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昨日までの片想い  作者:
昨日までの幼馴染

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5/17

昨日までの幼馴染(四)

 家の最寄り駅。

 電車を降り、夕方の人でごった返した駅中を抜けて行く。日が落ち、星すら見える夜空の下、駅前の信号で立ち止まる。

 周りは人混みの雑音で溢れているにも関わらず、頭の中では、学校で聴いた湊の声が反響する。


 ──好きな子がいるんだ。


 大きなため息が、白い息となって遠くに飛んでいく。

 何も考えたくないのに、頭の中では校舎裏の光景が何度も繰り返される。

 それでも、何とか、感情が崩れないようにバランスをとっていたその瞬間。背後から、今、一番聞きたくない声が届く。


「あれ、灯里じゃねーか」


 私の方が先に学校を出たはず。一直線に駅に向かったはず。にも関わらず、後ろを振り向いた先には、笑った湊の姿があった。

 何もなかったかのように、湊は私の隣に立ち信号を待つ。

 いつも心臓がうるさいほど高鳴っていた湊の立ち位置。しかし、それが、今はとても苦しくて。

 駆け出したい。逃げ出したい。

 僅かに乱れる呼吸。

 そんな辛い感情から目を逸らすように。まるで、湊に当たるかのように言葉を発する。


「新藤さんは……いいの」

「……どういうことだよ」


 信号が青になる。

 私の言葉を聞いて、一歩遅れて歩き出す湊。あからさまに何かを隠そうとする答え。

 私があの光景を覗き見していたことはきっと知らない。だから、適当に返せば誤魔化せると思っているのだろう。


「湊から、そういう話、聞いたことなかったけど。新藤さん、可愛いよね」


 珍しく、半歩後ろを歩く湊。そのため、表情を確認することは出来ない。

 二人の間に会話らしい会話は生まれず、駅前の喧噪を抜け、冬の冷たい空気が存在を露わにしていく。

 徐々に点灯していく街灯。その下を、沈黙が続く足取りで歩いていく。

 朝見た街路樹の小さな蕾。それを見て、別れのこの季節を嫌いだと思ったはずなのに。今は、早く時が流れてくれればいいのに、とさえ思う。

 

「灯里」


 湊が私を呼ぶ。

 しかし、私は歩みを止めることはせず。


「灯里、待てよ!」


 目の前に壁が出来る。

 視線を上げ、下から湊の顔を覗く。何かを言いたそうな顔。

 しかし、その表情を見て私の中を駆けていくのは湊の言葉達。


 ──何で俺と灯里が付き合ってることになってんだよ。あり得ねぇだろ。

 ──好きな子がいるんだ。


 悔しいと思った。

 むしゃくしゃもした。

 何より、そんなことを思う自分が一番嫌いになりそうで。

 全ては、行動に移さなかった私が悪い。分かっている。分かっていても、そこまでお利口さんにもなれなくて。


「湊、どいて」


 八つ当たりだと分かっていながら、苛立ちに近い感情をそのまま湊にぶつける。

 一瞬戸惑う表情を浮かべながら、湊も私に反論する。

 

「なんでそんな言い方すんだよ」


 何も理解していない湊。その鈍感さが無性に苛立ちを加速させる。

 大きく息を吸い込み、全てをぶつけてやろうと口を開く。

 

「なんで? そんなの──」


 口を開きかけ、吸い込んだ息を吐きだそうとして、ようやく自覚する。

 私は──私の恋は終わったのだ、と。

 全身から、急に力が抜ける。指先から力が抜け、鞄が足元へ落ちる。


「そっか……これが失恋ってことなんだ……」


 告白をして、フラれてしまった友人に『パフェ奢るから元気だして!』なんて言ったことを思い出す。この感情は、到底、そんな物でどうにかなるとは思えない。

 私は知らなかった。恋が終わるということが、こんなにも辛いということを。

 胸が苦しい。呼吸がうまくできない。今すぐ大きな声を出して泣いてしまいたい。


「灯里?」


 湊の大きな手が向かってくる。

 今までは、その差し出された手がどれほど嬉しかったか。しかし、今はその優しさすら苦しくて。


「やめて。お願いだから、もう、優しくしないで」


 湊から距離を取るため、一歩、二歩と後ずさる。

 今、湊の手を取ってしまえば縋ってしまう気がする。


 私と付き合ってよ──と。


 湊を困らせたいわけじゃない。

 湊が誰かを好きで、その人と付き合いたいと言うなら応援する。

 でも──今は無理だ。失恋の痛みを知ったばかりの私には、誰かの恋を応援できる余裕なんてあるはずない。


「お、おい。灯里。どうしたんだよ」

「……お願い。今は、今だけは優しくしないで。優しくしようとしないで。何なら、また、私を否定してくれていいから」


 朝みたいに『あり得ない』と否定して欲しいと、よく分からない感情すら生まれる。

 でも、優しくされるより何倍も良いと言い切れる。

 湊は、今までの付き合いの中で、見た事ないほど困った表情を浮かべている。

 そりゃそうだろう。『私を否定しろ』なんて、逆の立場なら私だって困惑する。

 

「ごめん。湊からしたら、意味わからない事言ってるのは分かってる。でも、今は放っておいて。週明けの……月曜日には、大丈夫だから」


 土日を挟めば、この感情とも向き合える。

 そんな希望的観測を掲げながら、さらに一歩、また一歩と湊から距離を取る。


「私、今日、向こうから帰るから。突然なんだよ、って感じだよね。説明は出来ないけど、ほんとごめんね」


 戸惑い、言葉が詰まっている湊を置いて、言葉をまくし立てる。

 固まっている湊に背を向け、その場を後にしようと歩き出す。しかし、踏み出した瞬間、手首が強く握られる。

 見なくても分かる。湊の手。大きな、そして、私よりも体温が高い湊の体温。


 嬉しいはずなのに。今日の朝までの私なら、湊の隣を歩くだけで喜んでいたはずなのに。

 今は、湊の気配が。体温が。声が、ただただ苦しい。


「灯里」


 名前を呼ばれる。それだけで、憂鬱な登校時間も楽しい時間になったのに。


「俺が何かしたなら謝る。だから、話をさせてくれ」


 湊の優しい声。学校でのめんどくそうな声じゃない、私を気に掛けるような声音。

 抑えようとした気持ちが。閉じ込めようとした感情が。手首から伝わる体温で溶かされていく。

 それでも、唇を強く噛みしめ自分に言い聞かせる。この感情は、日の光を浴びせてはいけないのだ、と。


「湊、離して」

「俺が灯里を否定したってどういう事だよ。いつ、俺が灯里を──」


 目元に浮かぶ涙。湊に背を向けながら、こぼれないように昇りかけた月を見るふりをして上を向く。

 私は湊の言葉を遮って力強く返す。


「私と付き合ってるか聞かれた時、湊は『あり得ない』って言った。だから私は──」


 ──だから私は、もう諦めたの。


 そう言おうとした言葉を、今度は湊に遮られる。


「そりゃそうだろ。俺が、灯里と付き合うなんて……」

「うん。だよね。だから……今はこの手を離して」


 本当は『あり得ない』を否定して欲しかった。でも、そんな都合の良い言葉が出てくることはなくて。

 下唇を強く噛みしめ、震える唇を誤魔化す。

 唇が痛い。湊に、強く握られた手首が痛い。あるはずのない、心が痛い。


「そんな私と、幼馴染とは言え、小学校から付き合ってくれてありがとね。でも、もういいから」


 もう、私と一緒にいなくていいから。もう、湊の好きな人と歩いていいから。

 言葉を重ねる度、心の痛みが増す。

 今の私は、うまく笑えているだろうか。湊に顔を見れらて、大丈夫な表情をしているだろうか。

 私の言葉を聞き、緩む湊の手。その手を振る払い、湊に背を向けながら違う道へと向かう。


「あ、灯里!」


 背後で、湊の大きな声が響く。

 私は歩みを止めることはせず、湊の言葉を無視していく。


「『あり得ない』ってのは、灯里を否定したわけじゃなくて! ただ……俺が言いたかったのは──」


 湊が好きな子ってのは、いったいどんな子なのだろうか。

 その子と並んで笑う湊を、私は笑って送り出せるだろうか。

 隣に誰もいなくなったこの道を、私は今まで通りに歩けるだろうか。


 頭の中で繰り返される、これからのこと。隣にあった温もりが消え、伸ばした手は空を掴む近い将来。

 だから……だから、私はこの季節が嫌いなのだ。

 そんな自嘲を浮かべ、重い足取りながらもゆっくりと一歩一歩と──。


 「俺は……授業に着いて行くのは精一杯で! 昔から何度も灯里に心配もさせて!」


 ──でも、頑張って赤点取らないように勉強してるじゃん。

 ──心配させるなんて、お互い様じゃん。

 

 「灯里と違って、自分のことすら碌に出来ない俺が……ずっと先を歩くお前と、半人前の俺が、いくら付き合いたいと思ったって……そんなの『あり得ない』だろ!」


 音が消える。突然告げれた湊の本音。

 私は堪えようとしていた涙も忘れて、肩で息をしている湊へ振り返る──。

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