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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第13章 前途多難な新学期編

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第124話 お友達、とは

 ホームルームが終わると、全校生徒はぞろぞろと体育館へ移動した。


 ――始業式である。


 開式のことば、校長先生の長い話、校歌斉唱。


 そのプログラムの中に、「生徒会長挨拶」がある。


 壇上に立つのは、我らが生徒会長・霞汐乃。


「――新三年生、ならびに新二年生の諸君。進級、おめでとう。新しい一年を、諸君とともに始められることを、心から嬉しく思う」


 原稿は、ない。


 よどみなく、まっすぐに、体育館の隅々まで通る声。


 全校生徒が、静まり返って聞き入っている。


 相変わらずの、完璧な演説だった。


 ……いや。


 完璧なだけじゃ、ない。


 言葉のひとつひとつに、ちゃんと熱がこもっている。


「――高校生活は、長いようで短い。だからこそ、約束しよう。我々生徒会は、この一年を、諸君の一日一日が輝く一年にしてみせる」


 この学校が好きで、この時間が好きで、残りの一年を惜しむように――あの人は、心から喋っている。


 それが伝わってくるから、みんな聞き入ってしまうのだ。


 完璧で、あったかい。


 そういう意味でも、完璧な演説だった。


(……すごいよなぁ、ほんと)


 俺は在校生の列から、壇上のあの人を見上げる。


 勉強も、弓道も、生徒会も。


 何でもできる、完璧超人。


 だけど、俺は知っている。


 あの人の完璧は、生まれつきの完璧なんかじゃない。


 自分で選んで、自分で決めて、自分の足で進んできた完璧だ。


 勉強が好きで、弓道が好きで、この学校が好きで。


 汐乃はいつだって、自分の“好きだ”を燃料にして生きている。


 ……そこまで考えて、ふと。


 俺の頭に、あの編入生の顔が浮かんだ。


(――関山さんには、それを感じないんだよな)


 同じ、完璧なのに。


 完璧なお辞儀。完璧な言葉遣い。完璧な立ち居振る舞い。


 なのに、あの人からは“好きだ”が見えてこない。


 まるで、誰かに作られた完璧――。


 そんな気がして、ならなかった。


「――最後に、諸君にもう一人、新しい仲間を紹介したい」


 汐乃の声で、我に返る。


 瞬間、体育館が、ざわ、と揺れた。


「来たぞ」「例の編入生だろ」「関山……理事長の孫って、マジなのかよ」


 噂は、もう全校に回っているらしい。


 どこか浮き足立った空気の中、汐乃が壇の袖へ、すっと手を向けた。


「三年A組に編入した、関山八重さんだ。――関山さん、壇上へ」


 こつ、こつ。


 あの静かな足音が、マイクに拾われて体育館に響く。


 壇上に現れた彼女は、体育館じゅうの視線を浴びてなお、眉ひとつ動かさなかった。


「――関山八重と、申します」


 絹のような声が、静まり返った館内に落ちる。


「ご縁がありまして、この学び舎に加えていただくことになりました。……どうぞ皆さま、お見知りおきくださいませ」


 完璧な、お辞儀。


 ……そして、例のごとく。


 拍手のタイミングを、全校生徒が見失った。


 * * *


 始業式から戻った教室は、当然のように、その話題で持ちきりだった。


 遠巻きに、ちらちらと窓際の席を見るクラスメイトたち。


 誰も、話しかけには行けない。


 ……行けないのだが。


「よし。澪っち、行こ!」


「うん!」


 例外が、二人いた。


 大島さんと桜井さんが連れ立って、まっすぐ窓際の席へ向かっていく。


(お、おい、大丈夫か……?)


 俺は自分の席から、固唾を呑んで見守った。


「関山さんだよね! あたし、大島彩花! 彩花でいーよ!」


「……桜井澪です。その……これから、よろしくね」


 突撃された関山さんは、驚くでもなく、静かに二人を見上げた。


「大島さんと、桜井さん……ですのね。ご丁寧に、ありがとう存じます」


(出た、ありがとう存じます)


「ね、あたしたち、友達になろうよ!」


「…………」


 関山さんが、ぴたりと止まった。


 それから、小さく首をかしげる。


「……お友達、ですの?」


「そうそう! 友達!」


「…………」


 長い、沈黙。


 やがて彼女は、真顔のまま、静かに言った。


「お友達とは――何を、すればよろしいの?」


「「……え?」」


 大島さんと桜井さんが、同時に固まった。


 嫌味でも、皮肉でもない。


 彼女は本当に、心の底から、分からないのだ。


「え、えっとぉ……一緒にお昼食べたり、帰ったり、遊んだり……?」


「まあ……」


 関山さんは、形の良い眉を、ほんのわずかに寄せた。


「それは……何かの、ご契約ですの?」


「「けいやく……」」


 ズレている。


 盛大にズレている。


 でも――ふと見ると、桜井さんの目から、驚きの色が消えていた。


 代わりに浮かんでいたのは、どこか、放っておけないものを見るような色で。


「……ううん。契約じゃ、ないよ」


 桜井さんは、ふわりと笑った。


「もっとずっと、あったかいもの。……これから、ゆっくり覚えていこ?」


 ……その言い方は、ずるいと思う。


 かつて“夜だけの自分”しか居場所のなかった人の言葉は、静かで、優しかった。


 * * *


 放課後、生徒会室。


 新年度、最初の会合――のはずだったのだが。


「い、いやぁ……みんなに、ちょっと、話しておきたいことが、あってね……」


 そこに現れたのは、なぜか笹沼先生だった。


 例のクラス編成のこと。


 例の、編入生のこと。


 担任として知っている限りの経緯を、先生は正直に話してくれた。


 といっても、その大半は「僕にも、よくわからないんだ」だったのだが。


「ただ……ひとつだけ、確かなことが、あってね」


 先生は、ハンカチで額を拭いながら、声を落とした。


「このクラス編成は……り、理事長の、直々のご意向なんだ」


「――どういうことだ、先生」


 汐乃の目が、すっと細くなる。


「あの堅物の理事長が、規則を曲げてまで、一クラスを組み替えた。……その理由は」


「い、いやぁ、それがねぇ、その……」


 先生は、しばらく言いよどんだあと。


 観念したように、言った。


「……どうもねぇ、関山理事長は……ま、孫娘の関山さんのことを、そ、それはもう――溺愛して、おられるようで、ね……」


「「「…………溺愛」」」


 生徒会室に、なんとも言えない沈黙が流れた。


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