昨日までの腐れ縁(五)
親は、私を大事にしてくれている……とは思う。欲しい物を連絡すれば、買っといてくれるか、お金を置いといてくれる。
人付き合いは、下手ではないと思う。好きではないけれど、学校では上手くやってると思う。
一人も……嫌い、ではないと思う。実際、クラスでは一人のことが多い。
『おい。好きな人って何のことだよ』
だから、もし、こいつに彼女が出来て、私が一人になっても問題ない。そのはずなのに。
唇が震える。それを抑えるように、強く噛めば少し血の味がして。
静かな家の中に、モニター越しの騒がしい声が聞こえる。
『聞いてるなら、何か言えよ!』
「うるさいな!」
一人なんか怖くない。そう思えば思う程、足は震え、返す声も情けなくなる。
家に帰って、布団に潜って。家に灯りが付くその時まで、時間を浪費する。そんな毎日が嫌で、誰かに認めて欲しくて。
『面倒くさいから、鍵あけろ!』
「うるさい! うるさい、うるさい!」
一人が嫌なんじゃない。独りが嫌なのだ。そんなのずっと分かっていた。
だから……だから、誰か私を好きになってくれれば、全て解決すると思った。
しかし、いつも途中で思ってしまう。目の前の──隣で私の悪態を笑ってくれるこいつが居ればいいのでは、と。
でも、いつか、こいつも私から離れていくだろう。理由なんて何個も思い浮かび。それこそ、彼女が出来れば、私は邪魔者で。
「もう……帰ってよ」
独りが嫌。これから独りになる、と突き付けられるのはもっと嫌。
一向に家の前から消えてくれない声から逃げるように、私自身がモニターから離れていく。
部屋に戻ろう。一人の世界へ。何も考えず、目を瞑って、時間が経つのを待とう。
モニター越しからは、僅かに聞こえる怒鳴り声。せめて、音声は切ろう──とモニターへと再度近づく。
『いっつも、いっつも……一人で悩んで、一人で納得してんじゃねぇ!』
モニターに向こうでは、普段聞かないような大声を張っている姿。その姿を、どこか他人事のように見てしまい。
私はそんな声に耳を傾けることもせず、音声遮断のスイッチへと手を伸ばし──。
『そんなんだから……そんなんだから、お前はいつも誰にも本気になって貰えないだろうが!』
「あ、あんたには関係ないじゃん!」
思わず反応してしまう。
私が失敗する度、そんな事を思っていたのだろうか。次は上手くいくさ──なんて、励ましてくれていたのは嘘だったのだろうか。
陰では……本音では、私のことを笑っていたのだろうか。
「あんたに何がわかるのさ! 誰とでも仲良くなって、私がいなくても楽しそうに過ごしてるあんたに!」
学校で見かける度、違う輪の中心にいる姿。こいつにとって、私は『腐れ縁』という関係でしかない。
吹けば簡単に消えてしまう関係値。だから、それ以上の関係値を他に求めて何が悪いというのだ。
「あんたには沢山いるかもしれないけど……私には……私には誰もいないの」
一人でいい。「お前がいい」と言ってくれるような、そんな存在が欲しい。
お願いだから。もう、私の心の内を突くのは辞めてほしい。ちっぽけで、弱い私を晒さないで欲しい。
「もう……お願いだから、帰ってよ」
モニターに向かって懇願する。
暗く、静かな家の中に、私の情けない声が反響し。いつの間にか、視界もぼやけ。
『誰もいないって……俺がいるだろうが!』
「あんたは、ただの腐れ縁じゃん! 違うの……私を……”私が良い”って言ってくれる関係が欲しいの……」
私の本音。
それを聞いたモニターは、相変わらずうるさくて。そんなモニターが、鬱陶しくて。
だから──だから叫ぶ。きっと、私が一番叫びたかった本音。
『おい! 聞いてるの──』
「うるさい! そんなに言うなら──あんたが……あんたが私を好きになってくれるのかよ!」
『好きでもなきゃ、わざわざ同じ高校なんか来るかよ! 人を惚れさせようとするくせに、どうして、いつまで経っても隣を見ねぇんだよ! クソ野郎が!』
静寂。床に、雫が落ちる小さな音。
私は、モニター越しにその声の主を思い浮かべる。
いつも私を待ってくれて。いつも、私の悪態を笑ってくれて。この時間がずっと続けばいいのに──なんて願っていた事を思い浮かべる。
「は、はっ……なにそれ」
力が抜け、壁に寄りかかる。
ずっと探して、ずっと欲しくて。でも、それは一番近くにあって。
膝を抱え、顔を埋める。
「なら……もっと早く言ってよぉ……」
止まらない涙。
でも、きっと、これは悲しい涙じゃなくて。
『いいから! 鍵を開けてくれ!』
頭上から聞こえるその声を聞きながら、私は、静かな家の中で、一人笑う。
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