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王宮にて

        ■■■


 トーリンデルス王宮。

 そこは王国が誇る風光明媚な宮殿――だった場所だ。

 王宮内を彩っていた数々の調度品は失われ、台座だけが意味なく残されている。壁には四角の模様が点々と。おそらく絵が掛けられていたのだろう、日焼けを免れていた箇所が浮き上がってしまっているらしい。

 掃除が行き届いていないのか、純白の大理石の床のあちこちに埃の塊が見受けられる。灯りのない燭台も多く、さながら歯抜け状態だ。且つての絢爛豪華さは既になく、今やどんよりと陰鬱な雰囲気が漂っている。

 そこにシーリアたちはいた。王宮から呼び出され、馳せ参じた次第である。シーリアから少し離れて後ろに控えるのはシレネとカミツレの二人。スタークも王宮に来るまでは一緒だったが、いつの間にか姿を消していた。今や数えるほどになったメイドを口説きにでも行ったのだろう。いつものことだとシーリアは特に気に留めず、王の言葉を待つ。


「まだ犯人を捕らえられないのかっ!?」


 国王トーリンデルス十二世の苛立った声が謁見の間に響く。以前に比べてかなり人数が減った臣下は、全員視線を足元に落とすだけで、応える者はいなかった。


 ――一人を除いて。


「父上。総力を挙げて捜索しております。今しばらくお待ちください」


 応じる男の名前はトーデン。三十代近い見た目のこの男こそが、次期国王と目されている現国王の長男である。鋭い目つきに険しい表情。いかにも融通の利かない真面目な男といった風貌が特徴的だ。


「帝国との開戦も迫っているというのに、本当に困るよねぇ」


 どこか他人事のように話すのは、次男サバルだ。柔和な笑みが似合う優男といった出で立ちである。実際、給仕や貴族諸侯の婦女子からは大変な人気である。

 そんな彼の言葉を咎める声が一つ。


「サバル兄様。事は重大です。もう少し真剣にされても良いのではないでしょうか?」


「シーリアは本当にお堅いねぇ。トーデン兄貴にそっくりだ。オレの妹とは思えないぜ」


 そう――シーリアは立場的に言えば王女なのだ。


「そもそもだよ? このオレに限って真剣にというのは少々、いや、かなり無理があると思うんだよねぇ」


 飄々としたその態度にシーリアはため息をついた。昔からサバルはこの調子だ。政治も経済もまるで興味がない。下手をすれば自分の命すら頓着しないのではないかと思うほどだ。

 面白いか――それだけが彼の判断基準であり、行動基準だ。

 そんなサバルを無視してシーリアは一歩前に出る。


「父上。微力ながら私も鋭意捜索中ですので――」


「――誰の許可を得て口を開く?」


 皺塗れになりながら尚も健在の凄みがシーリアへと向けられる。


「そもそも、どうしてここに貴様がいる? 呼んだ覚えはないが?」


「…………」


 自分の娘に掛ける言葉とは思えないほど厳しい物言い。これにはシーリアであっても思わず閉口する。

 そんな彼女のことをカミツレが不思議そうに眺めている。


(ねぇねぇ? あの人たちは何を話しているんだい?)


 ひそひそと問い掛けられたシレネは、その意図を察して「ああ……」と納得の声を漏らす。


(シーリア様は歴としたこの国の王女ですよ? いくらあなたの頭が羽虫ほどの大きさしかなくても理解できますよね?)


(えぇ!? てことは何かい? 僕は王女様の手料理を食べていたのかい!?)


(まぁそうなりますね……)


(やっぱりか……王女様にご馳走してもらうほど僕は凄かったんだな!)


(どこがどうなったらそうなるのですかっ!!)


 シレネのツッコミが聞こえなかったのか、「それにしても……」とカミツレが呟いた。


(どうして彼女はあんな風に言われているの? 娘なんだよね?)


(シーリア様は市井の妾の子としてお生まれになったそうですよ。なんでも現国王の一夜の過ちだとか)


(ははぁ。なるほどね。お遊びのつもりが後継者争いの種を作っちゃって、火傷したわけだ)


(まぁ、女性であるシーリア様が王座に就くことはないでしょうが、それでも面倒な事態になったことは確実ですね)


(でも、女性ならどこかに嫁がせるとか、政治的利用価値はあるんじゃないの?)


 あっけらかんと言うカミツレの言葉はどこまでも非道だ。


(あなたって本当に最低ですね。まぁ、実際その通りではあるのですが……)


(ならどうしてこんなにも嫌われているのさ?)


(それは、シーリア様が賞金稼ぎをやっているからでしょうね)


(ふむふむ。大方、王女にあるまじき振る舞いってところかな? ただでさえ疎ましい存在なのに、扱い辛い跳ねっ返りと来たら、そりゃあ歓迎もされないか)


(……あなたってどこまでも馬鹿で阿呆なのに、どうしてこういう話はできるのでしょうか?)


(そんな立場にあるというのに、それでも自分の道を進もうとするというのだから、凄いね彼女は)


(それはもう、本当に……)


 そう言ってシレネはシーリアと初めて出会ったときのことを思い出した。


   ーーーーーー


 彼女と出会ったのは今から三年ほど前のことだ。


(あれが剣神サルファリアと契約したという……)


 視線の先には凛然と歩く若い女性の姿。自分よりも少しばかり年上といったところか。

 背筋をピンと伸ばし、キビキビと歩みを進める姿は王宮の中であっても目立つ。遠巻きに見ても一目で彼女こそがシーリアだとわかる。

 家を離れて王宮で働き始める前から【剣神の娘】の噂は聞いていた。実際に目にして、その噂がただの流言ではないことを悟る。

 溢れ出る自信。漲る生命力。

 そこらの王族や貴族とは一線を画す存在だというのはすぐにわかった。

 しかし、だ。


(所詮は王女……身分という後ろ盾ありきなのが透けて見えますね……)


 剣神サルファリアと契約できるのは、一生涯を剣に捧げるほどの覚悟を持った者と言われている。

 そこで疑問に思う。生きていく上で、食事に洗濯に労働に……必要条件は多岐にわたる。それら一切合切を無視して剣の道に生きることなど不可能と言わざるを得ない。もっとも、身の回りの全てを世話してもらえるような立場があれば話は別だろうが。

 そう、それこそ王女のように高貴なご身分であれば、だが。


(他人に与えられた地位の上に成り立っているというのに、さも我が物顔でいるとは……)


 滑稽。実に滑稽である。

 興味をなくしたシレネはクスリと薄く笑い自分の仕事へと戻る。


「ちょっと! これどういうことなのよ!?」


 キンキンと耳に触る怒鳴り声が飛び込んでくる。また誰かがやらかしたのかと思っていると、


「あなたに言っているのよ!」


 シレネの前に激昂した女性給仕が立ち、威嚇するようにグイと顔を近づけてくる。


「はい? わたしですか?」


「惚けるつもり!? サバル様は高貴なお方なのよ!? あなた如きが近づいて良いお方ではないわ!」


 シレネに突き付けられたのは、一枚の画像だった。誰が撮ったのかは知らないが、そこにはサバルと彼女の話している姿がハッキリと映し出されている。一体いつのことかと記憶を探り、思い至る。


「あぁ、これはお客様を見失われたサバル様に、お客様がどちらに向かわれたか尋ねられただけで、別にこれといって……」


「お黙りっ!」


 シレネの弁解はピシャリと断ち切られてしまう。


「次にあのお方に近づいたらただじゃおかないわよっ!?」


 キャンキャンとした声が鼓膜に突き刺さる。

 堪らず耳を押さえそうになるシレネだったが、寸でのところでどうにか踏みとどまる。これ以上、面倒な事態に発展するのだけは勘弁だった。

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