オイルタンカー 第十三話 甲板上で
気がつけばクリスマスが目前です。その後は正月に新年。信じられませんよね。
13
真壁の目の前には、VLCC、超大型原油運搬船の甲板が、延々と先へと続いている。
甲板は、広くて、大きくて。そして、殺風景だ。
でもべつに、なにもないわけではない。
甲板の中央あたりには、いくつもの管が並んだパイプラインが設けられている。その太いパイプの列がこちらにむかって延々と伸びている。
パイプは。貨物荷役用パイプ、洗浄用高圧海水パイプ、電気配管用パイプなど。用途に応じた各種の配管が、他のパイプといっしょに甲板上を伸びていって。
それがそれぞれ、途中途中で甲板から船内へと入っている。
さらには。クレーン、ワイヤーを巻きつけたドラム、ウインチなどの。タンカーの装備品が、甲板にある。
でも本来は大きいはずの装備品の数々が、真壁の位置からは小さく見える。
つまりは、それだけ、甲板が広いのである。
タンカーの甲板だが。長さは、おおよそ330メートルあまり。幅は60メートルあまり。
面積にすると、後楽園球場の1、5倍の広さになる。
数字だけでは、広さを実感できないと思うので。比較の対象として、世界最大のアメリカ海軍の空母をあげるべきだろう。
空母の飛行甲板の長さは335、6メートルある。真壁がいるタンカーの甲板は、つまりはその世界最大の空母なみにデカイのである。
真壁はふりかえって、ブリッジから歩いてきて、もう百メートル以上は離れたのを知る。
それじゃそろそろ、このあたりから調べてみよう、と。真壁は甲板を今度は横に歩き出す。
これだけ離れれば、ブリッジからこちらを見下ろしても、甲板にいるのが真壁だ、と特定はされないはずだ。
とはいえ、調べ始めてすぐに。じつはやる前からなんとなくわかっていたことだが。真壁は音をあげそうになる。
ペンキを塗られた金属製の大地は途方もなく広くてきりがなく、どこまで調べたらいいのやら、さっぱり見当がつかなかったからだ。
見落としがないように、あちこちを歩き回って見ていくが。甲板上に爆発物は発見できない。
それならば 爆発物は、船のなかにあることになる。
真壁は、立っている自分の足もとを見る。
この甲板の分厚い金属の下には、カーゴタンクという大量の原油をおさめた超巨大なタンクがある。
VLCCでは、船倉に収納されているカーゴタンクのタンクの数は、全部で17個になる。
つまりは、巨大タンカーの内部は。ひとつの巨大な収納容器ではなくて。隔壁で仕切った区画ごとに、それぞれ油を分割しておさめる構造になっているのだ。
17個あるタンクだが。次のように配置されている。
船を上から見て、縦に2つから3つの区画に隔壁で仕切られたタンクがある。縦に仕切られたタンクを、さらに横方向に分割していく。こうして全部で17個のタンクが船内に設けられる。
なんでこのようにするのかといえば、それは安全対策のためだ。
タンカーがなにかにぶつかって船腹に穴があくような事故が起きたとする。タンクがひとつだと、そこから船内にある原油がすべて外に漏れてしまう。
ひとつのタンクの外壁が破れても。残りのタンクが無事であれば。原油の流出事故の規模は、それだけ小さく済ませられる。
また原油が破れた穴から漏れて、船体のバランスがくずれるような事態になっても。
油を17個ある各タンクに分割して保管しておけば、急激な積み荷の重量の変化で転覆するようなことにはならない。
意外かも知れないが、こうやって船内に隔壁を多く設けた構造をしているせいで。タンカーは簡単には沈没しないようになっている。
ヘタをすると、タンカーは軍艦並に浸水しにくい耐久性があるのだ。
「……つまりは、VLCCの船体を爆破して大規模な原油流出を起こそうとしたら。船に仕掛ける爆弾は1個じゃ足らない、ってことだ。
タンカーから大量の原油を流出させようと思ったら。各タンクの隔壁を壊すために、最低でも17個か。それ以上の爆弾がいる。
ついでにいえば。外側から先にタンクを壊していかないと。内側の隔壁だけしか壊せずに海への流出を起こせない。
となればだ。それを実行するために。メイリンたちは、船のどこに爆弾を仕掛けたんだ……?」
真壁は、自問自答をしながら、広い甲板の上を、ウロウロと歩いて調べていく。
タンカーの構造は、客船や商船とは異なる。
船のかたちをしているが。そこにあるのは。
大量の原油を満たすための17個の巨大タンクと。
その原油を出し入れするために各タンクにつなげてある配管と。
原油の出し入れに使ういくつもある強力なポンプと、エンジンやボイラー、蒸気タービン、等々、になる。
(ポンプや蒸気タービンは、エンジンがある船尾の機関区に設置されているので)
真壁がいまいる足もとならば。原油を満たしたタンクと、それにつながる無数の配管があることになる。
だから真壁は、爆弾は、タンクや配管をチェックしたり修理用に使う連絡用の通路がどこかにあるんじゃないか。と考えて。そのための出入口をさがして、甲板上を歩き回った。
だがけっきょく、そうしたものは発見できなかった。
あきらめかけたそのときに、甲板上にポツンとある、円筒状の小さな構造物に気が付いた。
真壁は、それに近づく。
円筒状の構造物の上部には、ハンドルが上に付いた、やたらと頑丈そうな丸い上蓋が取り付けられている、
その構造物をあけるには。上蓋の上にあるハンドルを回して、ロックを解いてから。
力を込めて、蓋を上に持ち上げて。
ヒンジ部分を支点に、蓋を開放しなければならない、ようだ。
近づいてみてわかったが、それはまるで潜水艦の艦橋にあるハッチそっくりだった。
サイズもちょうど、人一人がくぐり抜けられる大きさをしている。
真壁は知らなかったが。それはカーゴタンクとつながっている、甲板の上にある、貨物油タンクの連絡用のハッチだった。
このハッチは、甲板の下にある、それぞれ17個のタンクの洗浄や修理の際に使われる。
原油にはタールなどの不純物が大量に含まれている。そのせいで原油の運搬をすると、タンク内にその不純物がこびりついて残る。
そこで、定期的にタンク内の洗浄を行う必要が生じる。
そのために人が出入りするための出入口がつくってあるのだ。
洗浄方法は、ポンプで海水かまたは温海水をタンク内部に噴射することで、タンク内部に粘着している油分を洗い落とす。
または人力で、タンク内に付着したタールの塊をこそげとる。
それをやった人の手記を読むと。大荷物を背負って真っ暗で巨大な閉鎖空間に降りて行き、そこで作業をしなければならないので。恐くて大変で二度と御免だ、と感想が記されていた。
問題の連絡用のハッチだが、完全には閉鎖されていなかった。誰かがハンドルを回して、なかば開放された状態になっていた。
ハッチに近づいてなかを見下ろした真壁は、そこにさがしていたものを発見した。
隠してあると思っていたのに、むき出しで置いてあるので。真壁はとっさに、もしかするとこれは自分をひっかけるためのワナじゃないか、と疑ったくらいだ。
連絡用のハッチには、下に降りるためのハシゴが設けてある。
そのハシゴに、2個の爆発物が。下に落ちないように縛り付けて固定してある。
メイリンたちが、複数のバッグにつめて持ち込んで。タンカーの各所に設置したのは。じつにオーソドックスなタイプの爆弾だった。
TNT火薬だろう。厚紙で梱包してある細長いブロック状の爆薬が、10個ばかり、ひとつにまとめてテープで縛って。電気式の雷管らしい発火装置が、そのかたまりにひとつずつ刺してある。
その10の発火装置から伸びた電気コードは、爆薬の束の横にある小型の無線機につながっていて。その無線機は、いっしょに固定してある、なにかの電子装置に接続してある。
ブリッジにいるメイリンが無線式の爆破スイッチを押せば、発信された電波を感知した無線機が、制御装置とつながっている各発火装置を点火させる。
電気式の雷管に電流が流れて爆発すると、それが起爆衝撃となって大量のTNT火薬のブロックをいっせいに爆発させる。そういう仕組みの爆弾だった。
この爆弾の解除の方法は、簡単だ。
爆薬に刺してある雷管を外せばいい。それだけでいい。
TNT火薬は砲弾にも使用される軍用火薬だが。軍用以外のも多用される理由は、起爆の条件として一定速度以上の衝撃をあたえなければ、常に安定していて爆発しにくいからだ。
雷管をはずしてしまえば。あとはもう火にくべようが。踏みつけようが。この爆発物は爆発しないのだ。
爆弾の束は、2個ある。
とりあえずは、手近にある1つ目の爆弾の発火装置をひとつずつ外して、爆発しないようにする。
それが終わったら。奥にあるもう1つを調べてみよう。と真壁は身を乗りだして、そちらに手を伸ばす。
爆弾に触れようとした、その手が途中でとまる。
無線機と電子装置のとなりにいっしょに取り付けてあるのは。最近では見かけなくなった、古いタイプの低機能のCCDカメラを使った、警備や監視用の無線式の発信装置だった。
その監視用のカメラのレンズは、ハッチの出入口に。つまりは自分のいる方向にむけて取り付けてある。
よく見れば、発信装置から伸びたアンテナ線が、半分だけひらいていたハッチの外まで出ていて、上蓋にしっかりと結び付けられている。
ハッチに身体を入れて、爆弾を取ろう、とする真壁の姿を感知したのだろう。
発信装置のセンサーが働き始めて、装置の発光ダイオードが点滅を始める。
真壁はあわててハッチから身を抜き出すと、カメラの視界に入らないハッチのかげに身を隠す。
真壁は、額の汗を拭い。こう自身に言いきかせる。
「そういうことか。ブリッジにいる連中が、持ち込んだ受信装置側のノートパソコンかなにかで、爆弾から送られてくる映像をチェックしているんだ。
こいつだけじゃない。このタンカーの、ほかのタンクのハッチにも、ああやってカメラ付きの爆弾が複数設置してあるんだろう。
誰かが爆弾を解除しようとしているのを見付けたら、無線式の起爆スイッチを押す。そういうわけだ。
これじゃメイリンたちに気付かれないように、こっそりと仕掛けてある爆弾すべてを解除するのは無理だ。
爆弾を除去するためにはまず、無線電波の送受信をできないようにする、電波妨害装置を調達しないとならない。
しかし、マズイことになった。ブリッジにいるメイリンたちに、仕掛けた爆弾を解除しようとするおれの姿を見られた。
まさかこれがきっかけで爆弾を爆発させないとは思うが……。もしかすると、よけいなことをしているおれを排除するために海賊たちを甲板に出してくるかも……」
真壁は、貨物油タンクのハッチのそばで。爆弾に付けられたカメラの視界に入らないように身を隠したままで。タンカーの後部にある船橋のブリッジをふりかえって眺める。
そこにいるメイリンが、いまもまさに。甲板にいる自分を見下ろし指さして。いますぐにあいつをつかまえろ、抵抗したら息の音をとめてもいい、とまわりの連中に命令している様子を想像して、真壁は再び額の汗を拭う。
だがそのとき、ブリッジにいるメイリンたちは。あいにくと。爆弾を解除しようとする真壁の行動に注目している余裕はなかった。
なぜなら、30名以上はいる海賊たちが、ブリッジにまで押しかけてくると。いますぐにマラッカ海峡の封鎖を解け、と訴え始めたからだ。
メイリンたちは、彼らを説得しなければならなくなった。
ブリッジの外の廊下や、階段の踊り場にまで集まって、こちらをジッと注視している海賊たちを。メイリンは、見渡すと。
彼らの言葉で、落ち着くように、と言いきかせて、話を始める。
「君たちの不満の原因はわかっている。原油を転売して受け取るはずだったカネが危うくなったのではないか。と心配しているのだろう?
たしかにいまの我々の状態は。高額の報酬を受け取るどころか、いつ自分が逮捕されるか、と危惧するようなものだ。
つかまったら、刑務所送りだ。だれだってそんな目には会いたくはない。私だって同じだ。
でも私は逮捕されるつもりはない。それどころか、この苦境から巧みに逃げおおせるつもりでいる。もちろん君たちも同じだ。分け前の大金を手に入れて、いっしょに逃げ切ろうじゃないか。私は、ちゃんとそのための手はずを整えてある。
それに。警官たちに囲まれているが。私たちはいまあの連中を脅せる立場にあるんだ。
シンガポール、マレーシア、インドネシアの警察や軍隊、政治家も、いまの私たちが出す要求を断るわけにはいかない。
あのアメリカ政府だって、私たちには逆らえない。そんな真似をしたら、世界の海上貿易が打撃を受ける。つまりは自分の国にも大きな被害が生じる結果となる。その混乱のせいで失われる天文学的な損失額とくらべれば、私たちの要求を呑んだ方が遥かに安上がりだ。
その事実に、彼らもすぐに気付くだろう。
彼らはきっと、私たちが要求する額を支払うことになるだろう。
タンカーから盗んだ石油を売って儲けたのが、ほんのハシタ金に思えるくらいに物凄い額の大金が手に入るはずだ。
おびえているのだろう。不安になっていると思う。そんなにうまくいくものか、と私を信じられずにいるはずだ。でもあと少しだ。もう少しですべてがうまくいく。だからどうか私を信じて。いっしょに戦ってくれないか」
メイリンが集まった海賊たちにむけて語った説得の文句は、聞き手に内容を信じさせるだけの強い熱意が込められていた。
黙ってその話をきいていた海賊の男たちだったが。納得して同意するかわりに。きびしい表情と、押し殺した口調で、次のように問いかける。
「教えてもらえないか? あなたはこのあと、どうするつもりなんだ? まさか本当にタンカーを爆発するつもりなのか?」
「もしもそんな真似をしたら、海峡の沿岸に暮らしている住人たちはどうなるんだ? いや、この海峡を利用している東南アジアの国々の大勢の連中は?」
てっきり受け取る報酬について尋ねられると思っていたメイリンは。海賊の男たちが、それだけはきいておかねばならない、という切迫した態度で意外な質問してきたのに驚いた。
メイリンは少し考えてから、悲しそうな態度を装い、このように彼らに返答する。
「なにごとにも犠牲はつきものだ。被害が大きいからこそ、私たちの行動はその効果を発揮するし。要求を相手に飲ませることができる。
私たちが大金を手にして首尾よく逃げおおせるためには。マラッカ海峡の沿岸国に大きな被害が出て、未曾有の混乱状態が生まれることが必要なんだ。
彼らの犠牲があってこそ、私たちは望むものを手に入れることができる。これでわかってくれたかな?」
メイリンの説明をきいて、海賊の男たちはたがいに顔を見合わせる。
真壁からきかされていて、そう答えた場合の対応も皆であらかじめ考えていたのだろう。
先頭の男が、メイリンにむかって、このようにかえす。
「海峡を使えなくするなんて、そんなことをしちゃいけない。それはダメだ。
会ったこともない、これから一生関わらないだろう、他の国の奴らがどうなろうと知ったこっちゃない。
でも故郷にいる、顔を知っている連中が、おれたちがやったことが原因で悲惨な思いをすることは、あっちゃいけない。
ここが使えなくなったら、おれたちの国で暮らしている仲間たちが困ることになる。
あいつらに石油も日常用品も手に入れられない生活をさせるわけにはいかない。
もうこれ以上はあんたたちに手は貸せない。おれたちは、故郷の家族を養うために海賊をやっているんだ。あいつらを不幸にはできない」
海賊の男が語る、苦渋に満ちた決断をきいて。メイリンは怒ったり驚いたりするよりも。妙に落ち着いた態度で、彼らに問い返す。
「それで? 私たちといっしょに戦えないというなら、君たちはどうするんだね?」
先頭にいた一人だけではない。海賊たちは持ってきた蛮刀やナイフを取り出すと。ブリッジにいる自動小銃をかまえた覆面姿の6名にむかって、問答無用でいっせいに襲いかかる。




