
ミドがひどく冷めたジト目を向ける。
窓の外からは、「第一小隊、畑の巡回ヨシ!」「不審な羽虫(※暗殺者の隠語)ナシ!」という、農村らしからぬ野太い声と、一糸乱れぬフォーメーションで雑草を包囲する足音が聞こえてくるが、私は両耳を塞いでシャットアウトした。
「さ、さあミド! 気を取り直して別荘の中を探検するわよ! お兄様が私のために用意してくれた、究極のスローライフ拠点をね!」
私は無理やりテンションを上げ、別荘のリビングへと足を踏み入れた。
「……わぁ」
思わず、感嘆の声が漏れた。
外の異様な光景とは打って変わって、別荘の内部はまさに完璧の一言だった。
ふかふかの高級絨毯。
魔石で自動温度調節される暖炉。
壁には目に優しい風景画が飾られ、窓からは美しい湖畔が見渡せる。
さらに奥のキッチンからは、専属の凄腕料理人(おそらく近衛騎士団の炊事班トップ)が焼き上げた、香ばしいアップルパイの匂いが漂ってきていた。
「すごいじゃない。帝都の離宮よりずっと豪華よ、ここ。……あ、リズ。そのソファ、たぶん国家予算レベルの魔導具が仕込まれてるわよ。座った瞬間に堕落して、二度と社会復帰できなくなるタイプのやつね」
「望むところよ! 私、もう一生ここから動かないわ。ご飯はここまで運んでちょうだい」
私はウキウキとステップを踏み、人をダメにするほど柔らかそうな超高級ソファへとダイブした。
「あぁ〜〜……溶ける……。ねえミド、これよ、これが私の求めていた『勝ち組』の生活よ」
「……そう。ならいいんだけど。……ねえ、リズ。そのローテーブルのど真ん中に鎮座してる『成金趣味の置物』、何だと思う?」
ミドが指差した先。アンティークなテーブルの中央に、場違いなほど巨大で、仰々しい金と銀の装飾が施された『水晶の魔導具』が鎮座していた。
「なにこれ。……すごく嫌な予感がするんだけど」
「でしょうね。手紙が添えてあるわよ。『愛しい妹へ。念願の別荘の住み心地はどうだろうか……』」
ミドが便箋をひったくり、事務的に読み上げ始めた。
「『……その通信機は、帝都の私の執務室と直通の【超高速・暗号化魔法回線】だ。緊急時のみ使用できるものだから、普段は気にせず安心して休んでくれ。君の平穏を、帝都からいつでも見守っているよ。――リピート』……。ふーん、なるほどね」
「なんだ、緊急時用ね。びっくりさせないでよね」
私はホッと胸を撫で下ろし、再びソファに深く腰を沈めた。
「いつでも見守っている」という一文が、お兄様らしい重すぎる愛の表現に思えて少し怖かったが、通信機なんて使わなければただの置物だ。
「さあミド、お茶にしましょう。私のスローライフが、今度こそ……」
『スローライフ最高!』と叫ぼうと息を吸い込んだ、まさにその瞬間だった。
ピロリロリロリロッ!!! ピロリロリロリロッ!!!
部屋中に、耳をつんざくような、どこか聞き覚えのある不快な着信音が鳴り響いた。
「えっ!? き、緊急事態!? まさか到着して1時間も経ってないのに、帝都でクーデターでも起きたの!?」
「ヒッ……!? リ、リズ、消して! 今すぐそれ消しなさい!!」
普段は冷静なミドが、ソファの陰に隠れてガタガタと震えている。
「リズ……これは緊急事態の音じゃないわ。前世で嫌というほど聞いた、『休日出勤の呼び出し音』よ!」
ミドが心底嫌そうな顔で耳を塞ぐ中、私は慌てて通信機の起動ボタンを叩いた。
水晶の上にホログラムのような立体映像が浮かび上がる。
そこに映し出されたのは――目の下にくっきりとクマを作り、胃のあたりをきつく押さえている『氷の副官』スイの顔だった。
『……あ、リズ様。無事にご到着されたようで何よりです……』
「ス、スイ!? どうしたの、顔色がアンデッドのようよ! 帝都に魔物の大群でも押し寄せてきたの!?」
私の問いかけに対し、スイは虚ろな目で宙を見つめながら絞り出すように答えた。
『いえ……。ネネード殿下が、「リズがいなくて退屈だから、ちょっとマックローダ帝国付近の様子を見てくる」と言って、国境付近で魔物と大立ち回りを演じまして、なんとその余波で隣国の国境警備隊の砦を物理的に半壊させてお戻りになられました。当然、向こうの警備隊からは『帝国の皇女様は常識が無いのか!』と猛烈なクレームが来まして……。その事後処理の書類が……』
「…………」
『リピート殿下からは「リズなら最適な解決策をすぐに出してくれるはずだ。すぐに別荘へ連絡を取りたまえ」と、満面の笑みで……本当に、恐ろしいほど綺麗な笑顔で指示されました。……助けてくださいリズ様。もう胃薬が効きません。このままだと、私が物理的にネネード様を氷漬けにしてしまいそうです』
「…………ねえ、ミド」
「……何よ」
「お兄様の手紙の『緊急時』って、帝国の危機じゃなくて、『兄姉たちが私の不在でポンコツ化した時』って意味だったみたい」
「だろうと思ったわ。……あんた、それ『リモートワーク』っていうのよ。場所が変わっただけで、仕事からは逃げられてないわね。最悪の職場環境じゃない」
ミドが同情の欠片もないジト目を向ける。
私は無言のまま、インフォメーションのウィンドウを呼び出した。
(検索:この目の前にある通信機を、今すぐ物理的に粉砕する方法は!?)
『該当いたしました。消費ストック【1】でご案内します』
『【検索結果】:対象の通信機には、第1皇子リピート=アフタミアの特級防護魔法が【三十重】に掛けられています。物理破壊および廃棄は不可能です』
(本日の残りストック:1)
「…………要塞か!?」
「……三十重? どんだけあんたを『24時間待機』させたいのよ、あのお兄様。絶対に逃がさないっていう執念を感じるわね」
ミドの呆れた声が部屋に響く。
『リズ様……! 隣国を黙らせるための、情報の検索をお願いします……ウッ、胃が……』
「あぁもう! 分かったわよ! ストック1消費して、何でも情報抜いてきてあげるから、とりあえずそれで交渉しなさい!!」
私はソファから身を乗り出し、通信機越しにスイへの的確な指示を出し始めた。
これで私の本日の残りストックは0。
窓の外では農民の服を着た特級騎士たちが、一切の隙のない完璧なフォーメーションで庭の草むしりをしている。
「……リズ、お疲れ様。お茶、淹れ直してあげるわよ。あんたの分は、少し濃いめにしておくわ。……たぶん、これから長い夜になるからね」
「ありがとうミド……。なんか私、帝都にいた時より忙しくなってない?」
逃げ場のない『完全フルリモートワーク・辺境支部』での私の新しい生活が、今、絶望と共に幕を開けたのだった。
(本日の残りストック:0)
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