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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第13章 前途多難な新学期編

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第123話 お見知りおきくださいませ

「え、えー……ホームルームを、始めるよ。その前に……み、みんなに、と、とても大事な、お知らせがあるんだ」


 教壇に立った笹沼先生の、その第一声。


 ざわついていた三年A組が、一瞬で静まり返った。


 大事なお知らせ。


 このできすぎたクラスに、これ以上、まだ何かあるというのか。


 クラス中の視線を一身に受けて、先生の額にじわりと汗が浮かぶ。


「じ、実は、その……今日から、この三年A組に……へ、編入生が、来ることになったんだ」


「「「はぁ!?」」」


 教室が、どっと沸いた。


「編入って、三年でか?」「聞いたことねーぞ、そんなの」「受験の年だよ?」


 口々に飛び交う声。


 ……そうだ。


 俺たちはもう、最終学年。


 こんな時期に編入なんて、普通はありえない。


(――あの空席。そういうことだったのか)


 窓際の、一番後ろ。


 ぽつんと空いていた、あの席。


「し、静かに! 静かにして!」


 先生はハンカチで額を拭うと、震える声で続けた。


「く、くれぐれも、みんな、そ、粗相のないように……あっ、いや、ちがっ……ふ、普通に! 普通に、仲良くしてあげてね!」


(……いま、粗相って言いかけたぞ、この先生)


 仲良く「してあげて」、でもない気がする。


 その言い直しが、逆に不穏である。


「そ、それでは……ど、どうぞ!」


 先生が、教室の前の扉に向かって、うわずった声をかけた。


 がら、と扉が開く。


 ――こつ、こつ。


 静かな足音とともに、その人は入ってきた。


 瞬間、教室の空気が変わったのが、はっきりと分かった。


 背筋のまっすぐ伸びた、細い立ち姿。


 腰まで流れる、艶のある黒髪。


 感情の読めない、静かな瞳。


 まるで、よくできた日本人形がそのまま歩き出したような――そんな少女だった。


 彼女は教壇の中央まで進むと、俺たちのほうへ静かに向き直り、一礼した。


 指の先まで神経の通った、完璧なお辞儀。


 顔を上げると、鈴を転がすような声で言った。


「――関山八重と、申します」


(関山……?)


 どこかで聞いた名字だ、と思った。


 いや、聞いたどころじゃない。


 この学園の正門の脇、創立記念の石碑に、でかでかと刻まれている名字である。


「ご縁がありまして、本日より、こちらのクラスで学ばせていただくことになりました」


 よどみのない、絹のような声。


 けれどその表情は――笑っているようで、笑っていない。


「わたくし、学校というものに通いますのは、生まれて初めてですの」


「「「……え?」」」


 教室が、ふたたび固まった。


 初めて?


 学校が?


 この、受験を控えた高三の春に?


「ですから、ご迷惑をおかけすることも、多々あるかと存じます。……どうぞ皆さま、お見知りおきくださいませ」


 そう言って、彼女はもう一度、深く美しい礼をした。


 ……。


 …………。


 ――誰も、何も言えなかった。


 拍手のタイミングを、全員が見失っていた。


 教室に流れる、なんとも言えない沈黙。


 それを破ったのは、大島さんの、小さな小さな呟きだった。


「……なにあの子、お人形さんみたいにきれい……」


「……なあ、関山って、理事長と同じ名字じゃね?」


「まさか。偶然だろ……偶然だよな?」


 ひそひそと、さざ波のように広がっていく声。


 当の本人はといえば、表情ひとつ変えず、笹沼先生に「わたくしの席は、どちらでしょう」と静かに尋ねている。


「あっ、う、うん! か、関山さんの席は、あそこの、窓際の一番後ろだよ」


「まあ。……陽当たりの良いお席ですのね。ありがとう存じます」


(あ、ありがとう存じます……?)


 聞いたことのない丁寧語を残して、彼女はしずしずと教室を横切っていく。


 こつ、こつ、という足音だけが、静まり返った教室にやけに大きく響いた。


 ――かくして、窓際の一番後ろの空席は、その主を迎えた。


 誰もが横目でそれを追いながら、誰ひとり、声をかけられない。


(す、すごいのが来たな……)


 ちらりと右前の席を見ると、桜井さんも目を丸くしたまま固まっていた。


 ……あの桜井さんが、だ。


 高台の豪邸に住む、正真正銘のお嬢様が――「格が違う」という顔をしていた。


 そして、窓際の最前列。


 汐乃だけが、探るような細い目で、じっと彼女を見つめていた。


「……関山、八重」


 小さく落とされたその呟きが、なぜだか妙に、耳に残った。


 三年A組、四十人目の生徒。


 俺たちの“てんやわんや”な一年に、とんでもない一枚が加わった瞬間だった。


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