表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/50

第43話 王都防衛戦

 最初の警報が鳴ったのは、翌朝だった。王都北東の観測塔から三回。間を置いて、南門から二回。


 セレナは結界局の会議室で立ち上がった。


「場所を」


 エドガーが既に地図へ印をつけている。


「北東、外周線の内側。南門は旧排水路付近です」


「地下値は」


 リースが測定板を読む。


「五割三分から四割一分へ急落!」


「核は」


「地上からは読めません!」


 次の警報が来た。今度は西市場。窓の外で、人の叫ぶ声がした。


「出ました!」


 廊下から術者が駆け込む。


「西市場の井戸から、小型魔獣が三体!」


「形は」


「黒い、四足……いえ、六本です。犬くらいで、目がありません!」


 昨日見た爪が頭に浮かぶ。同じものではない。大きさが違いすぎる。


「地下の個体とは別です」


 セレナは地図を見る。北東、南門、西市場。三点とも、古代線が現行の王都設備と交差する場所だった。


「地下から上がっています」


 局長が青ざめた。


「王都全域に?」


「まだ三箇所です」


 セレナは答えた。


「でも、増えます」


 その時、地面が一度だけ揺れた。机の上の測定石が跳ねる。


「核の脈動、乱れました!」


 マルタが叫んだ。


「二拍!」


 覚醒した。完全かどうかは分からない。ただ、昨日までの時間は終わった。


「仮避難計画を発動します」


 セレナは言った。


「局長、王太子府へ。市内鐘楼を使います。北東・西市場・南門は最優先で人を外してください」


「どこへ」


「中央広場へ集めないでください。古代線が王宮へ集中しています。東は河岸、西は競技場、南は旧演兵場へ分散」


「分かりました」


「エドガーさん」


「はい」


「地図を三枚。北東、西、南。現場班へ渡してください。リースさんはここで地下値を読み続ける。マルタさんは警報と出現地点を全部時刻付きで記録」


「はい!」


 王太子府からの返答は、警報から十分もかからず届いた。『市内鐘楼の使用を許可。王宮前庭・東倉庫を避難用に開放。通常の謁見と本日の評議を全て停止する』


 アルベルトの署名があった。別紙には、財務府から緊急支出の承認が付いている。毛布、荷車、治療資材、仮設灯。上限額の欄だけが空白だった。


「上限なし?」


 局長が目を疑う。ラングレーが息を切らして入ってきた。


「後で精査する、とのことです。今は止めない」


 四年前、迂回線の予算は何度出しても止まった。今日は、止めないための書類が先に来た。


「では使います」


 セレナはそれだけ答えた。喜んでいる時間はない。


 廊下では、資材管理の男が銀線を箱ごと運んでいた。二十年間、型番と在庫だけを見てきた人である。今日は現場班ごとに必要量を分け、箱の蓋へ行き先を書いている。


 北翼の術者たちは二人一組の担当表どおりに動いた。


 誰もセレナの机へ「何を持っていけばいいですか」と聞きには来なかった。


 決めてあったからである。


 治療所も三か所へ分けた。


 王宮医務室だけへ運べば、そこへ人が集中する。


 ミレイユの提案で北市場の集会所と競技場の控室にも医師を置き、軽傷者はその場で処置することになった。


 王宮の侍従たちは担架を運び、財務府の書記官は毛布の数を数えていた。


 半年前、セレナが灯具の修理を頼んだ時には「担当へ回します」と書類を受け取っただけの顔も、その中にある。


 セレナは名前を思い出そうとしなかった。


 今、担架を持っている。それでよかった。


「私は」


 全部の現場が頭に浮かぶ。北東へ行く。次に西。南門も見る。無理だった。


「ここにいます」


 自分で言った。王都全体を見る人間が必要だった。


     *


 カイルが騎士団本部から戻ったのは、最初の警報から半刻後だった。鎧を着ている。


「医師は」


 セレナが最初に言う。


「怒ってる」


「止められなかったんですか」


「止めた。俺が聞かなかった」


「カイル様」


「今それやる?」


 外でまた鐘が鳴った。四回。新しい地点。


「……後でです」


「そうしてくれ」


 カイルは地図を見る。


「騎士は六隊に分けた。地下入口三箇所へ各十。市場二箇所に十五ずつ。残りは移動」


「南門は」


「城門兵をそのまま使う。住民を外へ出すんじゃなく、旧演兵場へ流す」


「はい」


 避難は、予想より早く始まった。北市場では商人組合が荷車を道の端へ寄せ、露店の布を外して通路を広げた。前回の障害で三度棚を打ち直した果物屋は、今日は棚を直さず、隣の店の子どもを荷車へ乗せて東へ送っている。


 後から届いた報告によれば、指示を出したのは衛兵ではなかった。


「そっち塞げ!」


「そこは通路だ、空けとけ!」


 声を上げていたのは市場の人間だという。十日前、ミレイユが避難図を配って回った時、どこを塞ぎどこを空けるかを一緒に決めた。配った時点では、何人が覚えているか分からなかった。


 覚えていたらしい。


 王宮から出た鐘の合図は、場所ごとに違う。三回なら東。二回続けて一回なら南。四回なら西。


 ミレイユが北市場の人間と決めた合図だった。文字を読めない者でも分かるよう、音だけにした。


「中央広場へ向かう人が出ています」


 伝令が言う。


「止めないで、次の角で分けてください。人の流れを逆向きにすると転倒します」


 セレナは地図へ指を置いた。


「ここで東と南へ。走らせないでください」


「はい!」


 人を囲って守る結界は張らない。人が動ける道を残す。そのための結界だけを使う。


「結界は」


「外周を守るために使いません」


 カイルの目が動く。


「何に使う」


「道を作ります」


 セレナは地図へ線を引いた。


「小型魔獣を止めるには、街区全部を囲う必要はありません。避難路の左右だけ結界を張ります。人が走る道を細く残す」


「魔獣は」


「外側へ押し出すのではなく、騎士がいる通りへ誘導します」


「俺たちのところに集める?」


「はい」


「分かった」


 即答だった。


「危ないですよ」


「知ってる」


「昨日の約束」


「一人で決めない」


 カイルは地図の上へ指を置いた。


「だから今、君に言った」


 反論できなかった。


「では、騎士の位置を変えます」


「言え」


 セレナは六隊の印を動かした。置く先は広場ではなく、橋の手前と市場の出口、それに狭い路地である。


 結界で流れを作り、騎士が待つ場所へ魔獣を通す。昔なら、自分で全部の膜を張った。


 今日は違う。


「エドガーさん、北東をお願いします」


「僕が?」


「現場で張れる人が必要です」


「でも、僕は大規模結界を」


「要りません。路地を一本ずつです」


 セレナは次を見る。


「マルタさん、西市場。リースさんは南門へ行ってください」


「測定は」


「バルドさんに渡します」


 バルドが一瞬だけ目を上げた。


「私が?」


「できますよね」


「……できます」


「お願いします」


 誰も、セレナに残ってくれとは言わなかった。自分の名前が地図の中央から動かない。


 それでよかった。


     *


 正午までに、小型魔獣の出現地点は十一へ増えた。大きさは犬ほどから牛ほどまで。共通しているのは六本の脚と、目がないこと。地面や井戸、古い排水口から出てくる。


 視覚ではなく、魔力へ寄る。最初に気づいたのは南門のリースだった。


 『結界を張ると寄ってきます』伝令が持ってきた紙に、そう書いてある。白竜と同じではない。


 結界そのものを食うわけではない。ただ、魔力の濃い場所へ向かう。


「使えます」


 セレナは言った。局長が聞き返す。


「何を」


「寄ることを」


 王都の地図へ、小さな点を置いていく。人が逃げた後の通り、騎士が待てる広場、魔獣が出ている地点。


「強い結界は張りません。弱い灯りを順番につけます」


「灯り?」


 声がした。ミレイユだった。


 昼用の服の上から、短い外套を羽織っている。


 後ろには侍女ではなく、北市場の商人組合の男が二人いた。


「私の光でも寄りますか」


「魔力なら」


「試します」


「待ってください」


「市場で一度やっています」


「今回は相手が違います」


「だから、先に小さく試します」


 言い返せなかった。ミレイユは窓を開けた。中庭の端に、拳ほどの光を浮かべる。十数秒。


 何も起きない。さらに弱い光を、門の外へ一つ。その時、屋根の向こうから黒い小型魔獣が飛び出した。光へ向かってくる。


「消して!」


 ミレイユが指を閉じる。光が消える。魔獣が一瞬止まった。その横から、騎士の槍が入った。倒れる。


「使えますね」


 ミレイユが言う。


「使えます」


 セレナは地図へ新しい線を引いた。


「ミレイユ様。光を一つずつ、騎士のいる場所へ送れますか」


「距離によります」


「王宮から西市場まで」


「無理です」


「では、人を使います」


 ミレイユが理解した。


「光魔法を使える貴族を集めます」


「できますか」


「今日の王都で断る人がいたら、名前を残します」


「それは脅しでは」


「社交です」


 照会様式を作らせた時と同じ顔だった。


「お願いします」


 ミレイユが出ていく。セレナは次の紙を取った。


「光は誘導だけ。結界は避難路。騎士は出口で討つ。役割を混ぜないでください」


 局長が書き写す。


「あなたは?」


「全体の線を見ます」


「現場には」


「行きません」


 口にすると、胸の奥が少しだけざわついた。行った方が早い。一つくらいなら、自分で張った方が確実だ。それでも、行かない。


     *


 午後一時、営繕府から男が三人来た。先頭は、昨年の南門事故で修繕順を決めた次官だった。三週間前の会議では、新しい照会様式に最も長く反対した人物でもある。


「石工を二十人出せます」


「戦えませんよ」


「戦う気はありません」


 次官は図面を広げた。


「路地を閉じるなら、結界だけでなく荷車と木柵を使えます。結界の負担を減らせるでしょう」


 セレナは地図を見る。


「使えます。北市場の二路地、西の橋前、南門から旧演兵場までの横道をお願いします」


「承知しました」


「判断は現場の石工に渡してください。全部こちらへ聞きに戻らないように」


 次官は一瞬だけ止まった。


「……分かりました」


 財務府の官吏は、その後ろで資材の持ち出し数を書いている。


 王宮施設課は地下入口の鍵を三本とも騎士団へ渡した。


 半年前なら、セレナが一つずつ頼みに行った仕事だった。今日は、向こうから来た。


 だからといって、過去が消えるわけではない。ただ、今必要なことをしている。


 それで十分だった。ミレイユから最初の光班の配置が届いた。


 光魔法を使える者は十三人集まった。伯爵令嬢、騎士家の娘、宮廷楽師、王宮侍女。出力はばらばらで、戦闘訓練がある者は二人しかいない。


 だから、戦わせない。一本の通りにつき二人。光を順に点け、魔獣を騎士のいる出口へ送る。それだけにした。


 『もっと出来ます、と言う方が何人かおります』ミレイユの追記があった。


 その下に、『させません』と書いてある。


 セレナは少し笑った。自分と同じことを、別の場所で別の人がやっている。


 能力があるから全部を任せるのではない。必要な役割だけを渡す。紙を折り、次の伝令へ返した。


「このままで、と伝えてください」


 午後、北市場から伝令が来た。


「結界が一枚、割れました!」


「担当は」


「エドガー殿です。人は全員逃がしました。ただ、魔獣が五体、次の通りへ」


 セレナは地図を見る。


「エドガーさんは」


「張り直すと言っています」


「張り直させないでください」


 伝令が驚く。


「でも」


「同じ場所へ張れば、また寄ります。一本東へずらします」


 セレナは紙へ線を引く。


「この路地を閉じて、こっちへ流す。騎士はいますか」


「橋前に十二名」


「そこへ」


 伝令が走る。次は西市場。


「マルタさんから。避難完了。小型魔獣七。光誘導が効いています」


「負傷者」


「二名。転倒のみ」


 南門。


「リース殿、結界二枚。城門兵と連携。魔獣四体討伐」


 報告が続く。セレナは一つずつ受け、必要な時だけ線を変えた。自分で魔力を流していない。それなのに、王都の結界が動いている。


 北東でエドガーが張る。西でマルタが張る。南でリースが張る。バルドが地下値を読む。


 ミレイユが光を配る。カイルが騎士を動かす。


 誰かが一人欠ければ、別の人間がその穴を埋める。半年前にはなかった形だった。


「アシュフォード様!」


 新しい伝令が飛び込む。


「王宮北側、古代線の交差部から大型が一体!」


「大きさ」


「馬車ほど!」


 部屋が静かになる。


「カイル様へ」


「既に向かわれました」


 心臓が一度強く鳴った。行きたい。今すぐ。でも、地図にはまだ十箇所の印がある。


「……分かりました」


 セレナはその場に残った。


「北側の避難を二街区広げます。ミレイユ様の光班を一つ回してください。騎士は大型だけに集中、小型は結界で分けます」


 局長が命令を出す。窓の外で、遠く剣戟の音がした。見えない。


 それでも、カイルが一人で戦っているわけではない。騎士がいる。光がある。こちらから道を作れる。


「北側補助線、出力を一段上げます」


 バルドが言った。


「待ってください」


 セレナは測定値を見る。


「一段ではなく半段。大型を結界へ寄せすぎます」


「半段」


「はい」


 光が地図の上で動くわけではない。ただ、報告の数字が変わった。北側の出力、七割二分。七割八分。大型魔獣の位置が橋前へ移る。


「入った!」


 伝令の声。


「騎士団、接触!」


 セレナは息を止めた。数分後、別の伝令が来た。


「討ちました!」


 部屋の誰かが息を吐く。歓声は出なかった。まだ終わっていない。


「閣下は」


 セレナが尋ねると、伝令は少し戸惑った顔をした。


「傷を確かめておられました」


「確かめる?」


「騎士が『傷は』と聞いたら、『開いてない』と。それから『本当ですか』と重ねられて、『開いてたら言う』と」


 セレナは筆を置いた。


 白竜の後に交わした約束が、確かめ合う手順として騎士団に残っている。あの人が守っているというより、周りが確かめるようになった。


「分かりました。次を」その直後、地下値が三割九分まで落ちた。バルドが顔を上げる。


「核が限界です」


 地面が大きく揺れた。今度は、窓ガラスが鳴った。王都全体から、警報鐘が重なる。


 北。東。南。西。全部だった。セレナは地図を見る。小型魔獣を止めるだけでは足りない。地下の檻そのものが、もう持たない。


「全員へ伝えてください」


 セレナは言った。


「今の配置を維持。誰も地下へ入らないでください」


「では、どうします」


 局長が尋ねる。セレナは王都全体の結界図を広げた。


 古代線。現行外周線。七番塔。北側補助線。三十七箇所の空白。全部を一枚に重ねる。


「王都の結界網を、組み直します」


「今から?」


「今からです」


 自分一人なら、間に合わない。その事実を、初めて怖いと思わなかった。


読んでくださりありがとうございます!


・本作を★★★★★で評価

・ブックマーク


この二つで応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ