第二十九話 「解除は、制裁じゃない」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝、男の机の上には二つの紙があった。
一つは、取引先からの損害賠償の内訳。
もう一つは、社長が印をつけたメモ。
> **「この外注、切れる?」**
男はその文字を見て、すぐに頷けなかった。
“切る”——解除。
それは感情を楽にする言葉だ。
怒りを終わらせる言葉でもある。
でも法律の解除は、
怒りの出口ではない。
男は会議室に資料を持って入った。
社長と営業、そして現場の責任者が揃っている。
社長が言った。
「昨日の損害の話は分かった。
でも、もう一回やるのは無理だ。
この契約、終わらせたい」
男は、白紙を一枚出して、線を引いた。
- **解除の目的**
- **解除の要件**
- **解除できない線**
「まず前提からいきます」
男は、ゆっくり言った。
「改正後の考え方では、解除は“責任追及”じゃなくて、
**契約の拘束力から解放する制度**として位置づけられています」
現場責任者が、少しだけ眉を上げる。
“罰”じゃない、という話が意外だったのだろう。
「だから、“相手が悪いから解除できる”とは限らない。
逆に言うと、相手に帰責事由(落ち度)がなくても、
一定の要件があれば解除できる、という整理になっています」
社長は腕を組んだまま言う。
「じゃあ要件は?」
男は、二つに分けた。
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1) 原則:催告解除(まず“期限を切って履行を求める”)
「原則は、**相当の期間を定めて履行を催告**して、
その期間内に履行がないときに解除できます」
そして、男は“ただし書”に線を引く。
「ただし、**不履行が軽微**だと解除できません。
契約と取引上の社会通念に照らして軽微かどうかで判断されます」
営業が言った。
「今回、軽微ではないですよね?納期も飛んでるし…」
男は、即答しなかった。
軽微かどうかは、“怒り”では測れない。
「不履行の程度と、違反された義務の性質です。
ここは事実を固めないといけない」
社長が、短く頷いた。
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2) 例外:無催告解除(“待つ意味がない”ときは催告なし)
男は二本目の線を引いた。
「ただ、**催告なしで解除できる類型**もあります」
- 履行が全部不能
- 全部の履行拒絶を明確に表示
- 一部不能/一部拒絶で、残りでは目的達成できない
- 定期行為(特定日時・期間内に履行が必要)で時期を徒過
- 催告しても目的達成に足りる履行が見込めないことが明らか
「こういう場合は、催告を要せず直ちに解除できます」
現場責任者が言う。
「今回、相手は“やれません”って言ってない。
ただ遅れてるだけだ」
男は頷いた。
「そう。だから、無催告解除に寄せるのは危ない。
“拒絶が明確”とか、“見込みがないことが明らか”を言うには、
証拠の強さが必要です」
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社長が、机を指で叩いた。
「じゃあ、催告だな」
男は、そこで三つ目の線を引いた。
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## 3) 解除できない線:こっちの帰責事由(“自分のせい”で履行できないなら解除不可)
男は言った。
「ただし、ここが一番大事です。
不履行が**債権者側の責めに帰すべき事由**による場合、
解除できません」
営業が、顔をしかめた。
「……昨日の仕様変更の話ですか」
男は、肯定も否定もせず、淡々と整理した。
「仕様変更が、相手の履行を妨げたなら、ここに刺さる可能性がある。
解除は、こちらが“逃げるための道具”にはできない」
社長が静かに息を吐く。
「つまり、切るにしても——
切り方があるってことか」
男は、頷いた。
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会議の最後、社長が言った。
「じゃあ、どうする?」
男は、紙を一枚だけ前に出した。
“感情”ではなく“手順”の紙だ。
「まず、催告。相当期間。
その上で、軽微じゃないことの整理。
そして、こちらの仕様変更がどこまで影響したかを、事実で固める」
社長は、短く言った。
「解除は?」
男は、言葉を選ばなかった。
「解除は、制裁じゃない。
**契約を終わらせる技術**です」
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夜。
男はテキストを閉じて、ノートに書いた。
> “切る”ではなく、
> “終わらせる”。
そして、もう一行。
> 解除は、怒りを正当化するためじゃない。
> 取引を次へ進めるための線だ。
不合格の通知は、まだ胸のどこかに残っている。
でも——
こういう場面で必要なのは、合否じゃない。
**基準を持って終わらせられるか**。
それだけだ。
男は、ペンを置いた。
次は、ここに“解除の効果”——原状回復と第三者の問題が来る。
そう、分かっていた。
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