イオキベ・イベリス その2
「――なるほどな。虚けだとは思っていたが、ここまでの虚けとは。さすがの我も思いもせなんだ」
台座に腰掛け、細く長い足を組むイベリス。その腕は、豊かな胸部を支えるように胸の下で組まれている。
「前にあんたとそこで死にかけているスヴェンとで交わした約束を覚えているっすか?」
「当然だ。大切な食料だからな」
リーナシアの問いに応じるイベリス。これに素っ頓狂な声を上げたのはララーナだ。
「しょ、食料!?」
「我は眠りに就く代わりにこの男を喰らうと契約を結んだ」
「ええ!? スヴェン様は食べられちゃうんですか!?」
「落ち着けって。あいつの言う食べるってのは、理力を喰らうってことだ。精神体のときの嬢ちゃんみたいな感じだ」
混乱するララーナをヴァルダが宥める。
「我の能力は同化だ。触れた者と一つになる力……これを使って我は契約している神と同化し、その力その存在を我がものとした」
――故に【神喰らい】。
イベリスは人にして人にあらず。神にして神にあらず。半分人であり、半分神でもある。
この世には神と人との間で設けられた半神と呼ばれる者たちがいる。彼らも半分神であり、半分人だが、そんな者たちとさえ、イベリスは一線を画している。
半神の場合は、言ってしまえばそれぞれの親から半分ずつその特性を受け継いでいるようなものだ。半分と半分を足して一つ。
しかし、イベリスの場合は、そもそも完全体である人と神が一つになっている。一と一が足され、二になった存在。それが彼女だ。構成割合としては同じ半分だが、その意味合いは全く異なる。半神とは比較にならない存在力を有しているのだ。
そんな彼女は理力があれば生きていける。理力の塊のような神を喰らった影響だ。
「眠りに就く前、この辺り一帯の下衆どもに報復してやったのよ。そしたら、わらわらとさらなる下衆どもが群がってきてな」
所謂、【鮮血の黎明事件】である。
且つて自分を滅ぼした勇者の末裔たち。彼らをイベリスは同化能力を使って悉く傀儡にし、同士討ちをさせたのだ。
「我を細かくし、分岐した我を任意の対象と同化させる。さすればあら不思議、意のままに操れる傀儡のできあがりよ」
楽し気に笑うイベリスだが、その内容はあまりに邪悪だ。最優先討伐対象に指定し、神兵を差し向けたルグリカ教国やリコフォス教会の判断は間違っていなかっただろう。
「下衆どもが殺し合うところを眺めていたら、此奴らが現れてな。そこの死にかけは、自分が喰われることを代償に手を引けと言ってきたのよ」
愉快そうにくつくつとイベリスは笑う。
「あのときの我に対して、自分から喰えなんて言ってくる奴がいるとは思わなくてな。ついつい話を聞いてしまった」
それが当時のスヴェンの作戦だった。
真っ向どころか、戦ったら確実に負ける。
だから、戦わない。交渉で場を収める。それが狙いだった。
「まぁ、我としてもただの気晴らしに過ぎなかったし、少しばかり眠ったところで今更だったし、食事が用意されるならそれも良いかと思ってな。騙そうとしている様子もなかったし、暇つぶしにそこの虚けの話に乗ってやったのよ」
ローランは何かしらの手段でイベリスを倒したと思っていたようだが、その実、単に彼女と交渉し、落としどころを設定しただけに過ぎない。
「で、眠っていたところに貴様らが現れたというわけだ」
「お前さんなら、あいつの暴走した理力を上手いこと処理できるんじゃねぇかぁ?」
「一時的にはそれで解消できよう。が、根本解決にはならないだろうな」
「だろうなぁ」
「ならばどうするつもりだ? 常に理力を生成し続けるという状況が改善されるまでここに通うか? それともずっとここにいるつもりか? 先に言っておくが、人里に降りて来いと言うのであれば、答えは否だ。人は煩わしい。殺したくなる」
元は人だった奴が何を言ってんのよ、というのはアウラの言である。
「なら、こういうのはどうだぁ? そこの死にかけと同化する、ってのはぁ?」
「……ほぅ?」
「この阿呆と同化し、生成された理力はお前さんが消費する。普段はこいつの中にいれば良いし、無駄に俗世と接する必要もない。居候みたいなもんだなぁ。あとは、居候ついでに壊れた理力路を治したり、暴走している理力生成を抑え込んだりしてもらえたらありがたいがなぁ」
「我がそのままこの虚けを喰らい、完全に我がものとしてしまう、とは考えないのか?」
「そんときはそんときだぁ。どうせ今は他に頼る奴もいねぇし、そこの阿呆があんときに下した決断とお前さんを信じるしかねぇよぉ」
ヴァルダの言葉にイベリスはフッと鼻で笑った。
「甘いな。我は悪党も悪党、大悪党よ」
だが、と続ける。
「まぁ、今更此奴を喰らったところで何の面白みもないのも事実だな」
「なら、頼めるってことで良いんだなぁ?」
「飽きたら出ていくからな。そこのところ、此奴が目を覚ましたらよく伝えておけ」
そう言ってイベリスはスヴェンに近づいた。
「服を脱がせろ」
「え? ど、どうしてですか?」
「言っただろう? 触れた相手と同化する、とな。服は邪魔だ」
「わ、わかりました!」
ララーナが応じてスヴェンの服を脱がしていく。動揺している割には随分と手慣れた様子だ。その手つきは淀みない。
「さて、久方ぶりの同化だな……」
石台に仰向けになったスヴェンに跨ったイベリスはその足を絡めていく。すると、接触している皮膚同士の境界が溶けて、彼女の足がスヴェンのものに吸い込まれていく。最初は足先だけだったが、膝下、膝上、腰と次第に同化部分が上半身へと移っていく。
その過程で、同化が進むごとに甘い嬌声を上げるイベリス。その体を何度も小刻みに痙攣させながらスヴェンと肌を重ね、溶けあっていく。
それを見たララーナが恥ずかしそうに顔を赤らめながらポツリと呟いた。
「な、何だか凄くやらしいです……」
「ララっちがそれを言うっすか……」
呆れるリーナシア。
ララーナだけでなくロロリト族全体が性に奔放だ。にも拘わらず、恥じらう彼女にリーナシアとしては呆れ果てるしかない。
「クハハ……同化とは文字通り相手と一体になること……口づけ然り、性交渉然り、一つになることこそ悦楽よ……」
上擦った声でイベリスが応じる。その顔は紅潮し、露になっている肩あたりまで汗を浮かべている。
彼女の理論で言えば、同化とは悦楽の極致にある行為ということになる。実際、その通りなのだろう。迸る快感のためか、何度も背中をのけ反らせている。
「んくっ……久方ぶりの肉の欲求だ……なかなかに響くではないか……」
胸部から下は完全にスヴェンの肉体と同化している。
最後に残った頭部も唇を重ねるように顔を近づけ、そしてスヴェンの中へと潜るようにして完全に一つになった。
「どうなったっすか……?」
不安そうにスヴェンに近づく。
先ほどまでの苦しそうな表情はなくなり、呼吸も落ち着いているように見える。
固唾を呑んで様子を見守っていると、スヴェンの瞼がぴくりと動く。
そして、
「……ここは?」
ゆっくり目を開けると、そう訊ねた。寝起きで焦点が合わないのか、何度も目を擦っている。
「寒い……なんで裸なんだ……?」
まじまじと自分の体を見るスヴェン。
そんな彼の様子に、全員がため息を吐いた。
「「「……はぁぁ」」」
「なんだなんだ? 随分とでかいため息だな?」
「私たちがどれだけ心配したと思ってんのよ?」
「そうっす! 少しは反省するっす!」
「いやいや、いきなり責め立てられても理解が追い付かないのだが……」
狼狽するスヴェンにヴァルダが懇切丁寧、且つ恨みがましくこれまでの経緯を説明する。
「――なるほど。ここはイベリスが眠っていたところで、んでもってあいつは俺の中にいると」
口にしてみるが、いまいち実感が沸かない。手を何度も開閉したり、足を伸ばしたり折り畳んだりしても、いつもと変わらない感触だ。
「お前さんに伝言だ。『飽きたら出ていく』ってよ」
「ったく……あいつらしいな。精々飽きられないように、さっさと理力の暴走とやらを治せってことか」
こうしてスヴェンと厄介な同居人との生活が始まることとなったのである。




