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資格を学んで人生やり直し  作者: 仕事が生きがい~結婚諦めた~
第二章 ビジネス実務法務3級とは

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第二十五話 「“善意”は、いい人のことじゃない」

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

それは、朝一番の内線だった。


「総務から。至急で、来てほしいって」


男が席を立つと、

社長が目だけで追ってきた。


——また、“線引き”の話だ。

直感がそう告げていた。


総務の机の上には、

プリントアウトされた画面が置かれていた。

中古売買サイトの出品ページ。

写真の端に、会社の資産管理シールが写り込んでいる。


「これ……うちのノートPCです」


総務担当の声が乾いていた。

紛失届が出ていた端末。

廃棄予定ではない。

返却もされていない。


「出品者は、個人名。

 連絡したら、“拾ったものを買っただけ”って言ってます。

 買った人がもういて、今夜引き渡しだって」


男は、一度だけ深く息を吸った。


——所有権を主張すれば返ってくる。

そう言いたくなる。


だが、その “言いたくなる” が危ない。

社長に指摘されたのは、そこだった。


「状況、整理します」


男は言って、白紙に四つの箱を書いた。


- だれが

- 何を

- どんな取引で

- どんな認識で


「これ、動産ですよね。ノートPCは」


総務がうなずく。


「じゃあ、論点は一つ増えます。

 **“即時取得”**」


その言葉を出した瞬間、

総務の表情が少し固まった。


「……買った人が、持ち主になっちゃうってやつですか?」


「条件を満たすと、そうなる可能性がある」


男は、あえて曖昧に言った。

断言しない。

まず、要件。


机の引き出しから、テキストを取り出す。

最初の頃より、ページを開く動作が速くなっている。


即時取得の要点。

男は声に出さずに読み、

必要なところだけを拾っていく。


**取引行為**で、

**平穏・公然**に、

占有を始めた者が、

**善意で、かつ無過失**なら、

権利を取得する。


「——ここで言う“善意”って、

 いい人のことじゃない」


男は、総務の目を見て言った。


「法律用語の善意は、

 **“知らない”って意味**です」


総務が小さく眉を寄せる。


「悪意は、悪い人、じゃないんですね」


「悪意は、**“知っている”**」


「そして即時取得だと、善意だけじゃ足りない。

 **“無過失”**がセットです」


男は、さっきの四つの箱を指で叩く。


「つまり、買った人が

 “知らなかった”だけじゃなくて、

 **注意しても知り得なかった**かどうかが問われます」


——無過失。

ここが、勝負どころだ。


---


その時、会議室から呼ばれた。

社長が待っていた。


「例のPCの件?」


男は、要点を短くまとめた。


「所有権を主張して取り返せる、とは限りません。

 買主が善意無過失なら即時取得の可能性があります」


社長は腕を組んで、少しだけ間を置いた。


「……君、今、“善意”って言ったな」


「はい」


「善意って、何だ?」


男は一瞬、口をつぐみかけた。

——“いい人”。

頭のどこかが、まだ古い辞書を引こうとする。


でも今回は、戻れる。


「法律用語の善意は、

 **ある事実を知らないこと**です」


社長は頷いた。


「じゃあ、“善意無過失”は?」


男は、迷わず言った。


「知らないだけじゃなく、

 **注意しても知ることができなかった**状態です」


社長の目が、ほんの少しだけ鋭くなる。


「じゃあ、今回。

 買主が“無過失”かどうか、

 どこで見る?」


男は、白紙を取り出し、

“過失”の横に丸をつけた。


「外形です。

 価格が不自然に安いとか、

 資産管理シールが見えているとか、

 付属品やログイン状況が妙だとか」


社長は即答を求めるように見えたが、

男はあえて、最後の一枚を足した。


「……ただ、ここ、急ぎます。

 法的に争うより、

 **取引の安全**の考え方が絡むので、

 強く出ると逆に長引きます」


社長が小さく息を吐く。


「つまり?」


男は言った。


「**“取り返す”じゃなく、“買い戻す”**が現実策です。

 それと同時に、相手の無過失を崩す材料——

 “知り得たはず”の事情を確認します」


社長は黙っていた。


その沈黙が、

評価なのか、まだ不足なのか、

男には分からない。


けれど、以前なら

この沈黙に耐えられなかった。


今は、耐えられる。


言葉の根拠が、足元にあるからだ。


---


夕方。

総務と一緒に、買主へ連絡した。


男は、声の温度を落とさず、

しかし、主張の形は崩さなかった。


「当社の資産管理番号が残っている端末で、

 情報保護の観点からも回収が必要です。

 購入の経緯と、価格、状態を確認させてください」


買主は困惑していた。

「自分は被害者だ」と言いたげな声。


男は、そこで一つだけ

“言わないこと”を選んだ。


「あなたは悪意だ」

とは言わない。


悪意は、人格ではない。

事実の認識だ。


そしてこちらが今やるべきは、

相手の人格を裁くことではない。


**事実を、静かに集める**ことだった。


電話を切った後、

総務が小さく言った。


「……なんか、

 こっちが悪いことしてるみたいで、嫌ですね」


男は、すぐに否定しなかった。


代わりに、ひと呼吸置いて言う。


「法律は、

 知らない人を守る仕組みがある。

 だから、こっちは

 “守られる条件に当てはまるか”を確認する」


総務が頷く。


男は、机に戻り、

最後にテキストを開いた。


そこには、短い言葉があった。


**信義則**。

信義誠実。


権利は、

振り回すためにあるんじゃない。


守るためにある。


——だから、

こちらも誠実でいなければならない。


男は、メモに書いた。


> 善意は“優しさ”じゃない。

> でも、誠実さがなければ、善意の話は使えない。


社長の「まだ足りない」は、

知識量の話ではなかった。


**言葉を、正しく使う姿勢**だった。


男は、もう一度だけ、

ページの端を押さえた。


戻る。

原点に。

そして今度こそ、

合格を“取りにいく”。

お読み頂き、ありがとうございます。

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