第四十二話 線の外で引き受けること
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
それは、正式な仕事ではなかった。
会議に出る義務も、
報告書を書く必要もない。
上長に説明する理由すら、ない。
それでも男は、
線の外に一歩、足を置いた。
昼休みの終わり。
フロアの空気が仕事に戻り切る前の時間帯。
男は、山田を呼び止めた。
「さっきの続きだ」
山田は、驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「会議の話ですか?」
「いや。
君の話だ」
線を引く話ではない。
判断を返す話でもない。
**名前の話**だった。
男は、給湯室の隅で立ち止まる。
「君の判断は、合っていた。
少なくとも、組織として守るべき線の内側にあった」
山田は黙って聞いている。
「でも、そのあとで
君が一人になったのは事実だ」
男は言い切った。
「そこは、
線を引く側の怠慢だ」
責任を取る言葉だった。
制度でも、理屈でもなく。
「……自分、間違ってないって、
思ってよかったんですか」
絞るような声。
男は、迷わず頷いた。
「思っていい」
それだけで、
山田の肩が、目に見えて下がった。
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席に戻る道すがら、
男は自分の中の変化を感じていた。
線を守る。
判断を残す。
戻れる道をつくる。
それらは、
**線の内側の仕事**だ。
だが、
取りこぼされる名前は、必ず出る。
線が正しければ正しいほど、なおさら。
そこに手を伸ばすことは、
規程には書けない。
資格の範疇でもない。
それでも。
**誰かがやらなければ、
組織は静かに人を失っていく。**
男は、それを知ってしまった。
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夕方、
机の上を片づけながら、男は思う。
これから先、
もっと厳しい判断もある。
戻せない線も増える。
それでも――
すべてを役割に閉じ込めない。
線の外に立つことを、
避けない。
それが、
資格を取ったあとの仕事だと、
男は今、はっきり理解していた。
次の問いへ向かう前の、
静かな決意の話だった。
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