第16話:第1皇子の予言と先回りされる盤面
スイと彼女の優秀な部下たち――もとい生贄の犠牲により膨大な同盟の書類仕事が片付いた翌日。
爽やかな朝陽が差し込む中、私たちはシスタネお姉様の案内で帝都の中枢にある第1・3派閥の本拠地へと足を踏み入れていた。
「ふぁぁ……なんかここは空気がピリピリしてて退屈だぜ。誰か殴りかかってこねぇかな」
「ネネード殿下、どうかお静かに。ここは第一派閥の精鋭たちが集う場所……一歩間違えれば即座に命の取り合いになります」
大あくびをするネネードお姉様をすっかり顔色の良くなったスイがたしなめる。
(……大丈夫よ。今の私なら誰が相手でも遅れは取らないわ)
私はダボダボのローブの中で密かに口角を上げた。
昨夜の午前0時、私の『インフォメーション』のストックは無事に最大値の【3】に回復している。
手札は満タン。
どんな化け物が相手だろうと弱点さえ検索してしまえば私の盤面だ。
「さあ着いたわ。プリーズ、お兄様が中でお待ちよ」
シスタネお姉様が重厚な謁見室の扉を開く。
その奥で光の差し込む窓を背にして立っていたのは、太陽のような輝く金髪とすべてを見透かすような深い蒼の瞳を持つ青年――カリスマと名高い第1皇子、リピート=アフタミアだった。
「――お初にお目に掛かります、リピートお兄様」
「――お初にお目に掛かるね、プリーズ」
「……え?」
私が完璧な淑女の礼と共に挨拶を口にしたその瞬間。
リピートお兄様は私と一言一句違わず全く同じタイミング、同じイントネーションでハモるように言葉を重ねてきた。
偶然?
いや、まるで「私がそう言うことを最初から知っていたか」のような完璧すぎるタイミングだった。
「遠路はるばるよく来てくれたね。長旅で疲れただろう。……君の好きなものを淹れたよ」
リピートお兄様が穏やかに微笑み、テーブルの上のティーカップを勧めてくる。
私は警戒しながら一口飲み――背筋にゾクリと冷たい汗が伝うのを感じた。
「……ッ」
高級な茶葉ではない。
少し渋みがあって香ばしい。
それは私が辺境の離宮で、カビ臭いパンをかじりながらこっそりと愛飲していた『安物の茶葉』と全く同じ味だった。
帝都の皇子がなぜあんな辺境の離宮の、それも無能な皇女の個人的な嗜好をここまでドンピシャで用意できるというのか。
(……この男。まさか心が読めるの? それとも未来のビジョンが見える『予知』のギフト?)
これまでの余裕が少しずつ崩れ始める。
私はペースを取り戻すため最大の切り札を懐から取り出そうとした。
「……お気遣いありがとうございます。さて、単刀直入に申し上げますわ。私が今日持参した手土産は――」
「――ワルモンドの裏帳簿だね。素晴らしい手土産だ」
リピートお兄様がまたしても私の言葉を先回りして遮る。
そして、私がまだ懐から出してもいない羊皮紙の束を見つめ、こともなげに言い放ったのだ。
「ああ、その裏帳簿の3ページ目に載っている帝都西区にある武器密輸倉庫の件なら心配いらない。……今朝の夜明け前、すでに私の直属部隊を向かわせて制圧を完了しているからね」
「…………は?」
私は完全に絶句した。
私の『インフォメーション』でしか知り得ないはずの極秘情報。
その内容をピンポイントで言い当てたばかりか、すでに対策まで終わらせているだと?
(嘘よ。こんなの絶対にあり得ない……!)
盤面を完全に支配されるという初めての恐怖。
私は焦燥感に駆られ残された最大の武器――満タンのストック【3】にすべてを託し、頭の中で強烈なプロンプトを叩きつけた。
(『教えて、インフォメーション!』 目の前の男、リピートの『能力の正体(タネ明かし)』は何!?)
ピカッと明滅したウィンドウに、非常事態を告げる赤い警告マークが点滅する。
『【ERROR(Code:2)】!
誠に申し訳ございません。対象のギフトは【時間の理】そのものに干渉する特異点のため、解析コストが【5】必要です。
現在のお客様の最大ストック【3】では、お答えすることができません!』
「…………ッ!!」
最大ストックでも弾かれる。
この男の能力は私の検索の限界値すらも超える、神の奇跡そのものだというのか。
「どうしたんだい、プリーズ。顔色が悪いよ」
何もかも見透かしたような目で、リピートお兄様が優しく微笑む。
「君がシスタネを救い、このどうしようもない皇位継承戦を終わらせようとしてくれていることは『知っている』。……君が望むなら、戦いの後の『平穏なスローライフ』を私の名において完全に保証しよう」
彼は、私が最も欲している言葉すらも要求する前に差し出してきた。
「さあ、手を取ってくれ。……ようこそ、私たちの陣営へ。プリーズ」
差し出されたその手を取るしか、私に選択肢はなかった。
最強の同盟が結ばれた歓喜の裏で。
私は自分の手札が全く通じない底知れぬ化け物を前に、深い敗北感を味わっていた。
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