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魔界の平和は彼らによって  作者: ダイアのナイン
第1章 皇国遠征編
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Chap1 ep14-快晴、視界に広がる

 狐と大鎌使いは互いを見つめ合う。飛び掛かる狐を石突きで弾き返し、大鎌を水平に薙ぎ払った。首元を掠めたものの、致命傷には届く気配もない。


 狐は右側面に入り込む。そして相手の軸となっている右脚に牙を突き立てた。目一杯吸い込んだ外気により体内は燃え盛る。魔力を混ぜた紫炎が振り払おうとする大鎌使いの右脚を炙った。


「ぐがああ"あぁ」


 突然の叫びに、後方の3班分隊が視線を送る。草原が赤紫に染められ、目の前には複数の魔物が立ちはだかる状況で、援護に回るのは難しい。しかし草原へ突き飛ばされた剣士は例外である。


「あんたも随分と無謀なことをしてくれるぜ」


 誰にも聞こえぬ言葉を呟いてから、腰を上げ大地を踏みしめる。魔術の適正が飛び抜けて低い剣士は、剣術だけは自身があった。仲間にも恵まれ、1年にも満たない間柄ではあるが、恋仲の魔術師もいた。地面を蹴り上げ、悶絶する大鎌使いの右後方から隙間を縫って剣を突き入れる。


 狐は視界の左端をちらつく対象を捉えていた。勿論、それが仲間ではないことも、自分に向けて剣を突き入れようと試みていることもわかっている。剣で左腹部を突き刺されるが、剣士など見向きもしない。


「おい、どう"して、余計な、ああ"あ」


 大鎌使いの忠告も虚しく、剣を伝った紫炎が剣士を飲み込んだ。驚愕と苦痛が齎す呻き声と共に赤紫に染まった人影が揺らめく。


「ううう"ぅ!?」


 これも狐の思惑通りであった。目の前で同胞を焼殺すれば、判断力が鈍る。それに加えて自身の脚も焦失しようとしているとなれば、まともに戦闘を続けられるわけがない。人族の特性を理解した、実に戦術的なやり方である。実際にこの方法でどれだけの皇国軍部隊を壊滅させてきたことか。絶望の奈落へ突き落とされる表情は如何なる物かと、狐は眼前の大鎌使いを見上げる。


 しかし、求めていた反応は得られない。絶望というよりは、ただただ痛みを堪えているだけのよう見えた。機嫌を損ねた狐は牙を打ち鳴らしながら、それぞれの尾に紫炎を纏わせる。


 必死の抵抗が功を奏し、大鎌使いの右脚は大火傷で済んだ。眼前で灯る赤紫の明かりを、力任せの薙ぎ払いで相殺する。手は熱気でひりつき、度重なる生命の危機を身体中が訴えていた。大鎌の峰を地面に沿わせ、狐の胴下へ潜り込ませる。そのまま振り上げれば縦に両断、とまではいかなくとも大傷を負わせる算段であった。


 狐からしてみればその対処は実に容易である。入り込んだ大鎌を振り上げる前に柄を燃やせば良い。幸いにも向こうから接近をしてくれるのだから、遠慮なく飛びつくだけである。


 剣を伝う炎が脳裏に浮かんだ大鎌使いは早急に刃の進路を変更した。左に重心を掛け、狐を避けつつ右腕と左腕を交差させることで右脚2本を奪う。


「お互い様、だろ?」


 右に大きく傾き体勢が崩れた狐を見下ろし、恨みの言葉を吐いた。そのまま、地に付いた頭を貫けば全てが終わる。はずだった。しかし狐から溢れ出る膨大な量の魔力に、大鎌使いは退く。


 黄金の体毛が互いを研磨するように擦り合わせられ、輝きが増していく。やがて光を放つようになり、元の形を視認できなくなった。ただの目眩しではない。白い輝きは赤紫に変色し、全身を紫炎で覆った狐が現れた。


 後退し間合いを取ろうとする大鎌使いとの距離を詰め続け、牙、爪、当て身とひたすらに攻め続ける。今や大鎌を雑に振り回しているだけに過ぎず、序盤に見せた鋭い一撃は姿を消している。


 周囲に立ち込めるどんよりとした熱気が集中力を削ぐ。余計な思考が格段に増え、蓄積させ続けた疲労感も、無視できないほどに膨れ上がっていた。もはや攻勢の択は残されていない。防衛本能に従い、深刻な致命傷を避けるのみ。その命綱ですら危うい。防ぎ漏れた狐の爪に左手の甲を掻かれる。右脚を噛まれた時とは比較にならない痛みに襲われた。振り翳した大鎌は狐の頭を捉えるが、僅かに炎の勢いが衰えるだけで、その勢いも直ぐ元通りに強まる。今まで幾度となく手に伝わってきた斬り裂く感触も無いに等しかった。


「ふううぅぅっ」


 どれだけ外気を取り込もうが、入ってくるのはほとんどが熱せられた煙である。熱気が往復する肺はオーバーヒートを起こし、限界を迎えていた。何度も刃を掛け、先で貫いた。それでも素振りをしている感覚でしか返答がない。大鎌を放り捨て、四肢を投げ出す。


「はは。無理じゃないかこんなの」


 最後は自然と笑いがこみ上げてきた。空を見上げると、雲一つない快晴が広がっている。草原を彩った炎も鎮まり返っていた。


「これが最期の景色。悪くはないな」


 視界を満たす薄暗い青空の端から暗黒が浸食し始める。満足したラドエフは乾ききった瞳を潤すこともなく瞼を閉ざした。


♦ウグィス城、御殿


「やはり、元凶は例の湖だったようで」


 そう広くない一室に10人の護衛兵、報告に上がった老将、ウグィス皇帝が詰め込まれている。


「ミヤモト殿、ご苦労であった」


「ありがたいお言葉。これも魔界パトローラーの皆様方のおかげでございます」


 皇帝モリトモ・トヨシマは顔を曇らせる。


「例の武装集団のことか? 厳重に監視をしておくよう言った筈だが」


 モリトモは内政において素晴らしい手腕を持っていた。しかし外交に関する役職が存在しないウグィスでは、貿易商が大陸の情報を齎す役を担っている。トヨシマ家は代々、その貿易商に頼り切っていたこともあり、盲信とも言える程の信頼を置いていた。一部の船乗りや大国の商人から得た情報が貿易商を介して伝えられるのだから、偏っていたり正確性に欠けていたりするのは当然である。


 現皇帝も例に漏れず、国外の知識のほとんどが貿易商から聴取で構成されていた。故にパトローラーに対して良く思わず、要請にも最後まで反対を貫き、連隊長との会談も拒否している。


「陛下、実際に会話を交えた私だからこそ彼らの誠実さがわかります。今も最前線で戦い続けて下さっているのです。どうかそのような呼称はお控えください」


「ふん、所詮は面を被った蛮族に過ぎない。直にわかることだ」


 皇帝トヨシマの考えは変わらなかった。それでも老将ミヤモトは根強く支持する。


「我が国の平和は彼らによって齎されるのです」

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