第二十六話 「守られる第三者と、守られない第三者」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
その案件は、
「すでに終わった話」として扱われていた。
契約は、一度取り消された。
関係者も、社内では納得している。
だから、もう掘り返す必要はない——
そういう空気だった。
だが、男は引っかかっていた。
取り消された契約。
その後に登場した、**第三者**。
——この人たちは、
同じように扱っていいのか。
昼過ぎ、社内ミーティング。
営業が、結果報告のように言った。
「元の契約は無効になったので、
後の取引も全部影響受けますよね?」
その言い切りに、
男はすぐに頷かなかった。
「……“無効”でしたっけ」
会議室が、静かになる。
「いや、
**取り消し**です」
たった一語の違い。
でも、その一語が、
第三者の運命を分ける。
男は、皆の前で確認するように話した。
「今回の契約、
原因は錯誤ですよね」
営業が頷く。
「じゃあ、取消し。
成立はしていた」
——ここまでは、
第23話でやった通りだ。
男は、さらに続ける。
「問題は、
**その取消しを第三者に主張できるか**です」
誰かが言った。
「当然、できますよね?」
男は、テキストを開く。
そのページは、
以前よりも自然に開けた。
**錯誤**。
**第三者保護**。
そこには、はっきり書いてある。
> 錯誤による意思表示の取消しは、
> **善意で、かつ過失のない第三者**に対抗することができない。
——善意だけじゃ、足りない。
会議室の空気が、変わる。
---
「整理します」
男は、ホワイトボードに
三つの箱を書いた。
- 心裡留保・虚偽表示
- 錯誤・詐欺
- 強迫
「この三つ、
**第三者の扱いが違います**」
皆が身を乗り出す。
「心裡留保と虚偽表示は、
**善意の第三者**なら守られる」
——知らなかった、それだけでいい。
「でも、
錯誤と詐欺は違う」
男は、言葉を区切った。
「**善意無過失**。
知らなかった上に、
注意しても知れなかった人だけです」
誰かが、ぽつりと呟く。
「……ややこしいですね」
男は、否定しなかった。
「ややこしく見えます。
でも、理由は一つです」
男は、少し間を置く。
「**誰を守るべきかが違うから**」
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心裡留保や虚偽表示。
それは、
“外から見えない事情”を作った側に
責任があるケースだ。
だから、
善意の第三者は広く守る。
でも、
錯誤や詐欺は違う。
当事者側にも、
確認不足や、入り込みがある。
だから、
第三者も、
**無過失**でなければ守られない。
——法律は、
感情じゃなく、
構造で線を引いている。
男は、そう説明した。
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社長が、腕を組んで言う。
「で、今回の第三者は?」
男は、事前にまとめてきた資料を出した。
- 契約内容を把握していたか
- 前提条件を確認していたか
- 異変に気づける余地はなかったか
「完全に“知らなかった”とは言い切れません」
社長が頷く。
「じゃあ?」
「**善意でも、無過失とは言えない**可能性が高いです」
その瞬間、
会議室に、
不思議な納得が広がった。
無理に切り捨てるわけでもない。
情で押し切るわけでもない。
**基準が、ここにある**。
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会議が終わった後、
社長が男に声をかけた。
「前はさ」
社長は、少しだけ笑った。
「“守られる側”と
“守られない側”の区別、
感覚で話してたな」
男は否定しなかった。
「今は?」
「……どこまで守られるかを、
言葉で区切れるようになった」
社長は、それ以上何も言わなかった。
その沈黙は、
以前よりずっと軽かった。
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夜。
男は、テキストを閉じて、
ノートに書いた。
> 第三者は、全部同じじゃない。
> 守られる理由が違う。
そして、もう一行。
> 合否より先に、
> ここを言えるようになる必要があった。
社長に言われた
「まだ足りない」は、
ここだったのだと、
ようやく実感する。
資格の知識は、
単なる道具じゃない。
**線を引き、
守る範囲を説明するための言葉**だ。
男は、静かに決める。
次は、
もう一度同じ問題が出ても、
迷わない。
——今度は、
**合格する準備が整っている**。
お読み頂き、ありがとうございます。




