第二十七話 「時効は、忘れられた人の味方か」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
その請求書は、
封筒の底に沈んでいた。
「これ……まだ回収できてません」
経理担当が、申し訳なさそうに差し出す。
取引から、かなり時間が経っている。
相手先も倒産はしていない。
ただ——連絡が、途切れている。
「まだ、請求はできますよね?」
その言い方が、
男の足を止めた。
——“できるか”と
“通るか”は、違う。
男は、すぐに答えなかった。
---
テキストを開く。
**消滅時効**。
以前は、
数字だけの章だと思っていた。
何年。
何年。
ただの期限。
でも今は、
違う重さで読める。
> 権利は、
> 行使しないまま一定期間が経過すると、
> 消滅する。
それは、
怠けた人への罰じゃない。
**社会を前に進めるための仕組み**だ。
---
「まず、整理します」
男は、いつものように紙に線を引く。
- 何の債権か
- いつ発生したか
- いつ行使できたか
「ポイントは、
**いつから時効が走るか**です」
経理が顔を上げる。
「取引の日から、じゃないんですか?」
「“行使できると知った時”からです」
男は、強調した。
「——**起算点**」
請求権が発生しただけでは、
まだ足りない。
権利を
“使えると分かった瞬間”。
そこから、
時効は静かに動き始める。
---
男は、過去のメールを追った。
最初の未払い。
催促。
返信。
そして、沈黙。
「この時点で、
行使できることは
明確になっています」
社長が言った。
「じゃあ、もう……」
男は、うなずく。
「**完成している可能性が高い**です」
——ただし。
「相手が
“時効を援用”したら、です」
その言葉に、
室内の空気が止まる。
---
「時効って、
勝手に消えるんじゃないんだな」
社長が、ぽつりと言う。
男は答えた。
「**主張されて、初めて効く**。
それが援用です」
相手が、口にしなければ、
権利は“眠ったまま”。
だからこそ、
会社は、
請求を管理し続ける。
——忘れないために。
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だが、もう一つある。
男は、資料をめくった。
「**完成猶予**や**更新**が
かかっている可能性です」
交渉。
一部弁済。
支払約束のメール。
それらは、
時効を止めたり、
リセットしたりする。
「この一文……
“来月中に払います”」
男は、そこを指した。
「これ、
**債務承認**です」
社長が、はっとする。
「じゃあ?」
「時効は、
**そこから更新**してます」
数字が、
頭の中で書き換わる。
まだ、切れていない。
---
男は、静かに締めた。
「時効は、
“忘れていい人”の制度じゃない」
誰かに
いつまでも縛られないための
線引きだ。
そして、
管理を怠った側への、
ただの現実だ。
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夜、
男はノートに書いた。
> 時効は、
> 時間の罰じゃない。
> 行動の記録だ。
試験で問われるのは、
年数かもしれない。
でも実務で問われるのは、
**いつ、何をしたか**。
社長の言った
「まだ足りない」は、
これだった。
知っているだけじゃ、足りない。
**追い続けているかどうか**。
男は、ノートを閉じた。
次に同じ請求が来たら、
もう、迷わない。
——期限は、
最初から
カレンダーに刻まれている。
お読み頂き、ありがとうございます。




