第22話:EX 落ちた者たちの遅すぎる後悔
「ひぃぃぃぃぃぃッ!! く、来るなァァァッ!!」
「きゃあああああっ! 嫌ぁぁ! 魔物が、魔物がぁぁッ!」
帝都から遠く離れた、Sランク指定の危険地帯『絶望の魔森林』。
空を覆い隠すほどの巨大な毒蜘蛛や、炎を吐く魔獣が跋扈するこの地獄のド真ん中を、男女の二人組が涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら猛ダッシュで逃げ惑っていた。
かつて帝都の闇を支配していた元・第5皇子ワルモンドと、無能皇女を裏切って栄華を掴もうとした元・専属メイドのエルドラである。
皇位継承権を剥奪されたワルモンドと、捕縛されたエルドラに下された判決。
それは地下牢での幽閉でも、城の清掃員でもなく……第2皇女ネネードの専属荷物持ち兼囮役いう、死と隣り合わせの超ブラック労働だった。
「はぁっ、はぁっ……! お、重い……ッ! なぜ俺がこんな目に……ッ!」
ワルモンドの背中には、ネネードの予備の武器と防具がギッシリ詰まった鉛のように重い巨大リュック。
「私の輝かしい人生が……ッ! どうしてこんな、魔獣の餌係にぃぃっ!」
そしてエルドラの背中には、野営のテント一式と大量の回復ポーションが詰め込まれた、これまた巨大なリュックが括り付けられていた。
「てめぇのせいだぞエルドラ! 貴様が余計な裏切りなんて企んで、あの化け物皇女を怒らせるからこんなことに……ッ!」
「はぁ!? ワルモンド様が無能皇女を突き落とせば側室にしてやるなんて甘い言葉でそそのかしたからでしょうが!! 責任取って私を背負って逃げなさいよ!!」
「ふざけるな下賤なメイドが!! 囮になって俺を逃がせ!!」
極限状態の中、かつての共犯者たちは見苦しく責任をなすりつけ合いながら泥沼を走る。
「おーい! お前らァ!! もっと早く走れねぇのかァ!?」
背後から、楽しげな笑い声と共に、巨大な戦斧を肩に担いだネネードが並走してくる。
「ネ、ネネード姉上……ッ! た、助けてくれ! 後ろからバジリスクが追ってきているんだぞぉぉッ!!」
「はっはっは! 安心しろ、エルドラにミドの『特級回復ポーション』を持たせてあるだろ! 骨の髄まで溶かされても、首の皮一枚繋がってりゃ死なせねぇよ!」
「「それが一番嫌なんだよぉぉぉッ!!」」
二人の悲痛な絶叫がハモり、魔境の空に響き渡る。
「だいたい、なんで俺たちがこんな目に……ッ! こういうのはスイ副官の役目だろうが!」
「スイは今、テメェらが残した裏工作の事後処理の書類仕事で徹夜続きなんだよ! だからリズから、スイの代わりに二人を魔境の散歩に連れて行っていいって許可をもらってきたんだぜェ!!」
「「あ、悪魔かあの女はぁぁぁッ!?」」
ドンッ!!
よそ見をして叫んでいた二人の足が木の根に引っかかり、揃って泥だらけの沼へ無様に転がった。
そこへ、背後から迫っていた巨大なバジリスクが、鎌首をもたげるようにして襲いかかってくる。
死ぬ。完全に死ぬ。
二人が絶望で目を閉じた、その瞬間。
「しゃらァァァッ!! 邪魔だトカゲ野郎ォォ!!」
ネネードが二人の頭上を跳び越え、バジリスクの顔面に戦斧を叩き込んだ。
轟音と共に魔獣が粉砕されるが、飛び散った猛毒の体液をモロに浴びたネネードの鎧が、シュゥゥと音を立てて凶悪に溶け始めた。
「いててっ! なんだこの毒、すげぇ痛ぇし防具がパーじゃねぇか!」
「ネ、ネネードお義姉上! は、早くそのエルドラが持っている回復ポーションを!」
ワルモンドが叫ぶが、ネネードは「はぁ?」と心底馬鹿にしたように鼻で笑った。
「バカかテメェは。ミドの特級ポーションは『魔獣を猛烈に引き寄せる匂い』が出るんだよ! そんな臭い囮状態になって、歩いて帰るなんて面倒くさいだろ!私はリスポーンできるんだから、このままサクッと死んで『自室のベッドに無傷で帰還』した方が早くて楽に決まってんだろ!」
「「…………は?」」
命の価値観が根底から狂っている『不死身の思考』に、ワルモンドとエルドラは口をポカンと開けた。
「そういうわけだから、私は一足先に帝都のベッドに帰るぜ! 私の着替えとキャンプ道具、急いで走って持ってこいよォ!! 怪我したらちゃんとその『囮ポーション』飲んで回復して荷物運べよなァ!」
「待って!? 私たちを置いていかないでぇぇぇッ!!」
「いやだぁぁッ! ポーション飲んだらまた魔獣が寄ってくるじゃないのぉぉッ!!」
「じゃあ気合いで避けろォ!」
言い残し、ネネードの体は猛毒によってあっさりと限界を迎え、光の粒子となって遠く離れた帝都へと強制送還されてしまった。
魔境のド真ん中に、二人ぽっちで取り残されたワルモンドとエルドラ。
生き延びるためにポーションを飲んだ二人の体から、プンプンと『魔獣の大好物の匂い』が漂い始める。
周囲の茂みから、匂いを嗅ぎつけた新たな魔獣たちの「グルルル……」という唸り声が無数に聞こえ始めた。
(あぁ……どうして、あんな小娘を敵に回してしまったんだ……ッ!)
ワルモンドとエルドラはガチガチと歯の根を鳴らしながら、巨大なリュックを背負い直し遅すぎる後悔と共に再び走り出した。
自分の命を盾にして安全圏から高笑いしていた男と強欲さで主を裏切った女は、今や「死に戻る狂皇女のパシリとして、無限に魔獣に追いかけ回される囮役」という、自業自得のサバイバルを演じる日々を送るのだった。
***
「……ふふっ、あははははっ」
帝都の迎賓館。
ぽかぽかと暖かい日差しが差し込むバルコニーで、私は最高級の茶葉で淹れた紅茶を楽しみながら、思わず笑みをこぼした。
「どうしたの、リズ。なんかすごい悪い顔してるけど」
「あらミド、失礼ね。ちょっと『検索』のテストをしていただけよ」
私は無音のウィンドウを呼び出し、優雅にカップを置いた。
今日のインフォメーションのストック消費【1】。
(『教えて、インフォメーション。』現在のワルモンドとエルドラの『魔境サバイバル生存率』と、私に対する『反省の度合い・その理由』は?)
ピカッ、と明滅したウィンドウに、無慈悲なテキストが表示される。
『該当いたしました! 消費ストック【1】でご案内します!
【対象の現在のステータス】
・生存率:【100%】(※ミド様の回復薬により死ぬことはありませんが、副作用で常に魔獣に追われ続けています)
・反省・後悔の度合い:【限界突破(MAX)】
▼後悔の理由(内訳)(※対象の心拍数、発汗量、および独り言の音声ログから感情ベクトルをプロファイリング)
・「プリーズ殿下を不当に虐げ、命を狙ったことへの純粋な罪悪感」……【0%】
・「あんな化け物(底知れぬ支配者)に喧嘩を売ってしまったという自己保身と逆恨み」……【100%】
(本日の残りストック:2)』
「…………ふふっ。本当に、見事なくらいブレないわね、あの二人」
ウィンドウの容赦ない内訳表記を見て、私は呆れを通り越し一周回って感動すら覚えてしまった。
彼らは自分の悪行を悔いているわけではない。
ただ純粋に「やべー奴を怒らせて自分の身が滅んだこと」だけを嘆き、底知れぬ恐怖で私を逆恨みしているのだ。
「まあ、同情する余地が1ミリもないことが再確認できてスッキリしたわ。……私に喧嘩を売ったんだから心からの改心なんてしなくていい。一生魔境をマラソンしながら怯えていればいいのよ。もう二度と、彼らのことを検索することもないでしょうしね」
私は冷たく呟き、残りのスコーンにたっぷりと野イチゴのジャムを塗った。
彼らが私の平穏なスローライフを脅かすことは、もう永遠にないのだから。




