第十三幕 3年生の進路
8月下旬頃。
三年生はこの日、進路支援担当の音屋先生との進路相談のため、久しぶりに登校していた。
留学生であるアリスを除く、ひのり、七海、紗里、みこ、唯香の五人は、それぞれ順番に面談を受けることになっている。
「失礼します。」
みこが席に着くと、音屋先生が微笑んだ。
「進路は決まってきた?」
「はい。看護や福祉について学べる学校へ進学したいと思っています。」
「理由を聞いてもいい?」
「見晴町のみんなには、たくさん支えてもらいました。だから今度は私が誰かを支える側になりたいんです。」
音屋先生は穏やかに頷く。
「みこちゃんらしい進路ね。応援してるわ。」
「ありがとうございます。」
面談を終えたみこは一礼し、相談室を後にした。
次は紗里。
「失礼しまーす!」
紗里が元気よく席に着くと、音屋先生が微笑んだ。
「保育士になる決心は変わらない?」
「はい!」
「一年生の時に幼稚園でハロウィンの劇をやって、『子どもたちを笑顔にする仕事がしたい』って思った気持ちは、今も変わりません。」
音屋先生は嬉しそうに頷く。
「あの頃からずっと一筋だったものね。紗里ちゃんならきっと素敵な保育士になれるわ。」
「ありがとうございます!」
「失礼します。」
七海が席に着くと、音屋先生が進路希望票に目を通した。
「文系志望なのね。」
「はい。大学へ進学して、文章や脚本について学びたいと思っています。」
「将来は脚本家や小説家を目指すの?」
七海は少し考えてから答えた。
「なれたら理想です。でも、それだけに頼るつもりはありません。一般企業への就職も考えています。」
音屋先生は穏やかに笑った。
「夢を持ちながら現実もしっかり見ているのね。七海さんらしい、堅実な考え方だわ。」
「ありがとうございます。」
「失礼します。」
唯香が席に着くと、音屋先生が優しく微笑んだ。
「唯香ちゃんは、やっぱり映画の道?」
「はい。大学へ進学して学びながら、映画監督を目指したいと思っています。」
「お父さんと同じ道ね。」
唯香は静かに頷いた。
「父は目標ですが、私は私の作品を作れる監督になりたいです。」
「宝家の名前に恥じない人生を歩みたい。そのためにも、まずはしっかり学びたいと思っています。」
音屋先生は満足そうに頷いた。
「唯香ちゃんなら、その夢を一歩ずつ形にしていけるはずよ。」
「ありがとうございます。」
最後に面談室へ入ってきたのは、ひのりだった。
「座って。」
音屋先生は進路希望票に目を通す。
「芸能養成所志望……変わらないのね。」
「はい!」
迷いのない返事だった。
「まず現実的な話をするわ。」
音屋先生はまっすぐひのりを見る。
「あなたの学力では、一般的な大学進学は難しい。」
「うっ……。」
ひのりは苦笑いを浮かべる。
「そこは自分でも分かってます……。」
「だから進路は、養成所一本になる。」
「唯香さんから紹介してもらえる話になっているそうね。」
「はい!」
「入口があるのは恵まれているわ。」
「でも、入れることと仕事が続くことは全く別。」
音屋先生は少し間を置いた。
「私も大学を卒業してから三年間、本気で役者を目指したことがあるの。」
「毎日のようにオーディションへ行っても落ちる。受かっても一言二言の役。」
「アルバイトをしながら生活して、次のオーディションへ行く。その繰り返しだった。」
ひのりは真剣な表情で聞いている。
「養成所を卒業しても、仕事がない人の方が圧倒的に多い。」
「才能だけでも、努力だけでもどうにもならないことがある世界よ。」
「それでも、あなたは挑戦する?」
ひのりは少しだけ考え、力強く頷いた。
「はい。」
「私はやっぱり、お芝居が好きです。」
「後悔だけはしたくないんです。」
音屋先生は静かに微笑んだ。
「その覚悟があるなら止めない。」
「でも、夢だけを見ないこと。現実を知った上で、一歩ずつ進みなさい。」
「はい!」
ひのりは力強く返事をすると、深く一礼して面談室を後にした。
五人が面談を終え、多目的室へ集まる。
「みんな終わった?」
紗里が椅子へ腰掛けながら尋ねる。
「うん。」
「終わったよ。」
それぞれが飲み物を片手に一息ついていると、多目的室の扉が開いた。
「皆さん、お疲れさまです」
入ってきたのは、副顧問の晴山夏美だった。
「晴山先生!」
「進路相談、どうだった?」
五人がそれぞれの進路を話すと、晴山先生は感心したように頷いた。
「看護や福祉、保育士、文章や脚本、映画監督、女優かぁ……。みんな、ちゃんと自分の道を見つけてるんだね」
ひのりが笑う。
「三年間でいろいろありましたから!」
「そういえば私、みんなの一年生や二年生の頃を知らないんだよね」
「最初は私たち四人だけだったんですよ!」
「えっ、そうなの?」
七海が頷く。
「ひのり、私、紗里、みこの四人です。唯香は途中から入部しました」
「最初は入るつもりなかったんですけどね」
唯香が少し照れくさそうに笑う。
「今の皆さんを見てると意外だなぁ。ずっと一緒だったみたいに見えるから」
「最初はいろいろあったけどね!」
紗里が笑った。
晴山先生はそんな五人を眺めてから、ふと表情を和らげた。
「……なんだか、ちょっと羨ましいな」
「え?」
「音屋先生って、大学でミュージカルをやって、その後は役者を目指してたんでしょ?」
「はい」
「それで今は先生になって、演劇部の顧問をしてる。ちゃんと自分の経験をみんなに教えられる」
晴山先生は少し苦笑した。
「それに比べて私は、演劇経験ゼロ。高校は帰宅部だったし、大学でもこれといって夢中になったものはなかったんだ」
「教師になったのも?」
七海が尋ねる。
「先生や親から『向いてるんじゃない?』って言われたのがきっかけ」
晴山先生は肩をすくめる。
「高校も大学も、わりと周りに勧められた道を歩いてきたから。みんなみたいに『これがやりたい!』って自分で決めてきたわけじゃないんだよね」
少しだけ視線を落とす。
「だから副顧問になった時も思ったよ。音屋先生みたいに演劇を教えられない私が、ここにいて何ができるんだろうって」
五人は静かに聞いていた。
「でも、この四か月みんなを見てて、少し考えが変わったの」
晴山先生は笑った。
「私は演技の技術は分からない。でも、『今の場面好きだな』とか『ここはちょっと伝わりにくいな』とかは分かる」
「それって、お客さんと同じ目線ですよね」
七海が言う。
「そう。それなら私にもできるかなって」
唯香が頷いた。
「むしろ大事な意見だと思います。演じる側には見えなくなるものもありますから」
「本当?」
「はい」
晴山先生は少し嬉しそうに笑った。
「そっか。経験がないことも、見方を変えれば役に立つんだね」
みこが静かに続ける。
「それに、晴山先生はいつも私たちを応援してくれています」
「そうそう!」
紗里も身を乗り出す。
「『頑張れ!』って言ってくれるだけでも結構違いますよ!」
七海も頷いた。
「教える人だけが必要なわけではありません。支えてくれる人がいるから、挑戦できるんです」
唯香が微笑む。
「映画も舞台も、主役だけでは完成しませんから」
「そうだよ!」
ひのりが満面の笑みを浮かべる。
「音屋先生には音屋先生の役目があって、晴山先生には晴山先生の役目があるんですよ!」
「だから晴山先生も、ちゃんと演劇部の一員です!」
晴山先生は目を丸くした。
やがて、小さく笑う。
「……そっか」
「音屋先生みたいにならなくてもいいんだ」
その言葉は、どこか自分自身に言い聞かせるようでもあった。
「ありがとう。私も私なりに、みんなを支えられる先生になってみるよ」
晴山先生は時計を見る。
「あ、ごめん。結局長話しちゃった」
「私、職員室に戻るね」
「はい!」
五人に見送られながら、晴山先生は軽く手を振って多目的室を後にした。
扉が閉まると、ひのりが椅子にもたれかかった。
「ふぅ~。なんか進路の話ばっかりしてたら、お腹空いちゃった。」
「話が飛ぶわね。」
七海が苦笑する。
その時、唯香が静かに口を開いた。
「でも、卒業まであと半年くらいしかないのよね。」
部屋が少し静かになる。
紗里が頷いた。
「高校生活最後の文化祭もあるし。」
みこも微笑む。
「何か思い出に残ること、したいね。」
ひのりが顔を上げた。
「それだ!」
「最後の文化祭だし、今度は学校の外でも撮影して、本格的な自主制作映画を作ろうよ!」
七海が興味深そうに聞く。
「外ロケも入れるってこと?」
「うん! 一昨年よりスケールアップ!」
唯香も静かに頷いた。
「それなら、また動画撮影部にも協力してもらいたいわね。」
「ちょうど今日、動画撮影部の三人も進路相談で登校してるって聞いたよ。」
紗里が思い出したように言う。
「じゃあ呼びに行こう!」
ひのりが勢いよく立ち上がる。
「よーし! 文化祭へ向けて第二回映画プロジェクト始動!」
「失礼しまーす。」
多目的室に入ってきたのは、動画撮影部の冴木あさひ、中島りつ、名塚真帆の三人だった。
「また出番だね。」
あさひが笑う。
「演劇部から呼び出されるのも、もう恒例かな。」
「よろしく。」
りつが軽く会釈する。
「今日は進路相談で学校に来てたから、ちょうど良かった。」
真帆も穏やかに微笑んだ。
ひのりが勢いよく立ち上がる。
「実はさ、文化祭に向けて自主制作映画を作ろうと思って!」
「へぇ!」
あさひの目が輝く。
「この前、撮影所も見学してきたんだよ!」
「えっ!? 本物の撮影所?」
三人が驚く。
「大道具も衣装もセットも見せてもらったの。」
「しかも時代劇のエキストラまでやってきたんだ。」
唯香が付け加える。
「いいなぁ……。」
あさひが素直に羨ましそうな顔をした。
「私たちも一回行ってみたい。」
りつも頷く。
「実際の現場を見るだけでも勉強になるし。」
真帆も笑う。
「撮る側としても、一度は見学してみたいな。」
七海が資料を広げた。
「だから今回は、その経験も活かして、本格的に映画を作りたいの。」
「撮影は九月中旬から始める予定。」
唯香が続ける。
「学校だけじゃなく、学校周辺の公園や見晴町でも撮影したいと思ってる。」
あさひが真剣な表情になる。
「外ロケなら、近隣への配慮は必須だね。」
りつも資料を見ながら言う。
「通行の邪魔になる場所は避けよう。」
「騒がしいシーンは休日でも短時間にまとめた方がいい。」
真帆も頷いた。
「撮影許可が必要な場所も確認しよう。」
唯香が微笑む。
「撮影所でも、現場は周囲への配慮を徹底していたわ。」
「私たちも、それを見習いましょう。」
一通り話し合いが終わると、ホワイトボードには撮影日程やロケ地がぎっしりと書き込まれていた。
「よし。」
ひのりは立ち上がり、全員を見回した。
「高校生活最後の文化祭。」
「高校生最後の伝説、みんなで作ろう!」
一瞬の静寂のあと、
「おーっ!」
演劇部と動画撮影部、八人の声が多目的室いっぱいに響いた。
文化祭まであと一か月。
高校生活最後の挑戦が、静かに幕を開けた。
続く。




