第四十話 線を引く人の席
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
その席は、最初から用意されていなかった。
部署のどこにも、
「線を引く役割」などという肩書きはない。
ただ、気がついたときには、
男の机の前で人が立ち止まるようになっていた。
「判断、聞いてもいいですか」
その言葉が、
「決めてください」ではないことを、
男はもう聞き分けられるようになっていた。
この日も、三つの相談が重なった。
どれも緊急ではない。
だが、放置すれば歪む。
押せば進むが、戻れば時間がかかる。
男は順番に話を聞き、
即答はしなかった。
「線は、ここだと思う」
そう言って、
資料の余白に指で示す。
「越えるなら、
その理由を言葉にしてからにしてほしい」
それだけを伝え、
決断はそれぞれに返した。
午後の終わり、
ふとデスクに視線を落とすと、
メモが一枚残っていた。
> 判断を引き受けていいですか
短い一文。
差出人の名前もない。
男は、ゆっくりと息を吸った。
――引き受ける。
その言葉の重さを、
ここ数週間で嫌というほど学んできた。
引き受けるとは、
正しさを背負うことじゃない。
結果を独占することでもない。
**戻れなくなったときに、
隣に立つ覚悟を持つこと。**
そう理解するようになっていた。
男は、メモの余白に書いた。
> 線を一緒に引こう
> 越えるなら、名前を並べよう
派手な言葉はない。
だが、それで十分だった。
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定時を過ぎ、
フロアの灯りが少しずつ落ちていく。
窓に映る自分は、
昔より少し硬い顔をしている。
それを見て、男は思う。
資格を取る前は、
守りたいと思うだけだった。
今は違う。
**守るために、
線を引くことを選んでいる。**
嫌われない方法を探すのを、
どこかでやめた。
その代わり、
壊れない判断の置き場所を探している。
机の上には、
今日引いた線の痕跡がいくつも残っている。
消せるものもあれば、
消さないほうがいいものもある。
ここで一度、深く息をつく。
資格を持った男が、
「教える側」「戻す側」を経て、
**線を引く人の席に腰を下ろした**瞬間だった。
ただ、これだけでは終われなかった。
線を引いたあと、
**誰を守れなかったか**という問いが、
必ず残る。
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