第17話:完璧すぎる昼食会と予言者の違和感
リピートお兄様との衝撃の謁見から数時間。
太陽が真上に昇る頃、私たちはシスタネお姉様が手配してくれた迎賓館のテラスで両陣営合同の昼食会に臨んでいた。
「うおおおッ! この肉、外はカリッとしてるのに中は肉汁が溢れやがる! 最高だ! 帝都の飯はレベルが高いなァ!!」
「ネネード殿下……! 貴賓の前で骨にかじり付くのはおやめくださいとあれほど……っ。ああっ、リピート殿下の近衛騎士団の方々が、完全に猛獣の檻を見るような目でこちらを見ておられます……ッ!」
相変わらずのネネードお姉様と胃を押さえて平謝りするスイ。
だがそんな騒がしい私たちのテーブルへ、リピートお兄様は淀みのない所作で一つの小皿を差し出した。
「ネネード、その肉にはこの特製辛口スパイスが合うよ。君は昔から汗をかくほど辛いものが好きだっただろう?」
「おっ、わかってるじゃねえか! どれどれ……うおっ、これだよこれ! この鼻に抜ける刺激!」
ネネードお姉様は豪快に笑って骨付き肉にかじりついたが――その瞳の奥が全く笑っていないことに、私はふと気がついた。
かつて冷遇された離宮で、周囲の偽りの優しさに囲まれて生きてきた私だからこそわかる。
それは明らかな『作り笑い』の目だった。
「昔から何でもお見通しの天才様は、肉の食い方まで完璧だなァ! ……おっ、あっちのも旨そうだな! ちょっと取ってくるぜェェ!」
お姉様はそれ以上お兄様と目を合わせないように、足早に別の料理が並ぶテーブルへと逃げていった。
「ああっ! 殿下、そちらはデザートの……! 申し訳ありませんリピート殿下、うちの者が……ッ」
「はは、相変わらず元気で何よりだ。……スイ副官、君にはこの冷製ハーブティーを。胃の粘膜を保護しストレスを緩和する効果があるよ。……少しお疲れのようだからね」
「な、ななな……なぜ私の胃が限界なのを……!? いえ、恐悦至極にございます……ッ!」
スイが「予知能力か何かですか!?」と戦慄しながらお茶を啜る。
隣でパスタを巻いていたミドが、フォークを止めて私に耳打ちしてきた。
「……ねえリズ。あの第1皇子、マジで不気味なんだけど。私のサラダ、ドレッシングの酸味をわざと抑えてあるわ。私、酸っぱいものが苦手だって誰にも言ってないのに」
「……ええ。私もよ。私の大好物、辺境の離宮の裏庭にしか生えていなかった『野イチゴのジャム』が、このスコーンに添えられているわ。帝都の市場には出回らないはずなのに」
リピートお兄様のおもてなしは、もはやエスコートの域を超えていた。
私たちの好み、癖、その時の体調。
それらすべてを「完璧に知っている」。
(……インフォメーションの検索結果は、相変わらず【ERROR】。でも、心が読めるとしても、物理的な準備が早すぎるわ)
私はわざと席を立とうとしてナプキンを床に落とした。
……はずだった。
パシッ。
「おっと。……少し、風が強かったかな」
私がナプキンを落とすよりも一瞬早く、お兄様の手が空中でそれをキャッチしていた。
まるであらかじめ、そこにナプキンが落ちてくることを知っていたかのような流れるような動作。
「……お兄様。私、まだ落としてもいませんでしたわよ」
「はは。兄の勘というやつかな。……さあ、食事を続けよう。今夜が本当の正念場になるからね」
お兄様は穏やかに微笑み、何事もなかったかのように自分の席へ戻る。
私はその背中を凝視しながらスコーンを口に運んだ。
ジャムの甘さが今の私には酷く無機質なものに感じられる。
(……おかしいわ)
ナプキンが落ちる前に手が動いていた。
心が読めるというなら、私の落とそうという意図を読み取ってから動くはずだ。
でも今のは違う。
重力に従って布が落ちる軌道を、その終着点を最初から確信して手を伸ばしていた。
予知? それとも、あまりにも精密な計算?
いいえ、どちらも違う気がする。
お兄様の立ち振る舞いはまるで『何度も観た舞台の再放送』を眺めている役者のようだった。
どこで誰が笑い、どこで誰が粗相をするか。
それを知っているから驚きもせず、迷いもせず、ただ完璧な正解だけを叩き出している。
(インフォメーション……。やっぱり、解析コストが足りない)
視界の端で虚しく点滅する【ERROR】の文字。
お兄様の蒼い瞳の奥にある執念に近い輝き。
それはかつて私を裏切ったエルドラが、宝石を見た時のギラついた欲望とは正反対のもの。
守り抜くために自分を削り、摩耗してきた者だけが宿す――「祈り」に似た、薄暗い光。
「プリーズ? 何か、私の顔についているかい?」
「……いいえ。ただ、お兄様の予言が、今夜も的中することを願っているだけですわ」
私は不敵に微笑みスコーンを飲み込んだ。
お兄様が何を隠していようと、今夜私たちが勝てばそれでいい。……そう思っていた。
お兄様がなぜあえて私を、死の罠が待つ地下神殿へと送り出したのか。
その残酷で切実な理由に私が気づくのは――もう少し、先の話になる。
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