第四十三話 最後に引く線
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
その判断は、朝一番では降ってこなかった。
午前の仕事が一段落し、
昼に近づく頃、
男のところへ静かに持ち込まれた。
「……これ、最終判断、お願いできますか」
差し出された資料は薄い。
だが、重さは今までで一番だった。
人事に関わる話。
配置でも、評価でもない。
**残すか、区切るか。**
どちらを選んでも、
誰かの人生に、はっきりと線が残る。
男は、その場で資料を開かなかった。
「時間、もらっていい?」
声は落ち着いていたが、
内側では、迷いが生まれていた。
線を守ってきた。
線を戻してきた。
線の外にも、手を伸ばしてきた。
それでも――
**ここから先は、戻せない線**だった。
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午後、会議室に一人で座る。
資料を読み直しても、
数字も理由も、覆らない。
情も、積み重なっている。
「正しさ」は、どこにも書いていなかった。
あるのは、
誰が引き受けるか、という問いだけだ。
男は、ゆっくりと息を吐いた。
――これは、制度の判断じゃない。
――線を引く人間の判断だ。
誰かに返すことはできない。
相談で薄めることもできない。
**ここで引いた線は、
“この先の自分”を決める。**
そう理解したとき、
男の迷いは、少しだけ形を変えた。
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夕方、関係者を呼び、
男は結論を伝えた。
簡潔に。
感情を載せすぎず。
逃げ道をつくらず。
室内は静まり返る。
反発はなかった。
納得とも違う。
ただ、重さだけが残った。
「……引き受けます」
男は最後に、そう付け加えた。
結果ではなく、
**判断そのものを引き受ける**という意思だった。
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一人になった帰り道、
窓に映る自分を見て、男は思う。
線を引くことに、
慣れる日は来ない。
慣れてしまったら、
この席に座る資格はない。
それでも――
逃げない線が、一本ある。
**自分で引いた線から、
目を逸らさないこと。**
問いを終わらせるための話ではない。
次に進むために、
**自分の立ち位置を確定させる話**だった。
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