オイルタンカー 第十二話 現状報告
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メイリンたちによる、オイルタンカーを使ったテロは。我が国だけではなく、東南アジアの各国に、海峡を封鎖しただけではすまない、深刻な事態をもたらした。
メイリンたちが乗っ取った、原油を満載していて、爆発物を仕掛けたタンカー。これがマラッカ海峡の西側の出入口にいるかぎりは、商船も、タンカーも、海峡を通過できない。
インドネシア、フィリピン、ベトナム、ラオス、カンボジア、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、タイ、ミャンマー、東ティモールといった、国々は。海上輸送に使っていた、マラッカ海峡を通過する従来のコースを中止して。
その代替に、ロンボク海峡、スンダ海峡を使う航路を選択しなければならなくなった。
つまりは。従来の運輸計画、航行スケジュールを取りやめて、変更しなければならなくなった。
これにより、この海域での船舶の交通量が増加して事故が起きる問題と。遠回りのコースを使うことで、燃料費が増加する問題が起きた。
たとえば、VLCCが我が国と中東とのあいだを行き来する際に。マラッカ海峡ではなくて、スンダ海峡を通る場合には。
一隻につき1、5日の余計な日数と。プラスで9百キロの距離が必要になる。その距離を行く分の燃料費が一千百万円余計にかかる。
ロンボク海峡を経由すると。余計に3日の日数と。プラスで千七百キロの遠回りのコースになってしまい。燃料費も余計に一千三百万円がかかる計算になる。
ただしこれは、遠回りのコースを問題なく行き来できた場合の試算になる。
マラッカ海峡が封鎖されたことで船舶の流れがそちらに変更されて生じる、海上での混乱は、要素に含めていない。
従来に使っていた最短コースが使えなくなれば、輸入したり輸出していた燃料や食料や、そのほかすべての物流に、多大な混乱が生じる。
海峡の閉鎖によって。東南アジアの各国と、その国々と取引をしていた相手国には。従来の貿易の計画の見直しと。それに伴う、文字通り国家の危機が訪れた。
アジアの各国にとって、マラッカ海峡を航行不能にしているこの問題を早急に解決することが、なによりの急務となったのである。
真壁は船橋を降りて、自動小銃をたずさえたメイリンの仲間の一人に、ブリッジの下にある海賊たちが使っている船室にまで連れて行かれた。
そして。ここで大人しくしていろ、よけいなことをするな、と言い渡されて、手近にいた海賊を見張りにつけられた。
こいつを監禁しておけ、と命じられた海賊は、言われたとおりに真壁を船室にまで連れて行くと。部屋に入れ、とカタコトの言葉で命じた。
真壁が部屋に入ると、驚いたことに船室にはすでに十数人の海賊たちが集まっていた。
十数人いる海賊たちが皆一様に難しい顔で押し黙っていて、入ってきた自分のことをジッと注視するのを見て。真壁は。まさかまたクビをはねられたり、海に落とされたりするんだろうか、と不安な気持ちで彼らを見返す。
海賊たちのなかにいた、真壁と親しくしていた、言葉が通じる海賊が、真壁にむかって問いかけてくる。
「いったい、これからなにが始まるんだ? どうしたらいいんだ?」
問われた真壁は、集まった海賊たちを一渡り眺めてから。彼らに、現状について説明を始める。
「このタンカーは、いまや東南アジアにある各国と、その国々と関係ある多くの国から。
できるだけ早く排除してしまいたい、迷惑でやっかいな障害物、になったんだ。
この障害物があるかぎりは。マラッカ海峡は使えないし、アジア方面の海上貿易は滞ってしまう。
きっと。各国の政府関係者たちは、頭を悩ませているはずだ。
排除しようとタンカーを攻撃すれば、タンカーが壊れて海に原油が流出して大惨事になる。
かといって、犯人がいるタンカーのブリッジだけをミサイルで狙い撃ちにしても、ブリッジ以外の場所にいたテロの犯人が爆破スイッチを押すかもしれない。そのせいでタンカーが壊れてしまえば、どちらにせよ大惨事だ。
だからそうならずに済む、なにかいい解決方法を、必死になって考え出そうとしている、だろうね」
真壁の話をきいて、言葉がわかる、親しい海賊の男は、かぶりを振ってから、こうかえす。
「そうじゃない。おれたちが知りたいのは、そういうことじゃねぇんだ……。
タンカーのブリッジにいるあいつらは、いったいなにがしたいんだ?
おれたちは盗んだ石油を売ってカネにする、と言われてついてきたのに。あいつらは、なんだか大変なことを始めちまった。
スピーカを使った、あいつらのさっきの呼びかけからすると。まるでタンカーを爆破してこの海峡を使えなくするみたいな言い草だった。
これじゃハナシが違う。なあ。このタンカーを爆破するとか、あれは本当じゃないよな? そんなことをしたら、せっかくの石油が。カネに変えるはずだった、おれたちの石油が、海に流されちまう。そんな真似はしないよな?」
真壁は海賊の男の話をきいて、ここにいる彼らが自分たちがおかれている状況をまだ理解できておらず。混乱して不安になっているのだ、と気付いた。
真壁は海賊の男に、こうかえす。
「それじゃすまないだろうね。もっと大事になる。
タンカーから流出した30万トンの原油に火がついたら、それを消しとめる方法を見付ける方法をさがすほうが難しくなる。
いいかい? 映画みたいに、火がついて船全体に火がまわって、爆発して終わり、じゃないんだ。
燃料が残っているかぎり、火は燃え続ける。
33万トンの原油のうちで、そのなかに含まれている燃える成分が尽きるまで、火災はずっと続く。
タンカーの火災が大きくなれば、消防艇が消火剤を噴射して鎮火する程度じゃおさめられない。それくらいじゃ、手に負えなくなる。
(1967年に起きた原油タンカーの座礁事故では、流出した11万9千トンの原油に火がついて12日間も燃え続けた。鎮火を試みたが、けっきょく手がつけられなくなり、最後は爆撃して船を沈没させるより方法がなくなった)
燃え続けるタンカーは、それ自体が脅威となる。
マラッカ海峡のように風が強くて潮流の動きが激しい場所では。流出した原油がそれに乗って移動する。そうなれば、湾岸に停泊したほかの船や陸上にある施設まで巻き込む可能性が高い。
しかも、移動するのは流出した原油だけじゃない。火災を起こし爆発を続けるタンカーが陸地に近づけば、その付近の沿岸地帯では二次災害が起きる。燃え続けるタンカーが移動を続ければ、被害はそれだけ拡大する。
シンガポールには石油の備蓄基地があったはずだ。あれはタンカーのように動かしようがないから、そこまで火災が広がったらもう手がつけられなくなる。そうなったら、終わりだね」
シンガポールはアジアの海上貿易のハブ港として有名だが、同時に現在では大規模な製油施設を備えた石油の備蓄基地としても機能している。
シンガポールは自国の工業の発展のために、シンガポールの南西部にあった7つの島を埋め立てて、ジュロン島という人工島をつくりだした。
そのジュロン島を。石油タンクや製油所、さらには製油した石油を使った石油製品の生産工場が並ぶ、一大製造拠点として稼動させている。
ジュロン島の石油精製量は、1日あたり130万バレルにも達し、原油から分離したガソリン、灯油、ジェット燃料を国外にも販売している。
BASF社、エクソンモービル社、ランクセス社、三井化学、シェル社、住友化学など、世界の企業が拠点を置き。島ごとひとつの統合型複合基地として、各国に石油や石油製品を売っている。
「……」
真壁の説明が正しく伝わったのかどうかはわからないが。それでも集まった海賊たちは、顔を見合わせると、いま知った事実を驚きの表情でたがいに確認しあっていた。
石油火災の二次災害については、次のような例がある。
東日本大地震のときには、気仙沼湾の4か所で大規模火災が発生しているが。これは津波で湾岸の先にあった石油タンクが破壊されて、漏出した石油に火がついて市街地に入り。大規模火災を発生させたからだ、と考えられている。
(震災の日の夕方に、気仙沼市街地から撮影されたテレビやウェッブ画像には、湾上を火のついた石油が漂流している様子が映っている)
この油火災で、湾内にあった多くの船舶が焼損してしまい、市内にあった主要産業であった造船業や水産業の施設は壊滅的なダメージを受けた。
またこの大地震では、千葉県市原市にあった製油所の事故で、LBGタンク17基が爆発して、それを沈火するまで10日という日数がかかっている。
真壁の説明をきいた海賊たちは、深刻な顔つきで身を寄せあうと、真壁にはわからない言葉でなにごとか話し合いを始める。
それから、いまの話をほかの仲間たちに伝えるためだろう。真壁を部屋に残して、ゾロゾロと船室から出ていく。
見張りもいなくなってしまった船室に一人残された真壁は。立ち去る海賊たちの一団を見送ると。彼らがもどってこないのを確かめてから、ベッドに寝転がって、内腿にテープで貼り付けて隠しておいた衛星電話を取り出す。
電源を入れて、窓の近くで電波の受信状態を確かめてから、真壁はヒロと連絡をとるために、通信衛星を使った回線が接続されるのを待つ。
携帯電話の基地局もない海上で、無線の電波を送受信する場合は。
一般的には電波を頭上にむかって飛ばして。通信衛星を介すことで。地上側と、やりとりを行う。
私たちの頭上高くを飛んでいる、インマルサット。つまりは国際海事衛星機構の通信衛星を使った移動体通信の回線に端末を接続する方法だ。
真壁は、マラッカ海峡から遠く離れた国にいるヒロのもとに音声通信の連絡をとって、現状を報告する。
ブリッジでのメイリンとのやりとりを真壁が話してきかせると、ヒロは不承不承だが、真壁の意見に同意をした。
修正。
「うーむ。たしかに。今回のテロで共和国が受けるダメージは、わが国と同様か、それ以上になるのだから。マラッカ海峡を使えなくするなんて馬鹿なことをするわけがない、ということなる……」
「そうだろ? その通りなんだよ! おれも、メイリンがなにかたくらんでいるのはわかっていた。でもそんなことをやったりしたら、共和国を弱体化させることになる。だからあえて、可能性として排除をしたってのに……!」
「あたしの気のせいかもしれないけど。真壁は、メイリンに出し抜かれたことを悔しがっているようなんだけど? 貴重な現状報告と、相互連絡の機会を、そんな無駄話に費やしている時間はないんだけど?」
衛星軌道上にある通信衛星を介した無線通信を実行している端末のむこうから、ヒロはシニカルな態度で、真壁にむかってそうクギを刺す。
ヒロは、真壁の愚痴をやめさせると。現在わかっている範囲で、今回の事件に関わっている各国が、それぞれどのような対策を講じているのか。それを手短に伝える。
東南アジアの各国は、基本的にはまだ混乱状態から脱しておらず、関係国とともに情報収集と事態の把握にあたっている
シンガポール、マレーシア、インドネシアの3か国は、現場にいるせいもあって、自分たちの国の特殊部隊を投入して、乗っ取られたタンカーを奪還する作戦をアメリカ側に提案している。
我が国は最寄りの寄港地から海保の巡視船を出して、マラッカ海峡に向かっている途中にある。現場に到着しだいに、3か国と共同で事態の収拾のための支援にあたる。最後に共和国だが、なにをやっているのかわからない。とのことだった。
「ああ、それから。アメリカ海軍が、太平洋にいた艦隊をそちらにむけて動かしているよ。でもそれはテロを解決するためじゃなくて、なにか馬鹿なことをやらかす国が出ないように押さえ込むためらしい」
「え。なんだよ。その馬鹿なことって?」
「そりゃまぁ、この緊急事態に、頭に血が昇って自分のところの海軍の軍艦を出動させて、考えもなしにタンカーを攻撃する国が出てきてもおかしくないからねぇ。
そんな真似されたら、マラッカ海峡が火の海になって。流出した原油で覆われて船の移動ができなくなる、なんてことになりかねない。
そうなる前に、そういう国を抑えておかないとならないからからねぇ?」
「つまりは、今後。軍艦や軍用機を使ってタンカーを攻撃するんじゃなくて、なにか別の方法で対処してくるってことか……。
あれだ。選りすぐりの精鋭を集めた突入部隊を編成して。その突入部隊を、ヘリコプターでタンカーの甲板に降ろす強襲作戦、とかをやるつもりだな。
となれば、夜の闇にまぎれて見付からないように作戦を実行するはずだ。夜まで、なにも起こらないだろうから。それまでおれは、なにをしてようかな……?」
「あのさぁ。他人事みたいに言ってるけど、真壁もその作戦に参加したらどうだい? こうして、協力者がタンカーの船内にいるんだから。その協力者が積極的に情報を提供して部隊の行動をアシストすれば、作戦が成功する確率もグッとハネあがるんじゃないかな?
つかまっていた船員が。事件を解決に導いたとなれば、大勢の人が拍手喝采するし。首相から感謝状くらいはもらえる、と思うのだけれど?」
ヒロの煽り文句をきいて、真壁は考え込んでから、あらためて、このように言い返す。
「うーん、でもなぁ。メイリンの目的がわからないから、いまはこちらから積極的に動くのは得策じゃないように思うんだよ。そうじゃないか?」
「そう? あたしには、出し抜かれた真壁がすねてるだけにも思えるけどね」
ヒロから皮肉をいわれて、真壁は文字通りにへそを曲げそうになったが。考え直すと、ヒロに同意をする。
「たしかに、船内に設置してある爆発物をさがして、爆発物の数と、設置位置を調べておくべきだな。
爆発物の解除がうまくいかなかったら、そのときは、おれもあの世行きだ。
よしわかった。こちらから動いてみよう。なにかわかったらまた連絡する。それじゃ」
真壁は通話を終えると。衛星電話のバッテリー残量を確認してから電源を切って。それをまた内腿にテープで貼り付けて隠す。
ベッドから身を起こすと、見張りがいないのをたしかめてから、船室を出て。巨大オイルタンカーの甲板へと向かう。




