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告白(前)

ちょっと短いですが、どうぞご容赦を。


「あー、おいしいなぁー。やっぱり、カレーって、無敵だよねー。そう思わない、きよちん?」

 そうほくほくとした顔で言う遥。頬が、丸く膨らんで、リスのようだった。

「そうか? 俺は別に、インド人じゃねぇし……」

「いや、別に、インド人じゃなくたって、カレーは、万国共通で、愛されていると思うよ?」

 別に何だっていい。とにかく、俺は疲れていた。

 カレー作りが、大変だったわけじゃない。俺は、ただ、横から、指示を逐一飛ばしてくる遥に、従って、ロボットのごとく行動していただけだ。

 途中で、何かを入れろ、と言われれば、それを言われた分だけ、入れて、何分混ぜて、と言われれば、その時間通り混ぜる。

 家庭科の授業をはた目から俯瞰して思うのは、調理で失敗している奴っていうのは、たいてい、指示された一連の動きの中で、どこかに狂いを生じさせているような輩だが、俺からすれば理解不能だ。

 意味が分からん。普通に慎重に事を運んでいけば、ある程度のクオリティを作り出せるのに、どうして、そんな明らかにやばそうな色を作り出せるのか。

 しかも、それでたがいに見合って笑い合っているもんだからいっそう性質が悪い。

 そういった奴が、社会に出て、働いて社会を作って、どんどん社会を腐敗させ、価値を貶めていくんだ。

 まぁ、今は、カレーを食べているときなので、少し考えるのをやめて無心で食べよう。

 考え事をしながら食べる飯なんておいしいわけないし、何より、カレーは好きだから、食べるほうに集中したい。

 そういうわけで、俺が、せわしなくスプーンを動かして、カレーにがっついていると、

「あっ、ちょっと待って。きよちん。こっち向いて」

 俺とは対照的にゆっくりと食べている遥が突然俺にそんなことを言ってきた。

 まったく、何だよ。人が、せっかく集中して、飯を食べているんだから、水を差すんじゃないよ。

 とはいえ、遥も、かなり、神妙そうな顔しているし、何か、重大な話があるんだろう。

 俺は、寛容だからな。聞く耳ぐらい傾けてやるか。

 俺は、現時点で口の中に入っているご飯を、良く噛んで、そして、飲み込んだ。

「……何だよ?」

 顔を上げると、彼女は、何も言わずにゆっくりと手を、俺の顔、いや頬に近づけてきて何かを取った。

「ほら、ご飯粒だよ。がつがつ食べているからついちゃったんんだね」

 それから、どっと相好を崩すとそれを、パクリと食べた。

 それだけ、すると、彼女は、満足そうに、勝手に食事に戻った。

 ときどき、俺の顔をちらちら見るのが、若干気になるところだがどうやら、彼女が俺に待ってといったのは俺の頬についたご飯粒を取るためだったようだ。

 何で、そんなことで、あんな真剣な顔になれるのかね……。何年も付き合ってきているけど、本当によくわからない女だ。

 それともあれか、女っていうのは秘密が多い、とか、どこかの誰かが、ほざいていた気がするが、こいつだけに限らず、女っていうのはこんな良くわからない生き物なのだろうか。

 実際、俺の目の前でニコニコとカレーを頬張っているこの女は、学校では、誰にでも優しくて、理想の女性像と、評判だからな。

「どうしたの、きよちん。あっ、もしかして、私のほっぺたにもご飯粒ついてる? だったら取ってよー」

「別に、そういうわけじゃない……」

 もう何でもいいや。無駄に考えに耽っていても今みたいな勘違い受けるだけだし、冷めないうちにカレー食べよう。

 今度は、頬に何もつけないようにゆっくりと丁寧に。

 俺はそのままお互い、何も話さずもしくは2,3言かわすぐらいで落ち着いて食べることを望んでいたのに遥は勝手に質問がはぐらかされたことが気に入らなかったらしく、

「ねぇねぇ。ご飯粒ついてるでしょ? さっきせっかく取ってあげたんだから、私のも取ってよー」

 あぁ? やかましいな。この女は。

 何を、甘ったれたことで甘えたことを言っているんだ。全く。

 俺は、カレーを食べることに集中しながら、言った。

「……やだよ、面倒くさい。そのくらい自分でやれよ」

 すると、俺の反応が気に入らなかったのか、遥は、過剰に反応して、

「えー、きよちん、そこは、よし、わかった、俺がとってやるから、じっとしてろ、って言うところでしょう?」

「言わねぇよ。そんなのは、そうだな……お前が好きになったやつにでもやってもらえ」

 最近、学校で見たからな。そういうの。別に見たくもなかったんだけど、偶然、その場を通りかかったとき、明らかに、仲が良さげな、おそらくカップルであろう男女がご飯粒取って、とか言っていた。

 でも、それは、あくまでカップル。お互い好きあっている同士でやっていればいいことで俺たちは、そんなのとは違う。

 俺達はただの親に命ぜられるままに、仲良くしているだけの形の幼馴染、いや腐れ縁ってやつなのだ。

 俺は、別にクラスで馴染もうとも、自分から進んで、クラスのために貢献しようとも思っていない。ただ他の人間と一緒に授業を受けるだけの機関としか学校を認知していない。

 それに比べて、遥は、社会の縮図と言われる学校で、その実力でカーストの頂点を勝ち取った女だ。

 俺たち二人はそもそも、住む世界が違っているんだ。それなのに、この幼馴染と言う名前の忌むべき鎖が俺と彼女を今日の今日まで離さなかった。

 ずっと、どこまででも、彼女は、俺に付き纏ってきて。俺は黙っているのに、勝手に知りたくもない、話題を吹っかけてきて。そうして、今こうして、2人でカレーを食べている。

 それだって、今から振り返れば、丸くなった方だ。だって、遥を、ガン無視しなくなったんだから。

 昔は、それこそ何を言われてもただ無視を繰り返し、俺は自分で自分の世界に幼いながら入り浸っていた。

 いつから、俺が、遥に対してだけは、口を聞くようになったかは俺も覚えてないし、その頃の俺の心境だってわからない。

 ただどこかで、張りつめた糸がぷつんと切れるように、懲りずに話しかけてくる遥に、小さいころの俺は耐えられなくなったんだろう。

 でも、もう今日以上の関係に俺達がなることはない。俺と、遥じゃ釣り合いが取れないし、住む世界が違う。

 彼女は将来の夢が、国連で働くことだ。それも地球の裏側で貧困であえいでいるような子供たちを助ける仕事。

 大人になってまで、自分以外の他の人を助けたいだなんて思っているような慈愛精神に満ち溢れた俺の幼馴染。

 俺は、死ぬまで、人間は7800円の輝きしか出せない、と信じて疑わないだろう。つまりは社会であまり歓迎されない大人だ。

 その2つには天と地ほどの差がある。それを埋めることなんてできるわけもないし、できるはずもないし、しようとも思わない。

 そういうのは人間の淡い理想がふんだんに詰め込まれた創作物にさせておけばいいのであって、俺は、リアリストであること望む。

 だから、さらに気持ちを込めて遥に、言ってやった。

「俺たちは、今日まで、ずっと幼馴染やってきた。でも、そろそろやめにしないか?」

「え、なに? もう一度言って?」

「だからさ、俺たちもう、幼馴染とかそういう関係やめて、お互い別々の道で生きていかないか、ってこと」

 なるべく厳粛に俺はそう言った。

 そのおかげか、今度こそは、ちゃんと、頭の中で、意味の理解ができたようで、次の瞬間カチャーンと手からスプーンを落とすと顔面蒼白な様子で、遥は

「え……それ、どういうこと?」

 その声からは、理解不能、焦燥、不安といった負の感情が、聞いて取れた。

 確かにいきなりこんなことを切り出したら、相手が理解不能に陥るのも無理ではない。

 俺はそれを斟酌して、今まで、自分が考えてきたことのすべてを話した。

 ゆっくりと、丁寧に。そのおかげか、途中で質問やら何やらで、話の腰が折られることなく、結論まで、淀みなく通した。

 そうして、最後まで話し終えたとき、彼女は、ボロボロと涙をこぼしていた。

「……何で、泣くんだよ。いいじゃないか。別に、俺がお前とかかわらなくなるだけで、お前にはたくさんの友達と希望のある未来が待っているんだからさ」

 今の俺は、どうしてか胸が痛い。彼女の目から、こぼれた涙が、頬を伝い床に垂れていくたびに胸が張り裂けそうになった。

「それじゃあさぁ、駄目なのぉ」

 涙交じりの声。熱い吐息、嗚咽を入れながら、彼女は苦しげにそう言った。

「何がどう駄目なんだ。俺、何か間違ったこと言ったか?」

「ぜ、前提から間違っているんだよ」

「前提?」

 そう訊くと、コクコクと彼女は頷いて

「きよちんはさぁ、私が、ただ、幼馴染だから話しかけているって言ったじゃない?」

「まぁ、そう言ったな」

 というかそうとしか考えられないだろ。だって、俺よりも格好良くて、一芸に秀でたやつが、彼女の周りには、飽きないほどに、いて、皆彼女に寄っていたんだから。

 それなのに、それらと、同じように俺に話しかけてくるなんて何度も言うけど、そこに幼馴染と言う鎖があったからだろう。

 しかし、彼女は、俺のその考えを驚くべき告白で、切り捨てた。

「私はね、きよちんのことが、大好きなんだよぉ!」

 それまで、彼女は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠していたのに、そのときだけ、顔を、隠すこともせず、ただ俺と面と向かって叫んだ。

 ――大好き?

 遥が、俺のことを?

 訳が分からない。これが告白と言う奴なのか? しかも、こんな明らかに、スペックが違う女に、俺が?

 冗談だろ、と言おうとした。しかし、彼女は一方的にまくし立ててきた。

「冗談なんかじゃない。その証拠に、私が、教えてあげるよ、この気持ちが嘘じゃないってこと」

 彼女はそう言って、そのままずいと身を乗り出したかと思うと、俺の顔に自分の顔を近づけ、そして俺と彼女の唇は、触れあっていた。

 

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