表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/42

第18話:絶望の絶対契約と死の淵の繋ぎ

帝都の地下深く。


かつては神聖な儀式が行われていたであろう広大な地下神殿は、ひんやりとした不気味な冷気とむせ返るようなカビの匂いに包まれていた。


壁に等間隔で掲げられた青白い魔力ランプが、石畳に落ちた深い影を揺らしている。


「ようこそ、愛しの妹たち。そして裏切り者の泥ネズミども」


神殿の最奥。


ひび割れた祭壇の玉座にふんぞり返る第5皇子ワルモンドが、私たちを見下ろして酷薄な笑みを浮かべていた。


その傍らには目の下に濃いクマを作った第4皇子ネクロノが幽鬼のように力なく立ち尽くし、さらにその後ろでは高級なドレスを着飾ったエルドラが、ワルモンドの影から私を憎々しげに睨みつけていた。


「ワルモンドお兄様……。あなたの悪ふざけも、ここまでよ」


私はダボダボのローブの袖を強く握りしめ、冷たい声で言い放った。


私の背後には身の丈ほどもある巨大な戦斧を肩に担いだネネードお姉様。


そして抜身の氷の大剣を構えるスイと、両手に錬金術の薬品瓶を持ったミドが完璧な陣形を組んで控えている。


別ルートからこの神殿の制圧に向かっているリピートお兄様とシスタネお姉様の別働隊が到着する前に、この悪の元凶を私たちの手で抑え込む。


「降伏、だと? はっ、無能なハズレ皇女が数匹の猛獣を拾った程度で随分と偉そうに吠えるようになったものだな。貴様らごときがこの俺に……」


「ええ。あなたを指一本傷つけるつもりはないわ」


ワルモンドの余裕の言葉を私はピシャリと遮った。


突入前。


私は本日のストック【3】をすべて使い切り、この地下神殿における最悪の盤面を調べ尽くし、すでに仲間たちへ完璧な情報共有を済ませていたのだ。


「あなたが自身のギフト『絶対契約』で、自分の命と「帝都の市民5万人」を強制リンクさせていること。……そしてネクロノお兄様が地下スラムで秘密裏に運営していた「孤児院の子供たち」を人質に取り、無理やり従わせていることもすべて知っているわ」


「なっ……!?」


ワルモンドの顔から初めて余裕の笑みが消え去った。


ピクッと、ネクロノお兄様が肩を震わせる。


死んだ魚のようだった彼の瞳にわずかな動揺の色が走ったのが見えた。


「だから私たちはあなたたちを絶対に攻撃しない。……ネネードお姉様」


「おう! 私の今日の仕事は敵をミンチにすることじゃねぇ! テメェらを護るためのただの分厚い壁になることだろ!」


ネネードお姉様が巨大な戦斧を床に突き立て、私を背後に庇うようにドカッと仁王立ちになる。


これこそが私たちが事前に打ち合わせた絶対防衛プランだった。


「チッ……。どこでその情報を仕入れたかは知らんが小賢しい真似を! ……ネクロノ、やれ!」


ワルモンドが舌打ちをして命じるとネクロノお兄様が重い腕をだらりと上げた。


その瞬間。


彼のギフト『深淵の闇』が発動し、地下神殿を照らしていた青白い光がまるでインクをこぼしたかのようにドロリとした漆黒の泥に飲み込まれた。


「くっ……! 私の植物が、枯れていく……ッ!」


「魔力が……練れません! 氷が、出せない……ッ!」


ミドのツル植物が干からびて崩れ落ち、スイの大剣から冷気が完全に消え去る。


光だけでなくあらゆる魔法や魔力そのものを無効化する絶対の結界。


これも『インフォメーション』の事前検索の通りだ。


「スイ、ミド! 魔法が使えないのは想定内よ! お姉様をサポートして!」


「はい。氷が封じられようと私の剣術は鈍りません」


「魔力がなくても目眩ましの薬品ならいくらでもあるわ!」


私の号令と共に、漆黒の闇の中から無数の影獣たちが津波のように襲いかかってきた。


魔法での拘束も敵を倒すこともできない。


ただひたすらに攻撃を受け流し続けるだけの究極の縛りプレイ。


それでもネネードお姉様が圧倒的なフィジカルで魔物を素手や斧の柄で弾き飛ばし、スイとミドが的確な物理サポートで隙をカバーしていく。


時計の針は夜の23時50分を回っていた。


私の狙いはただ一つ。


このまま耐え凌ぎ深夜0時を迎えること。


0時になれば私のインフォメーションのストックが【3】に回復する。


そうすれば回復したストックでワルモンドの契約書の物理的な隠し場所や契約の抜け道を即座に検索し、合流したシスタネお姉様の『神の断罪』で契約そのものを消し飛ばせる。


敵を倒せない苛立ちと疲労は蓄積していくが私たちの陣形は決して崩れなかった。


誰も死なせずにこの盤面を完全にひっくり返す。


そう確信した、その時だった。


「……ふざけ、ないでよ……!このままあんたが生き残ったら、ワルモンド様に報告した忠義のメイドっていう私の嘘がバレるじゃない! そうなったら私はまたあの泥水みたいな生活に逆戻り……っ!」


彼女は私たちが防戦一方になっている隙を突き、ワルモンドの陣営側から私たちの陣形の死角へと猛スピードで駆け込んできた。


「あんたは大人しく私の輝かしい人生の踏み台になっていればよかったのよぉぉ!!」


「なっ……エルドラ!?」


「私の為に死んでよぉぉ!!」


私が反応するよりも早く。


エルドラは私を崖から突き落とした時とは逆に、今度は私の肩を背後から力任せに掴み上げた。


そして私を安全地帯から引きずり出し、今まさに跳びかかってこようとしていた巨大な影獣の真正面へと強引に突き飛ばしたのだ。


宙に浮く体。


私に向けられた殺意でもワルモンドの緻密な罠でもない。


『インフォメーション』ですら弾き出す意味を持たない、極限状態の人間の浅ましくも醜い絶対的な悪意。


その予測不能な妨害が、私たちの完璧な歯車を内側から無惨に粉砕した。


「リズ!!」

「殿下!!」

「妹ォォォッ!!」


私を庇うためネネードお姉様が陣形を捨てて無理な体勢で飛び込んでくる。


ズバァァンッ!!


鈍い肉の裂ける音が響き、影獣の巨大な凶刃が無防備になったネネードお姉様の胴体を深々と薙ぎ払った。


「が、はっ……すまねぇ、妹……。テメェを護るって約束、最後まで……果たせなかった、ぜ……」


致命傷を負ったネネードお姉様の体が光の粒子となってフッと空中に溶けていく。


彼女のギフト『絶対蘇生リスポーン』。


死んだ瞬間、復活地点へ強制送還される能力。


彼女は死なないが、それは同時に最強の盾の完全なる戦線離脱を意味していた。


「あぁ……っ、お姉様……!」


要を失った陣形に黒い津波のような影獣たちが一気に雪崩れ込んでくる。


「プリーズ殿下……ッ!」

「リズ、逃げなさい……!」


魔力のないミドとスイが私を庇って前へ出るが、多勢に無勢。


あっという間に武器を弾き飛ばされ、全身を深く切り裂かれて血溜まりの中に崩れ落ちてしまった。


「スイ! ミド!!」


私はエルドラに突き飛ばされた勢いで床に倒れ伏したまま、血溜まりを這いずって二人の元へ手を伸ばし、その身体を必死に抱き寄せようとした。


「駄目、死なないで……! 私を置いていかないでよッ!」


だが、私の悲痛な叫びも虚しく二人の力は急速に失われていく。


「あははははっ! 見たか泥船皇女! これで私はワルモンド様の側室よ!」


私を突き飛ばしたエルドラが狂ったように高笑いしてワルモンドを振り返る。


だが、ワルモンドは「陣形を崩したことだけは褒めてやるが……うるさい、目障りだ」と冷たく吐き捨て、彼女の横腹を容赦なく蹴り飛ばした。


「がはっ!?」


エルドラはカエルのような悲鳴を上げて壁に激突し、ピクリとも動かなくなる。


哀れな末路だ。


防衛線が完全に崩壊し、暗い地下神殿には絶望的な静寂と血の匂いだけが残った。


ワルモンドが血溜まりに這いつくばる私の前へとゆっくり歩み寄ってくる。


時刻は23時59分。


深夜0時まで、あと数十秒。


――だが、もう遅い。


あと数十秒耐えて0時を回り、私が『インフォメーション』でどれだけ完璧な正解を検索しようと……致命傷を負った二人の命を救い出す魔法システムなど、どこにもないのだ。


不殺を貫こうとした私の甘さが、最悪の結末を招いてしまった。


圧倒的な絶望で目の前が真っ暗になる。


ワルモンドが血に濡れた私を冷酷に見下ろした。


「チェックメイトだ、小賢しい妹よ。誰も殺さず時間まで耐え凌ぐ……そんな反吐が出るような不殺の甘さが貴様の命取りだったな」


ワルモンドが私の胸ぐらを乱暴に掴み上げ、鋭い短剣を高く振り上げた。


「自分を恨む下賤なメイドの悪意すら読めず、綺麗事で盤面を支配できると思い上がった結果がこれだ。貴様のくだらない偽善のせいで、こいつらは無残な犬死にを遂げる。実に滑稽で哀れな最期だな」


「……ふざけ、ないで……っ」


私は胸ぐらを掴むワルモンドの腕に両手でしがみつき、ギリッと爪を立てた。

絶望で折れそうだった心に、真っ黒な怒りが流れ込んでくる。


「犬死に……なんかじゃない……! 二人は、損得抜きで……私を護ってくれたのよ……ッ!」


私はギフトの力でしか他人を縛れない兄を、心の底から軽蔑して睨みつけた。


「恐怖と『契約』でしか他人を従わせられない空っぽなあなたに……私の大切な陣営なかまを嗤う資格なんて、ないッ!!」


直後。


焼け付くような激痛と共にワルモンドの凶刃が私の胸を深々と貫いた。


ごぼりと口から熱い血が溢れ出す。


その瞬間。


神殿の重厚な扉がバンッ! と蹴り破られ、リピートお兄様とシスタネお姉様が息を切らして飛び込んできた。


「「プリーズ!!」」


胸を貫かれた私を目にし、リピートお兄様とシスタネお姉様の悲痛な絶叫が響く。


「殿下……申し訳、ありま……せん……」

「リズ……ごめん、ね……」


床に倒れ伏していたスイとミドが駆け込んできたリピートお兄様と視線を交わし――そのまま力なく瞳を閉じた。


彼女たちの命の灯火が完全に燃え尽きる。


「間に合わなかったか……ッ!」


リピートお兄様が血だまりに沈むスイとミド、そして凶刃に貫かれた私を見据えながら噛み殺すように叫んだ。


「だが……巻き戻りは間に合う!!」


薄れゆく意識。


白んでいく視界の中で、こちらへ向かって絶望の手を伸ばすリピートお兄様の、その悲痛な『視界』に私たちが同時に収まった瞬間――


時計の針が深夜0時を告げるほんの数秒前。


「『復唱の時』……ッ!!」


リピートお兄様の叫びと共に私の命が途絶える。


その瞬間、私の脳髄を文字通り灼き斬るような強烈な激痛が襲った。


「あ、ああああああああッ!?」


彼が繰り返してきた無数の絶望、数え切れないほどの死の記憶。


そして盤面を一人で巻き戻し続けてきた孤独な地獄の歴史が強制的に私の脳内へとなだれ込んでくる。


私だけではない。


死の直前に彼と目を合わせたスイとミドの魂にも同じように記憶が共有されていくのがわかった。


ループ直前、彼の目の前で死にゆく者にのみ共有される、時を越える記憶と狂気の代償。


痛い。熱い。脳が壊れる。


でも、わかった。


あなたがこの能力でどれだけ一人で苦しんできたのかが。


(見てなさい、エルドラ……ワルモンド……! 次は絶対に、私たちが……ッ!)


私の意識は激痛と絶叫の中で真っ白に焼き切れ――。


 ***


「……っ、はあっ、はあっ、はぁぁっ……!」


ガバッと私は勢いよく上体を起こした。


全身が滝のような冷や汗にまみれ心臓が早鐘のように激しく打っている。


頭の奥では、まだ脳を灼かれたような鋭い痛みがズキズキと脈打っていた。


「ここ、は……」


そこは、リピートお兄様との昼食会に向かう前に寝泊まりしていた迎賓館の私の寝室だった。


壁の大きなアンティーク時計がチクタクと音を立てている。


針が指し示している時刻は午前0時00分。


『ストックが最大値【3】に回復しました! 本日もインフォメーションをご活用ください!』


私の脳内に陽気なインフォメーションのシステムメッセージが浮かび上がっていた。


「……夢じゃ、ない。私の中にリピートお兄様の記憶が……」


ズキリと痛む頭を押さえる。


死の直前にお兄様と目が合った瞬間に流れ込んできた、彼が繰り返してきた孤独なループの記憶。


そのおかげで今の私には彼のギフト『復唱の時』のルールがまるで自分の知識のように明確に理解できていた。


間違いない。


私たちは死を越えて彼の力によって記憶を持ったまま、その日の始まり(午前0時)へと巻き戻ってきたのだ。


「……あ、あははは……っ」


私は額の汗を拭い、ひんやりとした夜の空気の中で口角を歪なほどに吊り上げた。


胸の奥で黒々とした怒りの炎が燃え上がる。


「全部わかったわ……。待っていなさい、ワルモンド。エルドラ。あなたたちの築いた盤面ごと今度こそ根底から叩き壊してやる」


最強の手札と最悪の記憶を引き継いだ、第2のループが今ここに幕を開けた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


更新の大きな励みになりますので、もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると大変嬉しいです。


【ブックマークに追加】も、ぜひよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ