告白(後)
いやー、清隆、嫌な奴ですねー。とはいえない作者であります。
というのも自分はラノベのような経験をしたことがないため、こういうときどういう行動にでるか皆目見当がつかないからです
気づいたら、俺は、彼女のことを突き飛ばしていた。
「いたたた……きよちん、ひどいよぉ。どうして、突き飛ばすの?」
俺は、怒りで打ち震えていた。だから、尻餅をついて痛そうにしている遥に何も声をかけてやることはなかった。
そのうち、彼女は、涙も収まり、落ち着いたのか、呼吸を整えてから立ち上がった。
俺はそんな彼女を凝視し、ただ唇を摩るだけだった。
そして、彼女は、ずっと黙りこくったままの俺をいぶかしく思ったのか顔色をうかがいながら、俺にそう声をかけた。
「……きよちん、ねぇ、聞いてる?」
「……あぁ、聞いてるよ」
俺がそう静かな声で言うと彼女は、ニコリと笑って
「なーんだ、ちゃんと反応してくれた。じゃあ」
「じゃあ、じゃねぇんだよ。もう帰れ。お前」
俺は、ボソリと、そう宣告した。これが、男だったら、本気で顔面を殴ってやってたかもしれない。
顔も見たくない。もう寝たい。それで、今日あったことはすべてなかったことにする。
俺はそう決めて、ベッドに直行しようと思い向きを変えて歩き出そうとしたときだった。
「待ってよ! きよちん!」
彼女は、そう叫んだ。だが、もう俺は待つ気などない。
すたすたと無視して、行くと、たたたっ、と、背後から足音がして、次の瞬間には、俺の体は、がっちりと両腕で固められ、まるでラグビーが如く、地面に押し倒された。
そうして、俺が反応できないうちに、俺の体は、くるりと向きが変えられ、ちょうど遥が俺に覆いかぶさるような態勢になっていた。
「……お前、これ、どういうつもりだよ?」
まだ、この女は、わかっていないのか。自分がしたことの愚かさを。
俺は、今度は、すぐ近くにある遥の端正な顔を睨み付けた。
すると、彼女は今度は俺を睨み返しながら、また俺の口にキスをした。
軽くお互いの唇が触れ合うようなキス。
それを彼女は、俺の両腕を押さえつけて幾度となく繰り返した。
「もうやめろ!」
ついに、俺は耐えられなくなって叫んだ。だが、彼女は不敵に笑うと
「いやだ、やめない」
「じゃあ、俺はお前のことを殴ってやる」
「殴れるものなら殴ってみなよ」
彼女は、そうして、俺の両腕を解放した。そして立ち上がった俺に対し、自分の頬をおれほれ、と言わんばかりに突き出した。
俺は、その悪びれもない様子とシミひとつのない白い肌を見て元からさらさらなかった殴る気が完全に失せた。
だが、その代わりにこう言った。
「お前は俺のことを、自分のファーストキスを捧げてくれるほどに好きなのかもしれない。それはよくわかった。でも、俺はお前を好きになることはできない」
彼女も可哀そうだと思う。人から好かれるだけの美貌と才知を兼ね備え、性格だって申し分がない完璧人間なのに、唯一俺みたいなのが長年付き合ってきた幼馴染で、しかもあろうことに、そいつを好きになってしまったのだから。
しかも、その好かれた男は何があってもその女を好きになることはない、と本気で思っていて、そういうわけでその恋は絶対に実ることがない。
まさに天は二物を与えずと言うやつだ。
だが、彼女は厄介なことにそう簡単には俺から身を引いてくれなかった。
「きよちん、私のどこが悪いのか、教えて」
「どこが悪いも何もだな。そういうことじゃないんだよ」
「じゃあ、どういうこと?」
「今のお前の何が悪い、ここが悪い、とかそういう話をしているんじゃなくて、俺は将来的、社会的な側面で悪いといっているんだ」
「しょーらいてき、しゃかいてき?」
「そうだ、ある意味、俺はお前のためを思っているんだぞ」
段々と煮えくり返っていた俺のはらわたも収まりを見せてきていて、頭も冷やされた。
ここで、俺がカッカとしても、何にもならない、無駄なエネルギーの浪費になるだけだ。
「私のため?」
俺は頷いた。
「そう、お前のためだ。というのも、まず社会的な側面で言えば、社会と言うのは、今でいえば、学校、そして、これから俺たちが働くことになる社会のことだ」
学校が社会の縮図と言われるのは、競争社会という点で、両者には、大きく似通っているからである。
その競争社会を活性化させる原動力である他人からの評価。それはもちろん顔であったり運動であったりトークスキルなどであろう。
他にももちろん様々な要素があるが、それは割愛するとして、俺が言いたいのは、それらが学校のクラスのカーストを産みだしているということだ。
しかも、そのカーストは本場インドのように、階級の下のものと上のものとでは絶対的な差がある。
もちろん、恋愛なんてのはもってのほかだ。本場インドでも、ちなみに過去、その禁忌を犯し、処刑されたものがいる。
つまり、俺が言いたいのは、彼女の風評につながるから、俺との恋愛はおろか、幼馴染と言う関係も名前だけのものにして、それぞれ別の道を歩もうではないかと言うことだ。
「俺は俺で、平凡に蚊帳の外から眺めるというスタンスで生きたいし、お前はお前で、たくさんお友達に囲まれ、恋もいっぱいする俗にいうところの最高の学園生活を送る道を選べばいい」
お互いがお互いの日常に没頭するだけだ。俺はそれだけを要求しているに過ぎないのだ。
それなのに、遥は、
「それだったら私、きよちんと一緒にいることを選ぶよ。もし、皆がきよちんを馬鹿にするんだったら、……そんな奴らとなんて友達辞めるもん」
「それは、今だから言えるんだよ。実際本当にそうなったらお前は絶対にどちらを選べばいいか苦しむに決まっている」
もし仮に、これで、俺と遥が付き合うことになって、周りからそのことで言われて、それまで友達だった奴全員と絶交したら、逆に俺が苦しむ。
それに、こいつが、すぱっと絶交できるほどの即決能力を持っているのだとしたら、彼女は、もっと前に俺に告白していたに違いない。
だが、彼女は今日まで思いを溜めていた。それは、もちろん告白する勇気がなかったというのもあるだろうががどこかで、友達と俺との板挟みにあっていたのもあるだろう。
実際、彼女が今の俺の発言に対し、何も言い返せないでいるのがよい証拠だ。
だから、俺はさっさと彼女の俺に対する想いに蹴りをつけてやろうと、追い打ちをかけるように言った。
「もう一つ、将来的な側面っていうのは、俺が最もお前と付き合うことが出来ない原因だ。逆に、もしこれがどうにかできると明確な理由を持って断言できるなら俺はお前と付き合ってもいい」
逆に、最初の社会的側面の方は、実力で評価を勝ち得た彼女のことだから、どうとでもなるのだ。
だとえ、彼女が俺と付き合うことになったとして、周りからどう言われても、人の噂も75日ではないがすぐに皆友達として仲良くするだろう。
それに、俺は空気だ。嫌われているわけではない。だから、へー、付き合っている奴の名前、実村清隆っていうんだー。で、どこのクラス?と、クラスメイトに言われるだけだ。
つまり、社会的側面と言うのは、ほぼ俺の杞憂で終わるといって差し支えない。ただ迫力が増すから言ったハッタリだ。
しかし、今度の将来的側面と言うのは、違う。
「ねぇ、きよちん、どうすれば、私は、きよちんのお嫁さんになれるのかな?」
それまで萎れていた遥は、これが出来れば付き合ってもいい、という部分に反応してそんな頓珍漢な質問を俺にする。
しかも、何勝手に彼女からお嫁さんにまでランクアップしてんだよ。俺が気付かないとでも思ったか。
俺は、嘆息しながら、遥に向かって言った。
「お前と、俺は、高校卒業したら別の大学行くだろうが。それから進む道だって違う。お前は国連。俺は、……まだ決まっていないが、少なくともお前みたいに人助けはしないつもりだ」
夢は、なかなか覆せまい。俺は、意気揚々としていた遥が、そっか、きよちんとは高校でお別れなんだね、じゃあ仕方ない。とあきらめてくれることを予想した。
「じゃあ、私の国連の職員になる夢を諦めて、きよちんのお嫁さん目指す!」
と、この有様だった。
「いやいや、目指す!じゃねぇよ! お前、夢をそう簡単に捨てるなよ」
「別にまだ高校生だから夢を変えたっていいじゃん。先生も言ってたよ。夢は高校の間でじっくりと考えてくださいって」
先生、どんだけ楽観主義なんだよ。もう高校二年生の夏だぞ。夢決めないと学部とか決められないだろ。
とにかく、こいつが、夢を諦めて、俺に恭順でもしてみろ。一緒に共倒れだ。
そんなのは、俺にとっても社会にとっても不本意だ。
「あのな、遥。人間には必ず、出会いと別れがあるんだよ。同じ人と一緒に居続けるなんてことは世の中も神様も許してくれないんだ」
「結婚した人はどうなの? ずっと一緒にいるじゃん」
「結婚はな、最初こそ愛だ、恋だ、言っているが、その気持ちは2週間しか持続しない。これ、科学で判明しているから」
こういうときに科学ってやつは便利だ。説得力が増す。
「2週間たったら、後は人間の惰性なんだよ。そこには一片の希望はない。そして、惰性は、低下と慢心を産む」
見る見るうちに遥の顔に翳りが差してきたのが分かった。
これで完膚なきまでに論破したか。よしよし。これで、もう明日から俺たちは赤の他人だな。
「じゃあな、遥。さよならだ」
そのさよならは、重い響きを有していた。
ただのさよならじゃない。子供たちが、遊びを終えて家に帰るときのようなまた次もあるというさよなら、じゃなくて、これで何もかもが最後、実村清隆と、村雨遥が紡いできた物語の終止符を意味する。
だけど、俺は進めなかった。右手を小刻みに震える柔らかい小さな手につかまれていたからだ。
俺は、少し力を込めて引っ剥がそうとした。だけど、その力はかなり強くて、俺は離れることはできなかった。
「……何で、手を離さない?」
そう聞くと彼女は俺の手をつかむ力を強めて
「……だって」
「だって、何だ?」
彼女は、堰が切れたように
「だって、だって、だって! 私は、私は、ずっときよちんのことが大好きだったんだもん! そんな簡単に諦められるわけないよ……」
大好き。二度目の告白。
もう俺はたじろがない。ただ冷徹に言った。
「俺の返事はいつだってノーだ。お前は、一流の男捕まえて、金持ちになって出世街道まっしぐら。人からも愛される。そんな何も言うことのない人生を送ればいい」
「そんなの、きよちんが私の隣にいてくれなかったら、何の価値もないよ!」
「何言っているんだよ。俺がお前の隣にいたって悪影響を及ぼすだけだ」
するとすかさず、遥は、お決まりのように
「そんなことないよ!」
そう否定した。
俺は、頭の中で何かがプツリ、と切れた音がした。
俺は、爪を立てて、遥の手を引きはがすと、彼女の胸ぐらをつかんで、引き寄せた。
これには、彼女も驚いたようで、苦痛に顔をゆがめていたが、俺の頭は激情に呑まれていて理性がなくなっていた。
「そんなことない、だぁ? お前に、俺の何がわかるんだよ!」
俺の怒声に怯えた顔をする遥。
「もう頼むからわかってくれよ? 俺とお前は、もう別れなきゃいけねぇんだよ。それなのにお前はグチグチ駄々こねやがって」
俺は、歯をかみしめて、睨みつける。今の場面を誰かにでも見られたら俺は即警察行きになるだろう。
だが、それでも、俺は続けた。
「お前は、金輪際俺とかかわるな。わかったか?俺は怒ったらこうやって女を脅迫するようなどうしようもない男なんだよ。お前が好きになるのは俺みたいなやつじゃねぇ。もっと頭もよくて高潔な奴だ。わかったか?」
彼女は、プルプルと震えながらコクコクと頷いていた。また泣きそうになっていた。
「わかったら、さっさと帰れ」
俺は、彼女を離すと玄関の扉を開けてやった。
彼女は、靴を手に持つと、何も履かずに、急いで出ていってしまった。
別れ際に彼女は
「きよちんも、きよちんをこんな風にした世界も大嫌い……」
とだけ言い残していった。
「……じゃあな、元幼馴染」
隣接するリビングの明かりと、テレビの雑音以外は、何の音もしない廊下で俺は佇みながらそう彼女が出て行った扉に向かってつぶやいたのであった。




