第四十五話 線がなくなったあとも
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
半年後。
男は、以前と同じ席に座っていた。
机も、景色も、驚くほど変わっていない。
肩書きが増えたわけでもない。
大きな異動があったわけでもない。
ただ――相談の言葉だけが、少し変わった。
「判断、どう引き継ぎましょうか」
「この線、次は誰に任せます?」
**自分で判断するための質問**が増えた。
男は即答しない。
以前より、さらに。
「君は、どう引きたい?」
「その線を引くなら、どこまで守る?」
線を引く席は、
もう一人分では足りなくなっていた。
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ある日、山田が声をかけてきた。
「この案件、
一回、自分で判断してみたいです」
男は、少しだけ驚いた顔をしてから、頷いた。
「いい。
戻したくなったら、戻ってこい」
それだけで十分だった。
線は、渡された。
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夕方。
フロアは静かで、誰も走っていない。
男はふと、窓に映る自分を見て思う。
線を引く仕事は、
いつか必ず終わる。
だが――
**線を引ける人を残した仕事は、終わらない。**
資格は、もう話題にすら上らない。
だが、それでいい。
資格は、
証明するものではなく、**滲むもの**だからだ。
男は立ち上がり、
電気を一つだけ消して、出口へ向かう。
最後に残った線は、
もう自分のものじゃない。
それでも、
この場所が壊れないと知っている。
それで、十分だった。
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