第四十一話 守れなかった名前
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
その名前は、議事録には残らなかった。
正式な議題ではなかったし、
誰かが口に出して主張したわけでもない。
ただ、会議の終わり際、
ふとした沈黙の中に落ちた名前だった。
「……あの件、山田のところ、どうなった?」
完全に独り言のような声音だった。
だが、男の耳はそれを拾った。
山田。
少し前に配置換えになった若手。
判断の線を守ろうとして、
現場で浮いたまま、声を上げられなくなっていた男だ。
「今回の件とは、直接関係ありません」
誰かがそう言い、
話題は自然に流されようとした。
会議は、前に進む流れを選んだ。
男は、その流れを止めなかった。
止められなかった、の方が正しい。
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会議室を出たあと、
男は一人で廊下を歩きながら、
胸の奥に残った違和感を反芻していた。
線は守った。
判断も崩していない。
誰かに責任を押しつけてもいない。
それでも――
**守れなかった名前がある。**
線を引くことに集中するあまり、
線の内側で立ち尽くしていた人間を、
置き去りにしていた。
男は、その事実から目を逸らさなかった。
資格では、守れない部分だ。
制度でも、規程でも、拾えない場所。
だが、
**見なかったことにはできない。**
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その日の夕方、
男は自分から山田の席に向かった。
「少しいいか」
短い一言。
山田は驚いたように顔を上げ、頷いた。
「最近、どうだ」
抽象的な問いだった。
正解のない聞き方だ。
山田はすぐには答えず、
少しだけ考えてから言った。
「……正直に言うと、
自分の判断が、間違ってたのか、分からなくなってます」
男は、すぐには答えなかった。
線を示すことも、
判断を返すこともしない。
ただ、言った。
「君が守ろうとした線は、
間違ってなかった」
その一言で、
山田の表情が、わずかに崩れた。
「ただな」
男は続ける。
「線を守った人間が、
一人で立たされる状態は、
俺の落ち度だ」
責任を引き取る言葉だった。
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席に戻りながら、男は思う。
線を引くことと、
人を守ることは、
完全には一致しない。
だからこそ、
**線の外にも、足を伸ばさなければならない。**
次に向かうために、
ここで一つ、認めなければならないことがある。
資格で守れるのは、
判断と構造までだ。
**名前を守るのは、
資格を取ったあとの、人の仕事だ。**
男は、その重さを、
はっきりと背負い始めていた。
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