第124話 お友達、とは
ホームルームが終わると、全校生徒はぞろぞろと体育館へ移動した。
――始業式である。
開式のことば、校長先生の長い話、校歌斉唱。
そのプログラムの中に、「生徒会長挨拶」がある。
壇上に立つのは、我らが生徒会長・霞汐乃。
「――新三年生、ならびに新二年生の諸君。進級、おめでとう。新しい一年を、諸君とともに始められることを、心から嬉しく思う」
原稿は、ない。
よどみなく、まっすぐに、体育館の隅々まで通る声。
全校生徒が、静まり返って聞き入っている。
相変わらずの、完璧な演説だった。
……いや。
完璧なだけじゃ、ない。
言葉のひとつひとつに、ちゃんと熱がこもっている。
「――高校生活は、長いようで短い。だからこそ、約束しよう。我々生徒会は、この一年を、諸君の一日一日が輝く一年にしてみせる」
この学校が好きで、この時間が好きで、残りの一年を惜しむように――あの人は、心から喋っている。
それが伝わってくるから、みんな聞き入ってしまうのだ。
完璧で、あったかい。
そういう意味でも、完璧な演説だった。
(……すごいよなぁ、ほんと)
俺は在校生の列から、壇上のあの人を見上げる。
勉強も、弓道も、生徒会も。
何でもできる、完璧超人。
だけど、俺は知っている。
あの人の完璧は、生まれつきの完璧なんかじゃない。
自分で選んで、自分で決めて、自分の足で進んできた完璧だ。
勉強が好きで、弓道が好きで、この学校が好きで。
汐乃はいつだって、自分の“好きだ”を燃料にして生きている。
……そこまで考えて、ふと。
俺の頭に、あの編入生の顔が浮かんだ。
(――関山さんには、それを感じないんだよな)
同じ、完璧なのに。
完璧なお辞儀。完璧な言葉遣い。完璧な立ち居振る舞い。
なのに、あの人からは“好きだ”が見えてこない。
まるで、誰かに作られた完璧――。
そんな気がして、ならなかった。
「――最後に、諸君にもう一人、新しい仲間を紹介したい」
汐乃の声で、我に返る。
瞬間、体育館が、ざわ、と揺れた。
「来たぞ」「例の編入生だろ」「関山……理事長の孫って、マジなのかよ」
噂は、もう全校に回っているらしい。
どこか浮き足立った空気の中、汐乃が壇の袖へ、すっと手を向けた。
「三年A組に編入した、関山八重さんだ。――関山さん、壇上へ」
こつ、こつ。
あの静かな足音が、マイクに拾われて体育館に響く。
壇上に現れた彼女は、体育館じゅうの視線を浴びてなお、眉ひとつ動かさなかった。
「――関山八重と、申します」
絹のような声が、静まり返った館内に落ちる。
「ご縁がありまして、この学び舎に加えていただくことになりました。……どうぞ皆さま、お見知りおきくださいませ」
完璧な、お辞儀。
……そして、例のごとく。
拍手のタイミングを、全校生徒が見失った。
* * *
始業式から戻った教室は、当然のように、その話題で持ちきりだった。
遠巻きに、ちらちらと窓際の席を見るクラスメイトたち。
誰も、話しかけには行けない。
……行けないのだが。
「よし。澪っち、行こ!」
「うん!」
例外が、二人いた。
大島さんと桜井さんが連れ立って、まっすぐ窓際の席へ向かっていく。
(お、おい、大丈夫か……?)
俺は自分の席から、固唾を呑んで見守った。
「関山さんだよね! あたし、大島彩花! 彩花でいーよ!」
「……桜井澪です。その……これから、よろしくね」
突撃された関山さんは、驚くでもなく、静かに二人を見上げた。
「大島さんと、桜井さん……ですのね。ご丁寧に、ありがとう存じます」
(出た、ありがとう存じます)
「ね、あたしたち、友達になろうよ!」
「…………」
関山さんが、ぴたりと止まった。
それから、小さく首をかしげる。
「……お友達、ですの?」
「そうそう! 友達!」
「…………」
長い、沈黙。
やがて彼女は、真顔のまま、静かに言った。
「お友達とは――何を、すればよろしいの?」
「「……え?」」
大島さんと桜井さんが、同時に固まった。
嫌味でも、皮肉でもない。
彼女は本当に、心の底から、分からないのだ。
「え、えっとぉ……一緒にお昼食べたり、帰ったり、遊んだり……?」
「まあ……」
関山さんは、形の良い眉を、ほんのわずかに寄せた。
「それは……何かの、ご契約ですの?」
「「けいやく……」」
ズレている。
盛大にズレている。
でも――ふと見ると、桜井さんの目から、驚きの色が消えていた。
代わりに浮かんでいたのは、どこか、放っておけないものを見るような色で。
「……ううん。契約じゃ、ないよ」
桜井さんは、ふわりと笑った。
「もっとずっと、あったかいもの。……これから、ゆっくり覚えていこ?」
……その言い方は、ずるいと思う。
かつて“夜だけの自分”しか居場所のなかった人の言葉は、静かで、優しかった。
* * *
放課後、生徒会室。
新年度、最初の会合――のはずだったのだが。
「い、いやぁ……みんなに、ちょっと、話しておきたいことが、あってね……」
そこに現れたのは、なぜか笹沼先生だった。
例のクラス編成のこと。
例の、編入生のこと。
担任として知っている限りの経緯を、先生は正直に話してくれた。
といっても、その大半は「僕にも、よくわからないんだ」だったのだが。
「ただ……ひとつだけ、確かなことが、あってね」
先生は、ハンカチで額を拭いながら、声を落とした。
「このクラス編成は……り、理事長の、直々のご意向なんだ」
「――どういうことだ、先生」
汐乃の目が、すっと細くなる。
「あの堅物の理事長が、規則を曲げてまで、一クラスを組み替えた。……その理由は」
「い、いやぁ、それがねぇ、その……」
先生は、しばらく言いよどんだあと。
観念したように、言った。
「……どうもねぇ、関山理事長は……ま、孫娘の関山さんのことを、そ、それはもう――溺愛して、おられるようで、ね……」
「「「…………溺愛」」」
生徒会室に、なんとも言えない沈黙が流れた。




