第24話:最弱皇女と念願のスローライフ?
今日から第2章です!
ガタゴト、ガタゴト……。
微かな振動音だけが心地よく響く、最高級のリムジン馬車。
四輪に備わった衝撃吸収の魔導具と、車内を常に適温に保つ空調魔法のおかげで、長旅の疲労は一切感じない。
ふかふかのビロードのシートに深く背中を預けながら、私は窓の外を流れる景色を優雅に眺めていた。
「……あぁ、空気が美味しいわ。帝都の血生臭い権力闘争の匂いが、これっぽっちもしない」
高くそびえ立つ帝都の石壁はとうの昔に見えなくなり、今は見渡す限りの豊かな緑とのどかな山林が続いている。
私は手元のティーカップを傾け、勝利の美酒(※最高級の茶葉で淹れた紅茶)をゆっくりと味わった。
「本当に、よくここまで生き残れたものだわ」
つい数ヶ月前。
私は『生存率0.02%』という絶望的な状況の中、断崖絶壁から突き落とされていた。
無能皇女と蔑まれ、信じていた専属メイドに裏切られ、第5皇子の陰謀によってゴミのように捨てられた命。
あの日あの崖の底で、ポンコツAIの『インフォメーション』と、一人の魔女に出会わなければ私は確実に死んでいた。
結果として私を殺そうとした第5皇子と裏切り者のメイドは、魔境でネネードお姉様(不死身の脳筋狂皇女)のパシリとして、一生終わらないデスゲーム・マラソンに参加させられている。
文字通りの「完全勝利」であり、私の復讐は120点のパーフェクトな形で幕を閉じたのだ。
「ふふっ……あーっはっはっは! 思い出すだけでご飯が3杯はいけるわね! ざまぁみなさい、私をコケにした報いよ!」
「……朝から元気ねぇ。顔、完全に悪役のそれになってるわよ、あんた」
一人で高笑いする私に向かいの席からジト目を向けてきたのは、クッションを抱き抱えながら大きなあくびをしている女性――元・社畜の魔女こと、ミドだった。
彼女はダボダボのローブのまま、馬車の高級シートで猫のように丸まって眠そうにしている。
「ありがとう、ミド。……それにしても、まさかあなたまで帝都を出て私について来てくれるとは思わなかったわ。あなたはリピートお兄様の所に宮廷魔術師として居座るのかと思ってたわ」
ミドは命の恩人であり、ギフトの使い方を叩き込んでくれた師匠でもある。
先の騒動の功績を考えれば、帝都で宮廷魔術師としてふんぞり返ることも十分に可能だったはずだ。
「はぁ? 冗談キツいわね」
ミドは心底嫌そうな顔をして、自身の髪をボリボリと掻いた。
「帝都の宮廷魔術師なんて、終わりの見えない書類仕事と派閥争いが渦巻く『究極のブラック企業』じゃない。前世で懲りたのよ、ああいうのは。私はもう二度と残業なんてしないわ」
「あら、じゃあ私の専属魔術師として雇ってあげるわ。お給料は弾むわよ?」
「そういう主従関係も面倒くさい。……私がここに乗ってるのは、あの第1皇子から『一生遊んで暮らせる年金と、最高の研究環境』を確約させたからよ。私はただの居候。あんたの別荘で、昼まで寝て気ままに魔法の研究をするだけ。実務はやらないわよ」
そう言って、ニシシと悪びれずに笑うミド。
ああ、そうだ。
この打算的で気だるげな性格こそ、私が信頼を置くミドだ。
「ふふっ、いいわよ。私も仕事なんて一切しないもの。……お兄様が用意してくれた別荘、専属の凄腕料理人に気のいい庭師。さらにはご近所の村人たちも『とても親切で礼儀正しい人たちばかり』らしいわ!」
「へぇ……。あの超絶過保護で腹黒い第1皇子が用意したにしては、ずいぶんアットホームな条件ね。裏がなきゃいいけど」
「私の有能さに免じて、最高のバカンスをプレゼントしてくれたのよ。あぁ、これからは毎日お昼寝して美味しいご飯を食べて……最高ね!」
そんな希望に満ちた会話に花を咲かせているうちに、馬車はゆっくりと速度を落とし始めた。
「ほら、リズ。着いたみたいよ。『長閑村』……文字通り、平和そうな所だといいわね」
「大丈夫よ。昨日、インフォメーションで『明日私が向かう村に私の命を害する者はいるか?』って検索したら、【対象:0件】って出たもの。絶対の安全圏よ!」
私はウキウキとした足取りで立ち上がり、馬車の扉に手をかけた。
陰謀も暗殺もめんどくさい皇族のしがらみもない、完全無欠のスローライフ。
私の新しい輝かしい人生が、今ここから始まるのだ――!
ガチャリ。
私が勢いよく馬車の扉を開け、光に満ちた外の世界へと一歩を踏み出した、その瞬間。
「「「お待ちしておりましたぁぁぁッ!! プリーズ殿下ぁぁぁッ!!」」」
ズドォォォォンッ!!! という、地鳴りのような野太い歓声が村中に響き渡った。
「…………えっ」
「…………え?」
私とミドは、完全に硬直した。
馬車の目の前、村の入り口に広がる広場。
そこには数十人の「村人たち」が、軍隊の式典さながらの一糸乱れぬ完璧な隊列を組み、直立不動の姿勢でこちらを出迎えていた。
……おかしい。
どう見ても、おかしい。
麦わら帽子を被り質素な農民の服を着てはいるが、彼らの体格が異常すぎる。
丸太のように太い腕。
服の上からでも分かる隆起した胸筋。
そして、鍬を握りしめているその手には、明らかに『剣を何万回も振り続けてできた分厚いマメ』が刻まれている。
「あ、あの……私はただ、のんびりしに来ただけだから、そんなに気を張らなくても……」
私が引き攣った笑顔でそう言うと、顔に歴戦の猛者のような十字傷がある村長らしき男が、バシッと踵を鳴らして軍人のような敬礼をした。
「ははっ!! 殿下の御心のままに! 我ら第一近衛騎士団――ゴホン!! 我ら『長閑村の農民一同』、殿下の平穏なスローライフを、命に代えてもお守りする所存であります!!!」
「…………」
今、近衛騎士団って言いかけなかった?
あと、その後ろでニコニコしている村娘たち。
一瞬風でエプロンがめくれた時、太ももの辺りで白銀色の光がチラッと反射したんだけど。
あれ、絶対にミスリル製の短剣隠し持ってるわよね?
「……ねえ、リズ」
背後からミドがひどく冷めた声で呟いた。
「あいつら、鍬の持ち方がおかしいわ。肩に担ぐでもなく、腰の横で柄を握って……完全に騎士の帯剣の姿勢だし、あの殺気と練度はどう見ても歴戦の騎士よ。……嫌な予感がするわね、私の社畜センサーがビンビン反応してるわ」
「み、見間違いよ、きっと……っ!」
私は震える手で無音のインフォメーションのウィンドウを呼び出した。
(検索:この村の『本当の住民』はどこにいったの!?)
『該当いたしました。消費ストック【1】でご案内します』
『【検索結果】:本来の村人は全員、第1皇子の莫大な資金援助により隣町の高級住宅街へ移住(強制)しました。現在の長閑村の人口の100%が、リピート=アフタミアの特級近衛騎士で構成されています』
(本日の残りストック:2)
「…………お兄様っ!!」
絶対に安全なスローライフ。
――それはつまり、村人全員を精鋭騎士にすり替えた、逃げ場のない鉄壁の要塞(鳥籠)を意味していたのだ。
私の念願の平穏な生活は、到着からわずか1分で、過保護すぎるお兄様の「狂気のセキュリティ」によって完全に包囲されていることを突きつけられたのだった。
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