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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第14章 三年A組の答え合わせ編

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第135話 モテ期・到来! ver.2

 五時間目は、体育だった。


 種目は、サッカー。


 結果から言うと、三年A組男子の試合は、橘の独壇場だった。ドリブルで三人抜きを二回。ゴール前で無駄に髪をかき上げる余裕まであった。さすがはサッカー部のエース様である。


 ちなみに俺は、一点も取っていないが、失点にも絡んでいない。攻めても守っても、可もなく不可もなく。


 平均ど真ん中の男は、グラウンドの上でも平均ど真ん中なのだった。


「大河ー、俺、購買寄ってくわ。ハーフタイムに食うゼリー買っとくの忘れてた」


「試合、もう終わっただろ」


「心のハーフタイムだよ」


 よくわからないことを言って、橘は階段の方へ消えていった。


 ……あいつ、屋上の“大事な話”はどうしたんだ。まったく切り出してくる気配がない。


 まあいい。本人が「また今度」と言ったのだ。今度を待とう。


 俺はタオルで首元を拭きながら、ぞろぞろと校舎へ戻る流れに乗った。


 運動のあとの廊下は、少しだけ空気がぬるい。あちこちから「あー疲れた」「次なんだっけ」という声が上がって、上履きの音がぱたぱたと重なる。


 と。


 少し前を歩く、見慣れた後ろ姿が目に入った。


 澪だ。


(……あ。そうだ)


 昼休みの、あれ。


 関山さんに駐輪場の件を伝えに行ったとき、俺は用件だけ言って、さっさと戻ってきてしまった。


 別にやましいことは何もない。何もないが――あとから考えると、あの伝え方は、ちょっとだけ言葉が足りなかった気もする。


 澪はきっと気にしていない。していないだろうが――関山さんに自転車を教えることになった経緯を、ちゃんと自分の口から、話しておきたかった。


 幸い、次の授業まで、まだ時間はある。


 俺は歩幅を広げて、澪の背中を追いかけ――


「せーんぱいっ!」


 廊下に、よく通る声が響いた。


 ……この声は。


 振り向くと、案の定だった。


 明るい髪を揺らして、こちらにぱたぱたと駆け寄ってくる小柄な後輩。


 深山、陽菜。


 教科書と筆箱を胸に抱えているから、移動教室の途中らしい。


「や、やっぱり先輩だ! 後ろ姿でわかりましたよ、わたし」


「お、おう。……なんか用か」


「えー?」


 陽菜は、ぷくっと頬をふくらませて、俺をじとーっと見上げた。


「用がないと、話しかけちゃだめなんですかー?」


「い、いや、だめとは言ってないけどな……」


 だめとは言っていないが、こっちには追いかけたい背中があるのだ。


 ちらりと廊下の先を見る。澪の姿は、人波の向こうで小さくなりつつあった。


(……まずい)


 と、そこへ。


「あれー? 陽菜ちゃん、どうしたのー?」


「え、なになに?」


 陽菜と同じ移動組らしい女子が、二人、三人と寄ってきた。


 全員、上履きのラインが赤い。二年生だ。


「あっ、ほら、前に言ったでしょ? 吉野先輩!」


「えー! この人が!?」


(この人、とは)


 女子たちの視線が、値踏みするみたいに俺に集まる。心なしか、目がきらきらしている。こわい。


「陽菜ちゃん、吉野先輩と仲いいの?」


「うんっ。お兄ちゃんがお世話になってるし、あと、アルバイト先も一緒なんだよね」


 陽菜が、なぜか少し得意げに言った。


「えー、いいなー! 陽菜ちゃんって、あのコンビニでバイトしてるんだよねー」


「いーなー、あたしも入っちゃおうかなー、バイト」


「先輩って、生徒会の副会長さんですよね? このまえの全校集会で見ましたっ」


「お、おう……」


「勉強もすっごくできるって、お兄ちゃんが言ってた」


「陽菜ちゃんちのお兄ちゃん公認なんだ!」


「きゃー」


(きゃー、とは)


「ねえねえ先輩、彼女とか、いるんですかー?」


 ぶふっ。


 む、むせるところだった。


「い、いや、それは、その」


「こーら!」


 俺が答えるより早く、なぜか陽菜が両手を広げて、俺と女子たちの間に割って入った。


「そういうのは、だめですー! そういうのは……その、ちょーさちゅうなので!」


「ちょうさちゅう?」


「な、なんでもないでーす! ほら、次いくよ次!」


(お前が一番あぶないんだよ)


 た、たじたじである。


 三対一。いや、陽菜を入れて四対一。逃げ場のない包囲網の中で、俺はあいまいな愛想笑いを浮かべることしかできない。


 ……どういうわけか。


 成績が上がって、生徒会副会長なんてものになったあたりから、俺の扱いは、目に見えて変わった気がする。


 同学年はもちろん、下級生からも、だ。


 二年前――やさぐれていたころの俺は、廊下を歩けば人が避けていく側の人間だった。それが今や、廊下を歩けば後輩に呼び止められ、囲まれ、「きゃー」と言われている。


 そういえば、最近は陽菜だけじゃない。他のクラスの、名前もよく知らない生徒から、こうやって話しかけられることが、ぽつぽつある。


 ラインだって、そうだ。いつどこで交換したのかも思い出せない相手から、いきなり「勉強教えてください!」だの「生徒会って忙しいんですか?」だのとメッセージが届く。最近は。


 ああいうのは、返信に困る。困った挙げ句に既読だけつけて放置してしまい、翌日の廊下で微妙に気まずくなるところまでが、様式美である。


 ……何なのだろうか、これは。


 モテ期、というやつだろうか。


 思い出すのは、去年のバレンタインだ。下駄箱と机の中がチョコレートで埋まった、あの悪夢のような一日。あのときの俺は、心の底から「モテ期・到来」だと浮かれかけて、そして学んだのだ。


 ――ああいうのは、大半が「話題の人を見に来ている」だけなのだと。


 いや、違うな。今回のこれも、あれだ。動物園のパンダとか、駅前の顔ハメ看板とか、そういう「有名物件」の枠だ。たぶん。


 モテているのは俺ではなく、「生徒会副会長で学年三位」という肩書きのほうである。


(世の中、変われば変わるもんだな……)


 二年前、同じ廊下で避けられていた男が言うのだから、間違いない。


 人生二度目の“モテ期らしきもの”に、しみじみとそんな感想を抱いていると。


「――あ、やばっ。移動、間に合わなくなるよ!」


「ほんとだ! じゃあね先輩、失礼しましたー!」


「またバイトで会いましょうね、先輩っ!」


 嵐は、来たときと同じ速さで去っていった。


 ぱたぱたと遠ざかっていく赤いラインの上履きたち。


 廊下に残された俺は、ふう、と息を吐いて――


 思い出した。


(……澪!)


 慌てて廊下の先を見る。


 ……いない。


 人波はすっかり流れて、あの見慣れた後ろ姿は、もうどこにもなかった。


「…………」


 追いかけて教室まで行く時間は、もう、ない。


 俺は肩を落として、とぼとぼと歩き出した。


(昼の件の説明は……まあ、いいか。今日中に、どこかで)


 ……いや、よくはないのかもしれないが。


 窓の外に、目をやる。


 五時間目のあとの陽射しが、校庭の隅の駐輪場を、白く照らしていた。


 ――放課後。


 あそこで、箱入りのお嬢様に、人生初の自転車を教えることになっている。


 小説の中でしか自転車を知らない人に、いったい何から教えればいいのか。


 今朝の、ベルひとつで感動していたあの様子だと、たぶん、スタンドの外し方から教えることになる。サドルの高さも直してやらないとだし、ブレーキは右が前で左が後ろで……。


 転ばないだろうか。いや、物語では「皆さま一度は転ぶもの」らしいから、本人はむしろ転ぶ気満々なのか。それはそれで困る。


(……なんで俺、ちょっと緊張してるんだ)


 教えるのは、俺なのに。


 次の授業のチャイムが、遠くで鳴った。


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