第19話:絶望の共有と終わらない1日の答え合わせ
バンッ!!
「プリーズ殿下ァァッ!!」
「リズ、無事!?」
勢いよく扉が開かれ、顔面を蒼白にしたスイとミドが転がり込んできた。
二人とも私と同じように頭を強く押さえ、荒い息を吐きながら床にへたり込む。
「スイ、ミド……! あなたたちも、記憶が……?」
「はい……ッ! 全身を深く切り裂かれた時の熱さと……最後に見た、絶望するリピート殿下のお顔が、鮮明に……! ああっ、でもそれ以上に、頭を灼かれるような痛みが抜けません……ッ!」
「マジで最悪……。理不尽に殺されて終わらないサービス残業をループさせられるとか、どんなブラック企業よ……」
死の直前、リピートお兄様の視界に入っていた私たち三人は、見事に記憶の引き継ぎを果たしていた。
脳を灼くようなこの頭痛と生々しい幻痛は、時を遡るという神の領域の力に巻き込まれた『代償』なのだろう。
「……ねえ、ネネードお姉様は?」
私が尋ねると、スイがフラフラと立ち上がりながら答えた。
「それが……隣の部屋を見たら、いびきをかいて爆睡していました。揺すっても起きやしません」
「……なるほどね」
私は呆れたように息を吐いた。
リピートお兄様の記憶共有の条件は『ループ発動直前、彼の目の前で死んだ者』。
ネネードお姉様はあの場において、私たちを庇って一番最初に致命傷を負い、自身のギフトで自室のベッドに『強制送還』されていた。
つまり、彼女だけはリピートお兄様の目の前で死んでいないため、あの地獄の記憶を一切持っていないのだ。
「ある意味、あの脳筋の狂皇女だけが平和でよかったわね」
私は額の汗を拭い、ひんやりとした夜の空気の中で、口角を歪なほどに吊り上げた。
「全部、わかったわ……。少し休んで体勢を立て直したら、朝一番でリピートお兄様のところへ行くわよ。……今度はこちらから、種明かしをしてあげる番だわ」
***
数時間後の朝。
私たちはシスタネお姉様の案内で、帝都の中枢にある【第1・3派閥】の本拠地へと足を踏み入れていた。
ネネードお姉様は「なんかみんな顔色悪くねぇか? まあいい、今日も飯が美味いぜ!」と一人だけ絶好調だった。
重厚な謁見室の扉が開き、光の差し込む窓を背にして立つ青年――リピートお兄様が穏やかな微笑みを浮かべて私たちを迎え入れた。
「――お初にお目に掛かるね、プリーズ」
お兄様が1周目と全く同じ台詞を口にする。
だが、私は昨日のように完璧な淑女の礼を返すことはしなかった。
私はツカツカとお兄様の目の前まで歩み寄ると、その蒼い瞳を真っ直ぐに見据えてはっきりと告げた。
「いいえ。……また会ったわね、お兄様。昨日の『23時59分』ぶりかしら」
「…………ッ!!」
常に完璧な笑みを浮かべていた彼の顔から、すべての余裕が剥がれ落ちる。
見開かれた蒼い瞳が、信じられないものを見るように激しく揺れ動いていた。
「プリーズ、君は……まさか……」
「ええ。死の淵であなたと目が合ったスイも、ミドもよ。……あなた、随分と一人で無茶をしてきたみたいね」
私が静かに告げるとお兄様は顔を両手で覆い、その場にガクンと膝をついた。
「ああ……ああ……ッ! 君たちは、覚えているのか……! 私の、この終わらない1日を……ッ!」
それは、カリスマと名高い第1皇子の姿ではなかった。
何度も何度も大切な妹や味方を喪いたった一人で絶望を巻き戻し続けてきた、ひとりの傷ついた青年の魂からの慟哭だった。
シスタネお姉様が「お兄様!? どうされたの!?」と慌てて駆け寄るが無理もない。
彼女もまたこのループの記憶を持っていないのだから。
「場所を変えましょう。……積もる話と、完璧な打ち合わせが必要だわ」
***
その後私たちはテラス席に移動し、1周目と同じ昼食会の席についた。
だが空気は昨日とは全く違う。
お兄様が差し出してきた私の好みの安物の茶葉を、私は自ら受け取った。
そしてワザとナプキンを落とし――お兄様が手を伸ばすよりも早く、自分自身でそれを空中でキャッチして見せた。
「昨日(1周目)は驚いたわよ。私の好みから私がナプキンを落とすタイミングまで……お兄様が予知能力者か心を読めるのかと本気で疑ったんだから」
「……すまない。君が警戒するのはわかっていたんだが、私はもうこの今日を何十回繰り返したかわからなくてね。君たちの行動をすべて暗記してしまっていたんだ」
ひどく疲れたように笑うお兄様。
私は紅茶を一口すすり真剣な眼差しで彼を見た。
「教えてちょうだい、お兄様。あなたが巻き戻す前の世界で一体何があったの? なぜ、あの地下神殿の詰みの盤面を今まで突破できなかったの?」
私の問いに、お兄様は重く苦々しい口を開いた。
「ワルモンドの『絶対契約』を破るために、私はあらゆる手段を試した。ある時は私の近衛騎士団で強襲し、その首を刎ねたが……彼が死んだ瞬間、帝都の街中で普通に暮らしていた5万人の市民が『絶対契約』の呪いで一斉に命を吸い尽くされて倒れ、国が内部から崩壊した」
お兄様は、ギュッと拳を握りしめる。
「ならばと、殺さずに拘束しようとしたが、今度はネクロノが立ちはだかった。ワルモンドは『裏切り者め』と笑いながら、人質にしていた孤児院の子供たちの命を『絶対契約』の呪いの力で容赦なく奪い去り……それを目の前で見せられたネクロノは完全に狂い、暴走した。彼の『深淵の闇』は際限なく膨れ上がり、帝都の半分を飲み込んで、私たちもろとも漆黒の深淵に沈んだんだ」
あまりにも重すぎる、地獄のトライアンドエラー。
「……じゃあ、いっそその日は戦いを避けて、日を改めて対策を練り直そうとはしなかったの?」
私が尋ねると、お兄様は力なく首を振った。
「もちろん、それも試した。彼らを地下神殿に放置し、事態の把握や市民の避難を優先しようとしたんだ。……だが、駄目だった」
「駄目って……」
「ワルモンドの地下神殿での儀式は、その日の深夜に完了するよう仕組まれていたんだよ。私たちが踏み込まなければ、奴は日付が変わる前に帝都の全市民を『絶対契約』の奴隷に堕とし、国そのものを完全に乗っ取ってしまった。……私たちが生き残るためには、どうしても「今日の24時」までに、あの神殿で奴の契約を破棄するしかなかった」
逃げることも先送りすることも許されない、深夜0時がタイムリミットのデスゲーム。
リピートお兄様は決して無能ではなかった。
自分とシスタネの能力の限界を完璧に計算し、最善を尽くしていた。
ただ、ワルモンドの用意した理不尽なルールの壁の前には、正攻法ではどう足掻いてもクリアできなかったのだ。
「数十回の絶望を経て、私は君の『インフォメーション』の圧倒的な情報力と、ネネードの身体能力に頼るしかないと悟った。……そして昨日のループ。事前の作戦会議で、君が敵の罠を完全に把握し、私たちが不殺の防衛陣形を組んで時間を稼ぐと提案してくれた時、私は今度こそいけると確信したんだ」
お兄様が、悔しそうに唇を噛む。
「あれは、私が繰り返した地獄の中で、唯一見えた正解のルートだった。……だが私が駆けつけた時、君の胸にはすでに短剣が……」
「……ふふっ、あははははっ!」
お兄様の悲痛な言葉を遮るように。
私はテラス席の椅子に深く寄りかかり、腹の底から、最高に意地の悪い笑い声を上げた。
「プ、プリーズ……?」
「リズ、頭の痛みが悪化したの!?」
唖然とするお兄様と慌てる仲間たちを前に、私はニヤリと口角を吊り上げた。
「お兄様。あなたが何十回も地獄を見てきたことは敬意を表するわ。……でもね、昨日の私(1周目)の作戦が正解だなんてとんだ勘違いよ」
「なんだって……?」
「ワルモンドごときに後れを取って防衛陣形なんてヌルいことを言っていたから、エルドラみたいな羽虫に足元をすくわれたのよ。……お兄様たちが真正面から、あの理不尽なクソゲーを『ルール通りに』クリアしようとしてたから駄目なの」
私はテーブルの上に両肘を突き両手で指を組み合わせて、お兄様の蒼い瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「お兄様の『時間』。シスタネお姉様の『神の力』。……そして、私の『情報』。これだけの手札が揃っていて、たかが5万人と孤児の命くらいで詰むわけないじゃない」
「プリーズ、君は……どうするつもりなんだ?」
息を呑むカリスマ皇子に対し、私はダークヒーローとしての悪役令嬢の矜持を叩きつける。
「バグ(絶対契約)には、バグ(インフォメーション)をぶつけて、盤面ごとぶっ壊すのよ。……昨日の防衛プランは捨てなさい。今日は、私たちから先手を取って、ワルモンドの心を根底からへし折るわ」
私の不敵な宣言に、お兄様の蒼い瞳が驚愕から……やがてゾクゾクするような歓喜と期待の色に染まっていった。
「……ああ。本当に君という存在は……私の想像を遥かに超えてくるな」
お兄様が憑き物が落ちたような、それでいてどこか腹黒さを取り戻したような、本来の美しく危険な笑みを浮かべる。
「いいだろう。私の『時間』も集めた地獄のデータも、すべて君の好きに使うといい。……この盤面、君に託そう」
「ええ。任せなさいな」
「ああ……。君がいれば必ず勝てる。そう信じているよ、プリーズ」
お兄様の蒼い瞳に、数十回のループを経て初めて『確かな希望の光』が宿った。
「さあ、反撃の時間よ! ワルモンドの野望を、私たちの全力で叩き潰しに行くわよ!!」
私たちは立ち上がりすべての因縁を終わらせるため、再びあの地下神殿へと歩みを進めた。
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